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亀仙人の気功講義 一覧
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気功講義(30)
「東・西・南・北」と「右・左」、そして「陰・陽」 |
「東・西・南・北」と「右・左」、そして「陰・陽」(3) 080213
「位山」と「ひだ」、この地は特別な所のようです。
大方の神社で、六月末日と大晦日に奏上される大祓祝詞という祝詞があります。非常に長い祝詞ですが、神道の中では、一番と言って良いほど大切な祝詞として扱われているそうです。その内容が良く判らないまま、そして伝えられる内に多くの間違いも生まれて、伝承され、奏上されてきているようです。その中に、
「・・・如此依(かくよ)さし奉(まつ)りし四方(よも)の国中(くになか)と 大(おお)日本(やまと)日高見(ひだかみ)の国(くに)を
安国(やすくに)と定(さだ)め奉(まつ)りて・・・・」
という件(くだり)があります。これを殆どの国文学者や、神道学者、神主さん達は「大和」の「日高見の国」と解釈しているようです。しかし本当は、
「・・・如此依(かくよ)さし奉(まつ)りし四方(よも)の国中(くになか)と 大(おお)日本(やまと)『ひだ』、『神』の国(かみのくに)を
安国(やすくに)と定(さだ)め奉(まつ)りて・・・・」
と読ませるのが正解なのです。元の祝詞が平仮名であるもの(響きを平仮名に移した)を、無理矢理漢字を当てたが為の間違いと言えます。

旧飛騨にあたる高山市、飛騨市等の地域には、異常なほどに神社が存在し、現在404社(飛騨神職会発行「飛騨の神社」より)も残っています。これでも昔に比べ、合祀(ごうし)した神社がかなりあり、減っていてこの数です。
私は以前、関東のある市に住んでいましたが、市内にある神社は10社に満たない数だったと思います。
「ひだ」の土地が、如何に神々と繋がりの深い土地かということが、良く判る数字ではないかと思います。暖かくなってから今年の特別講座には、気の場の良い飛騨の神社数社を巡ったり、特に選定した「場の良い所」に皆さんをお連れする企画をしてみたいと思っております。乞う、ご期待!!
日之本元極 亀仙人 |
「東・西・南・北」と「右・左」、そして「陰・陽」(2) 080212
「火」は垂直に立ちのぼります。その様を「火(ひ)の垂(た)り」と言い、「ひだり」に変わっていったのです。「水」の水平線は、「水(み)の極(き)り(極とは2点間をピーンと張った状態を示す)」と言って、「みぎり」に変化したものです。

東
一
日
ひだ・北・左・火 位山 水・右・南・みの
月
二
西
位山から東を望み、「ひだり」は「ひだ」です。「みぎり」なる「水(み)の極(き)り」に当たる地は、「みの」と呼ばれています。
「ひのたり」の方角に「ひた」があり、方向も「ひた」では混同するので、いつしか方角の呼び名は「きた」に変化したようです。よって「ひだ」という地名は、平仮名であって、現在使われている「飛(と)んだり、騨(は)ねたり」の「飛騨」ではないのです。少し前まで使っていた「斐太(ひだ)(文に非ず、言が太い、素晴らしい)」という漢字には、「言霊幸(さき)はう」の意味を持っていることから、響きでこれらのことが実現したことを良く表していると思います。
「水(み)の極(き)り」つまり水面には波が立ちます。「水(み)の極(き)り」から「水(み)の波(なみ)」そして「みなみ」へと変化しました。
この「きた」と「みなみ」の「き」「み」は、陽と陰を表しています。「いざなき」「いざなみ」の最後の「き」「み」のように、男と女、陽と陰を示しているのです。
これが「東・西・南・北」と、「右・左」という言葉の起源です。
日之本元極 亀仙人 |
「東・西・南・北」と「右・左」、そして「陰・陽」(1) 0211
年に数回行っている特別講座の中で、今まで3回ほど高山市一之宮町にある位山(くらいやま)に登りました。位山は霊山として知られ、「すの神」が地球を創られるとき、ここを最初の地とお決めになり創造されたとも聞いています。場を感じられる方には、その素晴らしさが判って戴けるものと企画したものです。
位山には、中腹にあるモンデウス・スキー場の直ぐ横に、「祭壇岩」という平らな舞台のような巨石があります。古代から神を祭るときに使われた祭壇といわれています。また頂上より少し下った所には「天の岩戸」と呼ばれる岩倉が存在します。車で上れる「だな林道」の終点から頂上まで、登山道の両脇には巨石群といわれている大きな岩がごろごろと配置されているかのごとく繋がっています。
地球で最初に出来た位山に、「すの神」を始め、多くの神々が初めて地球という地に降臨されたと伝えられているのです。
その位山から日の出を望むとお考え下さい。当然の事ながら、前は東、後ろは西です。左が北で、右は南になります。この東、西、南、北という方角を指す言葉は、どこから来ているのでしょうか?
前は日(一(ひ))です。そうすると後ろは月(二(つぎ))なのです。まず「一(ひ)向(む)かし」、これが「ひむがし」、「ひんがし」、「ひがし」と変遷したものと考えられます。
東
一
日
北・左・火 位山 水・右・南
月
二
西
後ろに月を背負い、「二(つぎ)」で、「二(に)し」となります。
神々は「日」に向かい、「月」を負い、左に「火」を従え、右に「水」を連れ添います。この時やはり「右」「左」という言葉が発生しました。 (つづく)
日之本元極 亀仙人 |
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ほとけ、ほっとけ、ほとけの身の上、ほとけの上にあるのは、むしろです。
むしろに座って、修行を終えたモノが、ほとけの身の上になり、先に進めます。
ほとけである者達が、全て先に進めるのでは、ありません。
ほとけの身の上とは、ほとけのうえにむしろがあり、むしろで修行ができたものが、身の上となり、進み上がって行ける、という仕組みです。
人から受けた功罪を、すべて無(む)にして、白(しろ)紙に出来るかどうか。それが、ほとけの修行です。むしろの上で、無に出来たモノだけが、先に進めるのです。
ほとけは、人の功罪を受けて、ほとけになった者達です。
人から受けた功罪を無にせず、根を持ってはいけません。「ね」を持つと、「ね」は蔓延(はびこ)って、「は」が腐ってしまいます。「は」とは、人生という修行をして、先に進もうとしている我々のこの世界のことを言います。
この世界で、我々は自分の過去世も含めて、自らの「功罪」の借金返済をしています。どうしたら借金を返すことができるか?
1.人のために働く。
2.自らが自然に病気、生活苦などの運命によって苦しむ。
3.人からの攻撃に対し反撃をせず、「無」にし、「白紙」にすることによって、攻撃する人に「借金」を肩代わりしてもらう。
人から攻められたりしたら、「ありがたい」と思い、感謝することです。そして人のために自分をどう活かすかを考えて生活し、修練することです。目では見ることが出来ないにもかかわらず、信じて下さる方々に、必ず元極の力は効果を発揮することができます。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(28)
天目と特異効能について |
| 天目と特異効能について(6) 080205 |
他功法も含めて、巷で「吾は小周天を貫通した。」とか、「小周天は数ヶ月で貫通可能です。」と言う方々もみえますが、それらの実際は意念上や表皮を通しただけに過ぎないのです。それらの関門突破は、功力、念力、功徳に直接関わり、功と徳の聚積によって可能だということを常に頭に置いて、修練をしなければなりません。
現在、日之本元極功法では、「もとつきわみ図」理論に則り、(八層)X(十二層)=(九十六層)のルートに深く入っていくようになっています。上丹田(玄関)の奥に第三の眼と言われる天目が存在しますが、修練は有形の玄関から出発し、幾層もの玄関を中心とする効能の発展体系を形成しています。その玄関の内視は、修練段階が高次元に為るに従い、表皮層から深部へと入っていくことになります。しかしこの修練の発展的変化は、修練の自然の結果であって、自らの想念にて推し進めるものではないという点が重要な注意点です。
己の修練の進度を上げる為に上記のような方法をとることは、肉体、精神の双方に復帰不能な重大なる瑕疵(かし)を残すことになります。
この小周天及び、玄関の深まりが、四センチほどの奥に達すると、頭上から鉄槌を打たれ、そこに同時に雷風電火吹き荒れるような状態になります。玄関は飛躍的な変化を顕し、有形から無形の功能へと質的変化を起こします。功能は、それまでの有形的限界を突破し、無形の境界に突入していくようになります。
日之本元極 亀仙人 |
| 天目と特異効能について(5) 080204 |
「階む」や「階ひと」の段階で、上丹田の位置を感じてみると、ほぼ表皮にあると感じることでしょう。しかし修練の年期を積み重ねていくと、その位置は効力の上昇と共にだんだんと中に入っていきます。そのことは上丹田のみでなく任脈及び督脈の通路自体も中に入っていくのです。
古人は、小周天(任脈と督脈を通じさせること)を貫通すると地仙(仙人の一段階)の次元に入り、過去、未来のことに通暁出来るとしていました。肉体上・小周天ルートには、尾閭関、命門、夾脊関、玉枕関といくつかの関門が存在します。この関門突破は容易なことではありません。古来「衝関」と言い、激痛を伴う大きな修練上の障壁とされてきました。
公開前の功法では、修練者が師より貫頂を受けるのは一生で一・二度で、自らの修練のみで貫通をしていかねば為りませんでした。しかし現在では、修練者の多くは望めば幾度でも受けることが可能です。その貫頂によって、任・督・中脈の貫通を促進してもらえます。
元極図理論に則る中国元極学功法では、この一つ一つの関門に九つの階層があって、皮、毛、肉、骨、髄と順次に深く入っていくとしています。
元極秘籙の中に「九龍噴水紛紛洒(きゅうりゅうふんすいふんふんさい)」とありますが、「九龍」とは、九つの竅穴を指すのと同時に、各竅穴が九層になっていることをも顕しています。そしてこの九層の一層ずつが更に九層に分かれていて、9 X 9=81層を全て貫通してこそ完全なる小周天の貫通になるのです。
(つづく)
日之本元極 亀仙人 |
天目と特異効能について(4)
中国の奥に眠っている密教の一派に次のようなことをする所があると聞いたことがあります。
修練を志し、ある段階に達したとき、額の上丹田に当たる所を切り開き、頭蓋骨に数ミリ経の穴を開けます。そこにその穴に入る位の長さ数センチの棒を静かに挿入し、縫い合わせます。ある期間その状態で過ごし、再度そこを切開し、棒を抜き去るというものです。また表面は縫合しますが、額の内部は天目に向かって細い空洞が出来る訳です。
本当にそんなことが行われているのかどうか定かではありませんが、ありそうな話です。
この目的は何かといえば、言わずと知れた「天目」の能力開発にあります。この長い期間と二度の手術によって、天目への外界からの情報を確かに伝達しようとしているのでしょう。
こんな空恐ろしいことをしなくても、元極功法には「貫頂開天目」と云う秘術があり、それで簡単に、しかし途方もない力をお渡ししているのです。
その後の修練によって、特異効能はその人の特長を生かして、発揮されていくことになります。
ここひと月、ふた月の間にでも私の耳に入った中で、「さとりの法」を受講して本当に魂の声が聞こえだしたとか、「さとりののりしろ」受講後にシンクロニシティがホントに起きているとか、「僻穀(へきこく:食事をほとんど取らなくとも肉体を維持していけるようになること)」が始まった等という声がいくつもと寄せられています。
日之本元極 亀仙人 |
天目と特異効能について(3)
以前日之本元極に小学校一年生の子が、お母さんと頻繁に通っていたことがありました。最初は風邪をひいたからとか、気持ちが悪くてもどすとかで連れられてきて貫頂を受けましたが、2,3度受けた後から、いろいろな物が見えるようになりました。
人のオーラとか、頭上の金線(その人のエネルギーレベルや、徳の高さによって頭上から天に向かって延びる線。色、太さ、本数、長さでその人の状態が判る。)が見えるようになったり、神社に行けばそこの神様が見えたり、話せたり出来るようになりました。
私はその子に「見えたり、聞いたりしたことは、お父さん・お母さんと、日之本に来たときしか話してはだめだよ」と、またご両親には「普通に育てなさい。特異効能を珍しがって、ちやほやするとこの子をだめにしてしまうから・・・。」と強く忠告しておいたのですが、子はともかく、親がこの忠告を聞きませんでした。「OOちゃん、誰それはどう?」とか云うように頻繁にその子にいろいろ聞き始め、だんだん子供も性格が変わりつつあるように見受けられました。
ある時ちょっとした問題があったので、それをきっかけにして「もう、天目を閉めます。」と親に宣言をして閉じてしまいました。それからその子はそれまでいろいろ見えたものが見えなくなったのは当然ですが、その一家は日之本に来ることがなくなってしまいました。でも、その子にとっては長い目で見れば良いことだったと思っています。
昔スプーン曲げがはやった頃、テレビで「超能力を持った子」等とちやほやされた子供が大人になって麻薬などで逮捕されたこともありましたから・・・。
日之本元極 亀仙人 |
天目と特異効能について(2)
張志祥先生の一番弟子に、余開記先生という方がいらっしゃいます。この方は伝え聞いた話ですが、全中国の公務員試験とかで一位か二位を取ったという秀才です。中国元極学研究会の書記局長をなさっていました。大変徳のある方で、功力も凄いものをお持ちです。
その中でも予知能力がとても大きく、ことあるごとにいろいろな人から、これを見てくれあれを見てくれと依頼があり、相談にのっていました。
あまりに先のことばかり見てい たので、あるとき張先生から
「お前はあまりに先を見すぎるから、暫く天目を閉じる。」
と言われ、一年ほど何も見えなくなってしまったと云うことです。もちろん現在はまた張先生に天目を開けていただき、大きな功力を人の為に使っていらっしゃいます。
私が最初に余先生とお会いしたとき(元極を初めて3ヶ月目でした)、3メートルほど離れ机を隔ててお話を伺っていたのですが、下丹田にズーンと入ってくる強烈なパワーを感じ、「何なんだ、この人は・・・?」と思ったものでした。
日之本元極 亀仙人 |
天目と特異効能について(1) 080128
「貫頂(かんちよう)」と通常言っている行為は、正式には「貫頂開天目(かいてんもく)」と言います。それは頭頂と中丹田、命門から元気エネルギーを流入させることと、もうひとつ眉間の上丹田より、元光という不可視光線エネルギーを入れ、その奥にある天目を開けることをするからです。この天目が開くことによって、その後の修練(気功の練習をすること)によって、その人の潜在能力が開発されます。
赤子の時は、ほとんどの人の天目は開いていますが、成育していく過程で次々に閉じていってしまいます。私の見た感じでは、成人する頃には百人に一人位しか開いている方はいないのではないでしょうか。育つ過程で、子供の潜在能力は親の常識で押さえ込まれてしまい、使わなくなるので閉じてしまうようです。
元極功法では、天目を開き、修練を積み重ね、徳を積んだ者にいろいろな能力を、師が伝授していきます。渡されたとたん途轍もない能力が備わって、行使可能になります。
授けた力ですから、当然消し去ることも、師にとっては自由自在です。道を外れた者や、功法から離れた者、徳の積めない者からは、功力を剥奪することも希ではありません。
「尊師重道」と云う掟が、古来より生きて伝えられています。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(23) (げんきょくニュース7月号より)
「新陳代謝」と
「モノの道理のムジョウ」について
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題に上げた「新陳代謝」とは、古い物が去って新しい物がこれに代わっていく事ですが、生物学的には体内の物質代謝のことで、英語で言えば METABOLISM。最近はやりのメタボリック症候群という言葉はここから来ているのでしょう。一般的には体内の物質の入れ替わり、細胞の新旧交代などを指しています。
ひとつ視線を体外に向けてみると、それは全く体内と同じく新陳代謝されていることが解ります。
つまり人の身体も動植物も、岩も空気も水も地球も宇宙も、皆そうなのです。有形有象の物、総てに寿命があり、新しい物に入れ替わっているのです。このことから我々の居る三次元物質世界は総て新陳代謝系統であるということが言えます。
モノが生まれ、栄え、繁殖して、次の命を産み出して、やがては淘汰されていく。そのことは、発展的な歩みを繰り返しているように見えますけれど、モノには無情にも必ず死に絶えるということがおこります。そして、次から次に新しい命が産み出され、その命は、精一杯に生きて、さらに工夫をして新しい生命を産み出すという、新たな発展を重ねます。
しかし、それとて、生命の終わりがあり、次の命に引き継がれてバトンタッチしていくということがおこります。つまり、全ては、新陳代謝の中で生きています。
このことから、常にモノは無いと同じなのです。生きて栄える。その瞬間は存在しますが、モノを残してモノが栄える。それは、その瞬間、その時その一時の瞬間的なモノであるとしか言えません。無情なるモノのなかにモノは栄え、モノの中に無常は存在する。
全ては、そらんじるモノ。全ては、空なるモノで、無なるモノ、無常であるのです。
ここまで読んできて、「あれっ、何故『無情』と『無常』、『ムジョウ』とに書き分けているのだろう?」と思われている方も多いことでしょう。
それらムジョウについて、身体の構造に戻って見つめてみても、全くその通りなのです。細胞の一つ一つは独立した組織ではあります。しかし、その独立した細胞一つ一つは生まれてきて、やがて、死に絶えてまた次のモノに発展していく性質を持ちます。人の身体は、それらの細胞の無情なる営みの結果の集大成として存在するわけです。そのことを忘れてはいけません。
一つの身体を一人の人が生きているのではなく、細胞の新陳代謝を繰り返す物質の生き代わり死に代わりの無情の上に、一人の人の身体があり、それを生きる意識があるわけです。
そしてその意識にしても、顕在意識一つに限らず、潜在意識、心、本性、魂と五つの意識の寄り合い所帯なのです。
通常、人は(解かり易く言えば、顕在意識は)そのことを考えもせず、自分の身体は、自分のモノであるという傲慢な考えが、まかり通っています。そうした気持ちによって起こしてしまう「自殺」を肯定しては、絶対にいけません。そして、その命を容易く絶ってしまうような、「殺人」「殺し合い」「戦争」ということも容認してはいけないことです。
つまりは、そういう意味からも人と人とが殺し合わない世の中というモノが、人の理想になるわけです。
モノとモノとが関わり合いながら、同時にその関わりは無であるのです。相互に密接に連絡し合い、密接に関わり合い協調しあうことを常に起こしながら、それぞれは、独立したモノで、すべては、無常なるモノの集まりであるということです。すべての生き物の関連性や協調は存在しているけれども、同時に相互の生き方に至るまで、すべて無であり、無情なのです。
これらのことは、長年の我々の内を見つめる修錬によって、「我々は悟った」ということ、そして「伝え続けられている」ということを知らせておきます。
そしてその無情なるものの寿命は、それが生まれたとき、いや生まれる前から決定されています。その寿命の中でいかに生きるか、いかにその寿命を全うするかは、そのモノのその期間の過ごし方である程度決定されます。ある程度という意味は、残りの総ては既に決まっているからです。地球とて出来上がった時に、生まれ変わるときは既に決まっており、 変更出来るものではありません。その期間内どう地球が経過するかは、その上に存在している動植物・鉱物等の働き次第なのです。その地球上の存在達自身も、その期間、総ての関わりの中で快適に過ごせるかどうかは己等の働きにかかっているのです。
本当の意味のクオリテイ オブ ライフ(QOL)とは、こういうことをいうのです。
長々と述べてきましたが、結局我々の生きているこの物質世界、言い換えればモノの世界の道理は「新陳代謝」であって、「無常」なものだということです。その「ムジョウ」を知った上で、その刹那刹那の生活の質、クオリテイ オブ ライフを、本当の意味で向上すべきなのです。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(22) (げんきょくニュース3月号より)
新乾坤への生き方
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アメリカにて 1930年頃から2000年ほどの間で、幸福に思っている人の率を調べる統計があります。その年月の間に国民の所得は、ほぼ右肩上がりで約4倍にふくらみ、経済的には相当裕福になっているはずですが、幸福だと思っている人の割合は30パーセント前後を行き来し、いつの時代も変化がありません。
どうも人の幸福感とか心のあり方というのは、ある条件の生活レベルを満たしていれば、いくら裕福であろうが関係のないことのようです。むしろ昨今の自殺者の増加や、巷に溢れる鬱病患者の数を見るにつけ、「もっとお金を・・・」「更に高い地位へ・・・」という社会全体の競争格差を煽る方向付けこそが、人々の「幸福への道」の盲目的逆走を奨励しているかのようです。
人の生活というのは、当面暫く変わりなく続いていくと思います。ただ人の経済活動を因とする異常気象などの災害や地震・津波、世界各地で無差別に起こっているテロ等から、いつ自分にそれらの非常に限定された過酷な生活が強いられるかも判りません。まったく明日は我が身と言わざるを得ないのです。
しかし、もしそうした状況に陥ったとしても、物を求めない、与えられなくともそれで充分充足感を得て満足していくというような求めない感性が育っているならば、それはストレスにはならず非常に円満な環境を創ると云うことができると思います。求めない環境、求めない心の環境、顕在意識の環境を創ると云うことがストレスを少なくし、身体への良い影響を波及させる事を可能とします。
これからも人の生きとし生きるという営みは面々と続くことになります。面々と続く時の流れの中で欲を持ちながら、その欲が喜びになるように求めすぎない、求めないから喜びとなるようなそういう生活、そしてそういう心の状態にしていくことが、人が人として生きていこうとする我々の持つべき態度です。それを我々一人一人がそういう態度を持つならば、そのことが相互に感染して周りに波及していくと云うことになります。
あなたの周りに集まる人々に、求めない生き方が感染することが出来るならば、非常に多くの者達が幸せに満ちた、現状で満足していくというような状態を生み出すことが出来るでしょう。
そして毎日のそれぞれの生活がどんな状況に陥ろうとも、淡々と迎えることができます。どんな事が我が身に降りかかってこようとも、穏やかに全てを受け入れていくという心の状態を今から準備をしていく必要があると思います。必要な者は必要でなくなり、求める者は求めなくなり、与えられる者は与えられるがままに、非常に困難な状況の中でも、常にゴムまりのように弾んだ心でいることが出来るというような心を、あなたがまず持つことです。そしてその弾んだ心を周りに広げて行くというような、そういう役割をあなた方が担うことです。その中で人の心を変えていく原動力、そして人の身体を癒していくというような原動力が誕生してくるでしょう。
日之本元極では、以前にも増して、昨年から急速に、「階む」、「階ひと」功法の定着と、収式・調和の追加、出毒素シリーズ、長寿長生講座、搬音修錬法などの発表と、功法にて身体と心の変革を提案してきました。更に今年に入り、「階ふた」の公開を実施し、「階み」の公開も目の前です。これら一連のことを以ってして、その本来の力を世に問うこととなります。「階ひと」の「元気の功法」のみにても驚異の効能を現してまいりましたが、更に「元光」、「元音」を駆使することによって、全く新しい世界を知ることとなります。
元極秘録にある「新乾坤」がようやく近づいてきています。日々の修練と養徳によって、上述の「いつも弾むような心」を獲得し、是非皆様方お一人お一人が、この「新乾坤」に到達できますよう、自らを磨かれ精進されますことをお願い申し上げます。
日之本元極 亀仙人
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気功講義(21) (げんきょくニュース1月号より)
三元の動きと感覚 |
中国では、功法の世界で、気の動きについて「昇降出入」と言ってきました。三元の働きを解明しているのは、世界の功法の中でも元極だけですから、一般的には『気』のみの動き、性質を言っています。気の動きは経絡を通って行われます。
「清が昇って、濁が降りる」そして「正気を入れて、邪気を出す」のです。
その経絡を通ってこうした動きを気はするのです。出入りについてもう少し詳しく見れば、功法を体験していないほとんどの方は「五官九竅」に頼って出し入れをしています。五官とは五感、それと身体にある九つの穴(目・鼻・耳・口・前陰・後陰)を介して外部と交流する、していることを指します。
中国医学、功法の世界では、それらの穴と特定の臓器は繋がっており、穴を通して外界と交流することが五感に通じ、感じるとしています。例えば、目には肝臓が繋がっていますから、肝臓からの気によってエネルギーを供給されており、目から気が出入りするので、ものを見ることができるとされているのです。実際、日之本元極の入門講座で目から気が出入りするのを感じる体験された方も多いでしょう。耳をふさげば聞こえなくなり、目を閉じれば見えません。鼻をつまめば臭いは感じなくなります。このように九竅からの気の出入りを制限することで、五感は働きを鈍くしてしまいます。
日之本元極では、入門講座の一回目から、この「五官九竅」のみでなく、三門(天門「百会」、地門「湧泉」、人門「労宮」)は勿論、毛孔竅穴の疎通の修練することを始めます。そして知識をお渡しするだけではなく、帯功講座にてその三門毛孔竅穴から強烈な三元を貫通します。その結果、ほとんどの方が、一回の講座で、気の存在を感じるようになるのです。
他功法の気功教室では、そうなるまで半年、一年と年月を必要とするでしょう。
九竅にて五感が働くように、三門と毛孔竅穴が開き、三元が出入りすることによって、場の善し悪しの感じや人の気配、邪気の感覚あるいは上丹田からの三元の出入りによって、目で見えない映像を見たりすることが出来るようになる方もいるわけです。
全身、毛孔竅穴の疎通は、あなたの今までにない潜在能力を呼び起こし、新たなる可能性を生むことになるのです。
元極では気(元極で言う元気)だけでなく、元光・元音を扱います。この二つの元は、経絡も通りますが、物質を貫通することが出来ます。つまりどこからでも出し入れ可能ということです。それらは、上述の働きを遙かに上回る可能性を秘めています。
次回の階ふた、階みの公開を楽しみにお待ちください。勿論、階を上がっていけるよう修練を怠りなくしてお待ちください。 |
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気功講義(15)
海水から造った塩について |
塩には、いろいろ種類があります。海水から造ったもの、その中にもいろいろな製法があります。塩田における天日製塩法、イオン交換膜製塩法、揚げ浜式製塩法等。また岩塩や、海が堰き止められ湖となって、それが干上がって塩湖となり、出来た塩等・・・・。世界で使われている塩の、約40%が海水から造られるもののようです。我々島国に住む日本人の感覚では、ほとんどが海水から造られていると思えてしまいますが、意外です。

そして日本の塩自給率は約15%と、お寒い限りです。
岩塩はどうして出来上がったかと言えば、海であった土地が地殻変動により地中に埋まり海水の塩分が結晶化し地層となったものな訳です。つまり元をただせば塩の全ては海水由来ということです。岩塩の製法は溶解採掘法と、乾式採掘法に分かれ、溶解採掘法は一度水に溶かし、煮詰めて塩を取り出します。この製法は不純物が混じらないので、食用として使えます。他方、乾式採掘は直接掘り出す方法で、ほとんど不純物が混じっていることと、硬いので食用として適しません。
海より造る天日製塩法については、海水を塩田に引き込み、複数の水田を巡回させながら、太陽と風で海水を濃縮していき,中心にある最後の採塩池で自然結晶した塩を収穫します。商品として売るには、収穫されてから1-2年寝かされて水分をとった上で販売されることが多いようです。
岩塩が塩資源として存在せず、平地が狭く雨の多い日本では天日塩の生産にも適していません。そのため、古く奈良時代より濃い塩水(鹹水)をつくり、それを煮詰める、という極めて製造効率の悪い製塩方法が取られていました。よって海外の市販塩との物理的品質差と、価格差が大きかったといえます。
そこで濃い塩水(鹹水)をつくる方法の技術改良というより、製造コストの低減法(奈良時代からの揚浜式製塩法→江戸時代の入浜式製塩法→昭和30年代の流下式製塩法→昭和47年頃から現在まで続く最低の質の塩を造る製塩法=イオン交換膜製塩法)が開発されてきました。イオン交換膜製塩法が何故最低かと言えば、何のエネルギーも存在しないように造り上げているからです。
これら塩の製造由来の中で、何がよいかと問われれば、「海水から造った塩」といえるでしょう。海水から創った塩が優れているわけは、海で生き物が連鎖し、連鎖した生き物が、また新しい生き物を産み出すという、「生物が連鎖して生き物を産み出す力」がその塩の中にも機能してあるからです。その海の中からとった塩は、「生き物」が食べる塩として優れているのです。眼に見えないものの「生命」が溢れているのです。
かたや岩塩や塩湖の塩は、化石のようになる過程の塩であったり、化石のような息絶えてしまった塩の塊なわけです。もちろん食べても問題はありませんし、物質として有効なミネラルも含まれていますので、物質的肉体にとって有効なこともあります。
しかし、どちらかというと海で育まれた生命力にあふれる「塩」に明らかな軍配が上がります。海水からとった塩は、人の身体に一番適した滋養と無形のエネルギーをもたらすのです。
海水は塩分といえばそれまでですし、海水も岩塩も同じ成分だといえば物質的にはその通りです。しかし海水には、目には見えませんが、命を産み出す大いなる生命力のエネルギーが含まれているということを見逃さないようにして下さい。
日本に岩塩が存在しないということは、資源がないと嘆くよりも、寧ろ代々生命力の備わった塩しか食べることが出来ないように神が計られたと考えられるのではないでしょうか。そして前述のように、日本では天日塩の生産にも適しておらず、極めて製造効率の悪い製塩方法で、鹹水をつくり火によって煮詰めて製塩していました。日本では、この限られた環境の中、日のエネルギーに火のパワーを加えるという最高の製塩法をやむなく取っていたのです。
「もとつきわみの塩」は、物理的に言えば、海水を天日によって乾かして造られています。その生命力を持った塩に、修練者の功力と神のお力添えにより莫大なエネルギーを加え、更に最高の場に一定の期間置くことによって、エネルギーの増加と安定が図られています。正に、「塩という媒体に載ったエネルギーの結晶」と言えるでしょう。今回、今までの「もとつきわみ天日塩」に加え、日に火のエネルギーを加えた、「もとつきわみ乾燥塩」をお届けできます。「エネルギーの補給」に、「邪気のはらい清め」に上手な使い方をするようにして下さい。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(12)
ゼロ磁場についての追記
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ゼロ磁場であるためには、陽と陰との和合が必要です。陽と陰とが和合して、バランスが均等に保たれているときに、ゼロ磁場が確立します。微妙な陽と陰とのバランスが極めて均等にバランス良く保たれているという条件がゼロ磁場になります。そして、均等に保たれているが故に、その放たれるエネルギーは、膨大な量になるということです。その膨大な量のエネルギーは、天地に繋がり、天のエネルギー、地のエネルギー、両方から最大限のエネルギーが注がれることになります。
以上のことが、太極図、元極図、もとつきわみ図上では説明されましたが、自然の中で土地がゼロ磁場となる条件については、佐々木教授も元極功法でも説明は未だされていません。
自然の中でゼロ磁場に必要な条件というのは、「水(すい)、雲(くも)、火(か)」つまり、自然の要素が三つ揃っているというのが必要です。水と風と火の力です。その三つの力がその土地の条件の中に整っているということが必要になります。それらが、自然界の神々が力を貸すということでもありますし、地上の条件として水があり、風が貯まりやすく、火の勢いを受ける土地柄であるということが必要です。火の勢いというのは、具体的に燃えるという意味合いを示しているのではありません。燃えるということではなく、太陽のエネルギーが燦々(さんさん)と注がれて、具体的に燃えるほどのエネルギーを蓄えている大地であるということです。物陰に隠れたところではなく、太陽のエネルギーが、燦々(さんさん)と注がれている大地であるということです。そして、大地は、溶岩がもたらす一度燃えた大地であり、火のエネルギーを存分(ぞんぶん)に含んだ大地である。それらの三つの条件と陰陽の均等なエネルギーがもたらされたときに、ゼロ磁場が完成します。
そうした自然の恵みにより完成されているゼロ磁場の典型が中国蓮花山です。張志祥先生が初めて蓮花山を訪れたとき、それはそれは火の吹き出るような、とても熱い、そして暑い思いをされたそうです。地下には、マグマの吹き出し口が地上に吹き出すように、そして水、風、それらの自然の条件が整備された極めて場の良いところだったと聞き及んでいます。
このように自然に造られたゼロ磁場にも、「太極図」を構成しているゼロ磁場、「元極図」が出来ている所、そして「もとつきわみ図」を構成できている場所と、そのエネルギーレベルによって分けることが出来ます。「もとつきわみ図」を造っている様な巨大なエネルギーを持つ場所というのは本当に希(まれ)と言わねばなりません。更にほとんどその存在を確認することの出来ない「もとつきわみ球」を構成する様な立体的なエネルギー空間も存在するということをお伝えしておきます。
しかしゼロ磁場は、今まで述べてきた自然に造られたものだけが存在するのではありません。陰陽の気が調和、和合する場所がゼロ磁場な訳ですから、人工的に作り得ることも可能と言えます。神のお力添えを戴いた上に、もとつきわみ図の原理などを応用して、それらは可能になります。日之本元極の「場創りセット」は、そうしたことの応用から成っています。また更に、自然が創ったゼロ磁場ではなく、人工的に創ったものでもない、神々が意図的に構成したゼロ磁場というものも存在しています。
それらのゼロ磁場や龍穴を内に持つ土地は、通常の家や土地と違い、風水で言う入る水(気と考えていただいて構いません)の優劣、出る水の優劣によってその気の場が変わる訳ではありません。その内部に気の出口を包含する訳ですから、外に開口しておく必要がないのです。むしろ周囲を囲い、気が漏れることを防ぐ必要があります。蓮花山に行かれた経験のある方は、思い出して下さい。何回もかけて、蓮花山はその敷地を広げてきましたが、いつもその外側には2メートルを超える様な塀で囲われていました。裏門である「道徳門」は、車が通行するとき以外は閉じられています。表門である「元極門」は、観光地となってしまった現在では開いたままですが、以前は都度都度、閉じられていました。内部にある元極図を構成するゼロ磁場や、いくつもある龍穴からのエネルギーを散らしてしまわないための対策です。
ゼロ磁場とは、陰と陽が絶妙に調和した所から、まるで湧き出る様に生発されるエネルギーの存在に気づき、物質的視点から命名された言葉です。しかし、それは「元極図」や「もとつきわみ図」といった更なる大きな原理の一部を見たに過ぎず、一面的な命名であったと感じています。この言葉の位置で留まることなく、「もとつきわみ図」という大きな原理の理解と、修練によってこのことの実際的な応用を、多くの方に可能としていただけるように願っております。
日之本元極 亀仙人
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気功講義(5)
脂肪と成長ホルモン 2007.7.28 |
成長ホルモンはインシュリンの抵抗性を上げて、血糖値を上昇させます。よって血中インシュリン濃度も上がることとなります。若い人達が、食べても食べても太らず中年になると太るのはこのホルモンの減少にも影響されているところです。成長ホルモンが増えると次の様な変化が現れます。
①インシュリンの抵抗性を上げる
②疲労回復作用、老廃物の分解促進
これらは新陳代謝と深く関わっています。
③血流の改善
これは上記2つの作用とも関連しています。
これらを見ると、特に医学知識の高い方の中には、「脂肪を減らすためには、効果が逆ではないか」と思われる方も多くいらっしゃるでしょう。
成長ホルモンが分泌促進される条件というのは、体中の細胞に充分に血液が行き届いている条件の時です。細胞に血液が十分供給されていれば、成長ホルモンが分泌促進されるのです。細胞の中に新しい細胞が他に必要であるという信号が、出されることになります。細胞の分割を促進させる役割が成長ホルモンにあります。
成長ホルモンというのは一種類ではありません。
①このホルモン本来の、子供の成長を促進する働き
②性腺の刺激をして、性ホルモンの分泌を促して、本来の成長を促進させる
③細胞の分割を促して、新しい細胞を創り出そうとする働き
④古い細胞を処理、処分して新しい細胞を創る準備をする働き
⑤他の細胞から新しい細胞を創るために必要なモノを取り出して、新しい細胞を創るモノの準備をする働き
その時に、体内の皮下脂肪などから、新しい細胞を産生するためのエネルギー産み出す事をします。その他の新陳代謝を促すようなホルモン系統の全てを高揚させて、新陳代謝に関わる全てのホルモンが刺激を与えられて、優先して細胞を作る作用が実行されます。その作用が優先されると、古いモノの処理も同時に行われることになります。
それに伴って、体内のタンパク質や脂肪などが合理的に使われていきます。しかし、これらの新陳代謝を促す作用が、年齢が高い者にはかえって負担になり、危険な事にもなりかねません。エネルギーが充分存在してなおかつ、新陳代謝が可能なほどの許容量がある程の余力がなければ出来ないことです。
もともと、エネルギーが少ない者たちの内臓などからもエネルギーを取ってまで、新しい細胞づくりが優先されると命の危険さえも出てくることになります。
これらの、成長ホルモンや新陳代謝を促すようなホルモンによって、ダイエット効果を促すならば、(修練者ではすでに解決していることではありますが・・・)同時にエネルギーを充分に肉体に送りながら、行われなければ危険であるということです。
成長ホルモンをサーチする機関は様々に設けられています。特に年齢に関わって存在しています。特に、成長期にある子供たちには、いくつものサーチ機関が設けられています。
大人では、成長に関わる使われ方は終了して、その使われ方は限定されてきます。細胞に血液が充分に供給され、充満すると新しい細胞を作り出さなければならないという信号が働き出す事になります。
細胞にはそれぞれ独自に、それ以上増えてはいけないという数が決められています。「出毒素負荷シリーズ」の基本的な作用では、細胞に血液が十分供給される状態が産み出されますから、新陳代謝が盛んに行われる成長ホルモンが産生されやすい状況が創り出されるのです。
現在制作中の「出毒素(デトックス)ダイエット」のMDにも、多くの作用に加えて、この成長ホルモンの分泌促進やエネルギーの供給作用を付加してあります。しかし、人によっては更に十分なエネルギーが、「錬功」や「貫頂」等によって供給される必要があります。
それでは一つの例として、平均的で健康な50代の人について、成長ホルモンの産生がどの程度の錬功量で可能になるのか?という質問について、答えましょう。
「環排」を毎日欠かさず一回するならば、成長ホルモンを分泌を促して、ある程度の新陳代謝の促進は可能です。これには定期的な貫頂を受けることも、必要と言わなければなりません。
しかし、病気があったり、生活が乱れて、暴飲暴食をしたり、エネルギーを浪費したりするならば、まったく条件が異なってくることになります。
効果を左右する条件は、住んでいる場の条件、貫頂の回数、仕事の内容、食事を含めた生活習慣、病気、先天的な体質などです。
以上の条件の改善もよく対策した上、「出毒素(デトックス)ダイエット」のMDをお使いになれば、このMDの持つ、他の多くの作用と共に、大きなダイエット効果を体感することが出来るでしょう。今しばらくお待ち下さい。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(4)
「理想的な体型の人」推論 2007.7.20 |
ここでいう「人として理想的な体型」とは、「見てくれ」がどれだけ良いかということではなく、健康的に見て、或いは長寿のためにどんな体型がよいかということです。まず肝脂肪、内臓脂肪がなるべく少ない状態で、かつ皮下脂肪がある程度ついていることが、理想とされます。
程よい脂肪の量は身体の健康にとって重要であるという点にきちんと着目しなければいけません。脂肪は少なければよいというものではなく、痩せすぎない、太りすぎない、その中ほどがちょうど良い脂肪の量であることを認識する必要があります。
BMIで言えば、スポーツマンでない通常の人々で22から24の、「少し太めかな?」位の体型が最良と思われます。この条件を満たしていると、体内の全てがよりよく調和し、人として物理的に一番快適な条件が生まれる様なのです。しかし、BMIの数値というものは、公衆衛生的な統計上の数値な訳ですから、個人の条件によっては、前後するということは、承知しておかなければいけません。このBMIの平均的な数値を見るならば、22から24が理想的であるとは言えますが、個人の持つ身体の条件、身長や体重の条件は、骨の長さ、太さなど個々に異なることになります。厳密に言うと全ての個人には当てはまらなくなります。
その「少し太めが長生きする」原因は永い人類の歴史の中で、ほんのつい最近まで、いや一部ではまだ続いている飢餓との戦いの痕跡にあります。食料の有るときに肉体の中に出来るだけため込んで、食べることが出来なくなったときに備える様な肉体機能を、人は永い飢餓の歴史の中で具備する様になったのです。反面、飽食に備える様には出来ていないため、過食に走り常時栄養盈満(えいまん)に足りた現代先進国の中では、肥満が瀰漫(びまん)することになってきました。しかし現代常識では、この少し太めよりは筋肉隆々たる肉体を、ほとんどの人々が理想とし、少しでも体脂肪(肝脂肪や内臓脂肪をも含め)を減らそうと、無駄な、そして無理な、むしろ不健康に向かう努力をしようとしているのです。
BMI(body mass index)体格指数とは・・・・
BMI=体重(Kg)÷身長(m)÷身長(m)
通常の判定では
25.0以上 肥満
18.5以上 25.0未満 正常
18.5未満 痩せ
岩波新書「人はなぜ太るのか」によると、アメリカにて用意周到、かつ非常に綿密で大規模な肥満と死亡率の調査が行われ、意外な結果が出たということです。
4万人の10年間による追跡調査で、BMIが24前後の人がもっとも長生きし、それより太っていくにしろ痩せていくにしろ、BMI24より離れるに従い死亡率は大きくなっていくのです。BMIが大きくなる方向には心臓病、動脈硬化症が多くなり、痩せすぎの人達で死亡率が大きくなっているのは、結核など慢性肺疾患の割合が高いのだそうです。この痩せている人達の結果は、皮下脂肪による温度変化からの保護が小さくなっているからではないでしょうか。我々の観点からすればこの調査は、とても正確なデータを表していると思うし、意外でも不思議でもない結果が出ています。残念なことに、内臓脂肪と皮下脂肪による肥満を別けて調査されていませんが、そこまで要求すると、調査自体が不可能になってしまいます。
その「内臓脂肪と皮下脂肪による肥満を別けて」というパラメータを入れたとしてこの調査をすれば、たぶん先に示した様に肝脂肪、内臓脂肪が許容範囲内でかつBMI22から24の人が一番長生きすることになりましょう。
かといって、脂肪肝や内臓脂肪が良い訳ではなく、これらは確実に寿命を短くします。適度の皮下脂肪を残し、内臓脂肪や肝脂肪を貯めない生活習慣を保つべきなのです。
脂肪細胞というのは、身体の中でちょうど良い量が、自動的に産生されて、その量を一定に保とうとする傾向にあります。また、身体の条件や季節の条件によって、体重が変動したり、体重そのモノが変わらなくても脂肪の細胞が皮下に移動したり、内臓に移動したりすることはあります。寒さから身を守ろうとする飢餓に対して抵抗を高めようとするときには、皮下脂肪が多くなり、夏の暑いときには、脂肪全体が減少したり、総量が変化しなくても、皮下から内臓に移動したりというような様々な変化はおきます。
この推論には、個々の条件によって状況は違うということを加味してください。
BMI(body mass index)体格指数とは・・・・
BMI=体重(Kg)÷身長(m)÷身長(m)
通常の判定では
25.0以上 肥満
18.5以上 25.0未満 正常
18.5未満 痩せ
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(1)
個の存在の評価について 2007.7.4up |
個の存在が、どれほど有意義に生きることが出来たのか?という評価は、生き方そのものではなく、個の存在が、過去、現在、未来を通じて、どう生きたか?ということが重要になってきます。すべては、時の流れの中で、個の存在が決定されます。生き方そのものの、その時の善し悪しではなく過去から未来にかけて、その者が生きた結果が、歴史の中でどう影響を与えたか?どれほど多くの者たちに、そして歴史に影響を及ぼしたか?ということが大切な評価の基準なのです。
困ったことに、目の前の事柄に執着して、物事を早急に解決することばかりに、誰もが心を奪われます。それは、その事柄を「その時」に正確に判断することが出来ないからです。しかし、目の前の事象にとらわれてはいけません。
その者が置かれている状況がどうであれ、充実した生き方が出来たならば、それはそれで満足できるでしょう。しかし、その満足というのは、過去、現在、未来を通じて充足感が得られるかというとそうでないことも多いわけです。
究極の例をひとつ挙げましょう。
宮本武蔵は、13歳で初めて試合を勝利して以来、29歳で巌流佐々木小次郎を破るまで60余回の決闘をして人を殺しています。その後も大阪夏の陣、冬の陣を始め、島原の |