| 2010.09.01 【気功講義|自然】
気山
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このところ福井講座が開催されるようになったこともあって、福井県によく行くことになりました。 あるとき、道すがら「気山(きやまー地名)」という看板に目に入りました。
「不思議な名前だなぁ。気が出ていることが判って付けた名前なのだろうか?」と思い、 国道を車で走りながら、回りの山々を感じてみました。 ここは、道沿いに小さな山がいくつか連なっているのです。
その中の一つに山頂付近から上に向かって気が吹き出している山がありました。 「ああ、これだ、これだ。」 と、納得できました。
後でその山の気の出方を分析してみると、通常の龍穴のように気が保全されているという状況ではなく、 自然の地形の条件が、気のエネルギーを保全しやすい状況を創っています。
それは、龍穴のまわりに木が育ち、木が茂り、木によって、その龍穴の存在が守られている、
気のエネルギーの存在が消滅しないように守られている、消滅しないように形成されている、
というような自然の地形の中にその龍穴があります。
従って、人は気の存在を感じて、気が満ちている存在を感じ取って、「気山」と命名したのでしょう。 その気は、上昇して地域に分散されたために、その場所だけを保全したのではなく(たとえば神社やお堂を建てるなど)、 地域を守る龍穴として珍重されていると云うことになります。
これは非常に珍しい龍穴の例と云えます。 似た所に、人工的にそうなってしまったのですが、岐阜城のある金華山があります。 ここも、山頂からの気の噴出が回りを潤している所です。
普通、龍穴はそれを発見したらなるべく早くその上に建物を建てて、その気を保全しないといずれ周期的に衰退してしまうのです。
その良い例が分杭峠です。 張志祥先生が発見したときは、すごい龍穴でしたが、 「すぐそこに何か建てなさい。」という忠告を無視し、暫く放置したため、 今では当時の面影もありません。
気のエネルギーを単純に比較するならば、ここ気山より当時の分杭峠の方が、 気のエネルギーは高かったと思います。 しかし、それは、一時的な効能だけであって、今では分杭峠は簡素な龍穴となり、 当時の気の大部分は失われています。
龍穴は自然の地形の中で地下からわき出すエネルギーで、 地形の条件などから地上に吹き出しています。 しかし、それらの事象はすべて、神の意図でなされていることをお伝えしておきます。
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| 2010.08.22〜08.25 【気功講義|科学では証明できないこと】
鬼門、そして裏鬼門 1〜3
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昔から東北の方角を鬼門といいます。 そして、その逆、南西を裏鬼門と言ってきました。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、
鬼門(きもん)とは、北東 (艮 =うしとら:丑 と寅 の間)の方位 のことである。陰陽道 では、鬼 が出入りする方角であるとして、万事に忌むべき方角としている。他の方位神
とは異なり、鬼門は常に艮の方角にある。
鬼門とは反対の、南西 (坤 、ひつじさる)の方角を裏鬼門(うらきもん)と言い、この方角も忌み嫌われる。
鬼門は、古代中国の書物『山海経 』にある物語が元となっており、北西 (乾 )を「天門」、南西(坤)を「人門」、南東 (巽 )を「風門」、北東(艮)を「鬼門」としたことによる。
鬼門は中国 から伝来した考え方であると思われているが、現在では、日本 (沖縄 を除く)のみで忌み嫌われている方位観であり、中国風水では土地や住宅の北東方位を恐れてはいない。
江戸時代 には、鬼門の方向への造作・移徙(わたまし:貴人の引越)は忌むべきとされた。また、人々は家の鬼門の方角に桃 の木を植えたり、鬼門とは反対の方角が申
であることから、猿 の像を鬼門避けとして祀ったりした。京都御所 の北東角には屋根裏に木彫りの猿が鎮座し、鬼門を封じている(猿ヶ辻)。現在でも、家の中央から見て鬼門にあたる方角には、門や蔵、および水屋・便所・風呂などの水を扱う場所を置くことを忌む風習が強く残っている。
また、都市計画においては、平安京 では大内裏 から鬼門の方向に比叡山延暦寺 が、裏鬼門の方向に石清水八幡宮 が置かれ、江戸 では江戸城 から鬼門の方向に東叡山寛永寺
が、裏鬼門の方向に三縁山広度院増上寺 が置かれた。
鬼門の諸説 [編集 ]
- 陰陽道においては、北 と西 は陰、東 と南 は陽とされ、北東と南西は陰陽 の境になるので、不安定になると説明される。
- 鬼門は忌み嫌われるという云れの他に、逆に神々が通り抜ける方角、あるいは太陽が生まれる方位(生門)であるために清浄の気を保たねばならぬという考えもある。
- 中国では、北東の方向から季節風が吹くため、家の中心から見てこの方角に水回りのものを置くと、家の中が不衛生になるので置かないようにしたというのが、鬼門の由来であるというさまざまな説がある。
- 『山海経』(中国の俗書)にはまた、「東海の中に度朔山がある。頂に大きな桃の木があって、3000里にも渡って蟠屈しており(渦を巻くように曲がりくねっており)、その枝の間の東北を鬼門といい、多くの鬼が出入り口となっている。頂には2人の神が居て、ひとりを神茶、ひとりを鬱壘といい、悪鬼を調べ取り締まる役目を負っている。害をもたらす鬼を葦の縄で捕らえて虎に食わせる。このことをもとにして黄帝は礼の決まりを作り時々これを払い、桃の木で作った大きな人形を門戸に立て、門に神茶と鬱壘そして虎を描いて葦の縄をかけ、凶悪な物の精鬼を防いだ」と書かれている。この話が日本に伝わり、家相でいう「鬼門」方位
となったという説がある。
- 紀元前2世紀 頃に中国で書かれた『神異経 』(中国の俗書)に、「東北に鬼星の石室が300戸あったが、門は共有して一つだった。これを鬼門という。」とあり、このため、北東を鬼門と呼ぶようになったという説がある。
ここでも述べられているように、現在この方角を忌み嫌っているのは日本だけのようで、風水などでも特別にこの方角をどうこうと言うことはないようです。
それでは何故日本だけでこの方角を特別視するのか、それはまた明日のお楽しみ。
北に向かって右回りに十二支を当て、子、丑、寅、・・・と一周する。 東北に当たる角度は、丑と寅の間となるから、鬼門の東北は、丑寅(うしとら)の方向となります。
同様に、裏鬼門の南西は、未申(ひつじさる)となるのです。
風水的には、 艮 (ゴン) 東北 坤
(コン) 南西 となります。
それでは、この「きもん」が、中国ではあまり問題にされず、 何故日本のみで未だに残っているのか?
それは、日本の「きもん」は、鬼門でないからです。 「氣門」なのです。
数千年前から、日本の国土で言う東北の入り口に「氣」の門があり、 元気が充分に流れないようになっていました。 つまり、門が閉じられていたのです。
ですから、東北は気候に恵まれず、その他の地方に比べて大いに栄えると云うことがなかったのです。 気が充分に流れることがないところは栄えることはないのです。
丑寅の方角を管理しているのは、「艮(うしとら)の金神」と呼ばれる「国常立(くにとこだち)の大神」です。 この神が動き出されました。 「坤(ひつじさる)」には、「豊雲野(とよくもぬ)の大神」が控えておられます。
これらの神は日本国土を守るのがお役目ですから、 それを感知した方々が「きもん」という考えを残してこられたのでしょう。
数千年の永きに渡って、その気の流れを遮っていた東北地方の「気の門」が、先日開放されました。 西から風が吹く準備が整ったのです。
少し長いスパンで見ていて下さい。 東北が変わってくると思われます。
人の流れ、地域の勢い、気候や天候などです。
東北の鬼門の入り口が、とある町に存在しました。 ここに、ひとつの門を開く鍵がありました。 それが開かれましたから東北地方の気の流れが、全く変わってきます。
それによって、気象・気候もかわり、数々の事柄がかわり、東北に気のエネルギーが巡り始めます。 「きもん」とは、気のエネルギーが流れない、ということでした。
東北は「氣」門となり、気のエネルギーが流れにくいところでした。 しかし、東北に気のエネルギーが満ちるように変わってきます。 門が開いて、西から風が吹き、東北に気のエネルギーが流れるようになってきます。
そして、西からの風が吹き終われば、裏氣門が開きます。
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2010.02.14〜 【気功講義|中国・蓮花山】
蓮花山に行ってきました―1〜3
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半月ぶりに高山に帰ってきました。 5日間の地方講座から、直接中国へ行くという離れ業。
4年半ぶりに、元極の聖地、蓮花山を訪れました。 追々、写真と共に、ご紹介していきます。
湖北省・蓮花山の入り口、元極門です。
苦盡亭の上に見える、元明塔。後ろに見える回廊は、長生路。

今までに20数回も訪れている蓮花山に、何故4年半もの間、 行かなかったか?
それは、法輪功事件のあおりを受けて、全ての気功に分類される功法が、普及禁止となったからです。 蓮花山は、単なる観光地に成り下がり、当時1000人居た従業員は、現在100人に満たず、修練者に至っては、10人程度となっています。
しかし、今だ蓮花山病院の副医院長の張さんなどは、日に5時間以上の修錬をし続けて、昼間の医療業務にも頑張っていらっしゃいます。
十年以上前の真っ盛りの蓮花山への懐かしさが、沸々と湧き上がる心を抑えて、その中を廻ってきました。
この三月後半に、希望者の方々とご一緒に、蓮花山や道教やそのルーツ、中国の伝統文化を勉強してきたいと思います。今回はその下調べの訪中でした。
詳細が決まり次第、内容をご報告します。是非ご一緒しましょう。
蓮花山に最初に建てられたシンボル、元極堂。今では祈福堂と改名されています。昨日載せました「元極門」にしても、「蓮花山門」と改名され、毛沢東の写真が飾ってあります。

元極門のすぐ中に配置されている「九龍塔」
上の球体が、現在は蓮になっていますが、以前は球形の元極図でした。
この塔は、遠くに離れてシルエットを見ると、「布袋様」に見えるように造られています。
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| 2010.02.13〜26 【気功講義|中国】
中国・世界遺産、黄龍―1〜4 中国・重慶市
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世界遺産に指定されている中国・黄龍の様子を写真でご紹介していきます。
標高3500メートルを超えるこの高さで、飲料を運ぶ人。 100キロ以上有るのではないかと思われる。

中国・重慶市
四直轄市のひとつ、重慶です。 スモッグなのか煙っていてよく見えません。 右側に見えるのは長江です。
シリーズ4回目です。黄龍の写真をお届けします。
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| 2009.12.26〜2010.01.06 【気功講義|科学では証明できないこと】
温泉の効能について―1〜6
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昔から温泉地には病人が集まり、うまくその病気に効能が合えば、通常より短期間で病状が快癒していく。その治癒の力は、
1.湯の効能 2.エネルギーの質と強さ 3.場が善し悪し 4.邪気が少ないか
等で決定されますが、滞在時の快適さも心理的には効いてくることになりましょう。 殆どの温泉の効果は、湯の効能にあります。
しかし、希にそれとは別に、その宿の気の場が著しく良かったり、エネルギーが特別に備わっていたりします。その最たる物が、有名な「玉川温泉」「台湾の北投温泉」であり、その効力は地盤にある「北投石」によるものであることもよく知られています。
「北投石」とは、半永久的にエネルギーが出続ける石で、それがゆえ玉川温泉では、岩盤浴が効果的なのです。
日之本元極も早くから「北投石」の効能に着目し、更に効能の強い「神倉石」を一時販売していましたが、その加工販売に手間が掛かりすぎる為、販売中止しました。
この「神倉石」は、高倉木の神(一般的には高倉下<たかくらじ>の神という)よりもたらされた貴重な物です。「神倉石」のパワーも、「北投石」と同じように半永久的に作用します。
これらのパワーは、科学的にはラジウムが効いていると説明されていますが、宇宙からの永久的なパワー補給がされており、根源的な力があるとも言えるし、神の力が働いているとも言えるでしょう。
「玉川温泉」のもうひとつの弱点は、邪気の処理です。物理的な事で処理出来ないだけにやっかいです。
とりあえず、岩盤などに粗塩を撒いて、放置後洗い流して天日で乾かす事で随分改善出来ると思われますが・・・・・。
玉川温泉でガンが治ったという方も多く、湯治に行かれる人々も跡を絶ちません。 岩盤浴は、露天やテントで行いますから、特に冬場には病人に厳しい条件と言えます。
最近、この「玉川温泉」を越える効能を持たせるべく、神々が動かれました。 新たな巨大効果を持つ場所の作成です。 冬場に露天の岩盤の上に行く必要のない、快適な温泉地です。
温泉の効能ではなく、場のエネルギーの強さや質、邪気の速やかな消去によって、病人にも修練者にも大きな効果が期待されます。
たぶん現在、世界一の温泉地は、下呂市小坂町「濁河(にごりご)温泉」。 施設はイマイチとしても、気の場と湯のエネルギーは最高です。 通年営業の温泉としては、日本で一番高い所に位置するとか。
その中でも、一番の宿は・・・・新宮支部に来て、お聞き下さい。
同じ下呂市だからといって、間違っても、有名な下呂温泉には行かないようにしてください。 まったく質もパワーも違います。
身体によい温泉宿の紹介は、まだまだ次回に続きます。
濁河(にごりご)温泉のみでなく、神々は偉大なる湯治場を広く造って下さいました。 それも「日之本元極」に近いようにと、場所を選ばれました。
その一つが高山市中心部、上三之町(神さんの町)を中心とする 半径2.5キロメートルの範囲内にある旅館、ホテル。
私の要望も聞いて下さいました。 「客に対して本当に持てなしの心を持っている所」 狭い範囲ですから、探してみて下さい。凄い温泉に、いくつも行き当たりますよ。
特別講座にいらっしゃる修練者には、こっそり良い所をお教えします。 身体によい温泉宿の紹介は、更に次回へと続きます。
濁河(にごりご)温泉や、高山中心部のみでなく、神々は偉大なる湯治場を広く造って下さいました。 それも「日之本元極」に近いようにと、場所を選んでくれたのです。
高山周辺には、温泉街が数多く存在します。 高山に講座受講や、特別講座にお見えになる修練者のためにと、周辺でも秀逸な温泉場が選ばれました。
高山市丹生川町旗鉾の乗鞍神社辺りから、新穂高ロープウェイ近辺までにある温泉街がそれにあたります。
飛騨丹生川温泉、平湯温泉、福地温泉、新平湯温泉、栃尾温泉、 新穂高温泉、深山温泉、槍見温泉、カルカヤ温泉、中尾温泉などがその域内にあります。
高山に、お出でのさいは、お泊まりになるのも一興です。
では、この今回の温泉場への神々のプレゼント
というのは、どのように身体に作用するのでしょうか?
温泉独自の効能が無視される程、効果的なこの措置が、物質的でないことは容易に予想出来ることであり、また明らかなことです。
湯に入ることで、勿論エネルギーが作用するのではありますが、それにより病気を持っている方々のようにエネルギー不足の方々には補われ、滞ったり通いにくくなった経絡(気の通る路)を通します。
更に、元極功法を学んだ者には、その功法のみに与えられている力=毛孔竅穴を開き、全身体表から邪気・濁気・末性(身体の中の悪い物)を排泄し、良いエネルギーを取り入れることが出来ます。
高山に来て、日之本元極の講座を受け効能を上げた後に、これら温泉に入って、邪気を排泄し、経絡を通し、更に地のエネルギーを充填してお帰りになって下さい。
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| 2009.12.22 【気功講義|祓い清め】
温泉場の足湯
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最近、温泉場に行けば何処にでも見かける「足湯」。 殆ど何処でも無料で入れます。 通常、温泉だから「足湯」も身体によいだろうと思いがちです。
これが大きな落とし穴です。 良い気、悪い気という観点でそうした施設を見てみると、殆どが湯を循環していて無形の汚れでいっぱいです。
していない所にしても、狭い所に沢山の人が並んで座ったりしていて、感じてみるとお湯の中は、
「邪気」だらけ。
肥溜めに足をつっこんでいるようなところが多いのです。
用心用心。
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| 2009.12.16 【気功講義|祓い清め】
「海のまなみ」お試しパック、新発売!!
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あらゆる場所の祓い清めや、美味しくて体内の邪気排出にも威力を発揮する「海のまなみ」。 初めてお使いになってみようと考えていらっしゃる貴方に・・・!
「祓い清め用」「食用」共に、100グラム入りのお試しパックを新発売します。 各々¥500のワンコイン。
二枚の写真で、共に左側は「祓い清め用」、右が「食用」です。 粒の大きさ、色合い、しっとり感の違いが良く判りますね。
両方とも海水から天日によって作られています。 「祓い清め用」でも食用に使えますが、少し塩辛い感じ。「食用」は、使ってみれば判りますが、ホントにうまい。 魚の塩焼きなんぞ、たまりません。
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2009.10.20〜22 【気功講義|場の善し悪し】
沖縄で想念が祓われたこと―1〜3
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沖縄に呼ばれ、その地の想念を祓う事は、どんな意味があったのか、神が語ってくれました。
遠く南国の地に行って、人の想念は祓われました。しかし、これを期に最後の一時を迎えるまで、想念が祓われ続けることになります。
人の想念の重さや、まつわりつくようなその粘質性の重みが人の心を解放せず、覆い被さるような呪いのように、想念がまつわりつくことがありました。
人の行いが悪いと、同じような波動となり、同じような波動に感応してしまうことがありました。けれども、想念が祓われると、人の思いは影響されることが少なくなります。
解放されて、思いの通りに生きることの出来る、希望に満ちた気持ちになる人もいれば、感応されることが無くなった想念は、軽く軽くなるので、人として命を全うできずに、消え去る想念もまた、あります。
一段と両極端に振り分けられる。自分の思い、魂の導き、それらが一段と受け入れ易くなります。良い者はよい。悪い者は悪い。と、いうはっきりとした区分けがなされるようになります。
けれども、どんな状況であれ、顕在意識がより良く生きようとするならば、チャンスは与えられます。それは、今まで通りのことです。
今回、ここが祓われたことによって、想念に影響されずに、救われる意識が増えたと言えます。
沖縄を祓い清めた事の意味を、神が伝えています。
ここ沖縄の祓い清めを始まり(祓われる事の形示し)として、全世界のこびりついた、染みついたような無形の想念は、今後徐々に全て祓われていきます。
あとには、地球上に物質的な汚れが残ります。それをどう祓うのか? 実は、それを祓うためには、全てをゼロから作り直すことでしか、祓われないのです。それが次元上昇の意味です。
無形の世界の汚れは、取り祓われることが可能です。 他方、物質的な汚れは、無形のもので囲って、汚れから逃れるということは、ある程度有効です。 けれども有形の汚染物は、浄化するには、あまりにも多すぎます。
地球が循環している限りは、地球の汚れは積み重なるばかりです。積み重なった汚れは、地球の浄化の域を超えて、汚れる一方の地球となっています。これが、定期的に行われている次元上昇だったのです。
その時までに、二極化された意識を、残り限られた時間の中でどれだけ救っていけるかということが、あなたがた日之本元極の役割です。
沖縄・観音堂にて
どうして救う役割と、日之本元極を拡げる役割を別にしないで一緒にしたのか?? そんな疑問が我々にも湧いてきます。神に質問してみました。
二足のわらじを履く事が辛いからの質問ではないと分かっています。 神の導きを受け、日之本元極を大きくしていくことが、どれほど真実の道を歩くという意味で大切なことか。
功法を拡げていくことで、試練が与えられて、修練を乗り越え、試練を乗り越えて、努力した先に、救える意識が存在します。 その構図が日之本元極では、課題として与えやすいのです。
どうしてかといえば、兼務する以外に、多くの意識を救う為の良い策が無いからです。
試練を与えられる → 修練をして乗り越える → 試練を与えられる → 信じて修練をする。 このことが、延々と続くのです。
試練、しゅうれん、試練、修錬、しれん、修錬・・・・・・・ 顔がヒクヒクと、けいれん
しております。
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2009.10.19 【気功講義|場の善し悪し】
沖縄・ひめゆりの塔に来ました―1
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沖縄の戦火の傷跡は、すさまじいものがあります。戦後60余年のいまでも、その想念が渦巻いていたのです。私は沖縄に始めて訪れたのですが、これほどのモノとは思いませんでした。
私の元に、今二十歳になる修練者がいますが、彼が高校の修学旅行で沖縄に来て、三日間何も食べる事が出来なかったという話が、ようやく実感として伝わってきました。 ここの神のお話しです。
なまめかしい思いを持ちながら、この世を去ることを余儀なくされた、乙女達の無念さをここに凝縮してあります。乙女達の、女性の思い、平和に対する祈願するこころ、女性の失意、念願叶わぬ期待の気持ち、それらがここに集まっています。なまめかしい思いとはまさに、その通りの思いです。
仲間も大勢死にました。この地で、多くの仲間達を青春の日々を過ごした少女、無念の意志を持ったまま、はらすことが出来ない強い念があります。ここで今、あなたが祓ったのは、私たちの意識(神々の、地上を清浄な場に変えたいという意識)だけではありません。
戦火に焼かれて、諸肌脱いで、死んでいった多くの女性達の意志です。 歴史の中で、女性は道具として使われてきました。性的な道具としても、女性は利用されてきました。
そして、このことは、過去・現在・未来を通じての出来事であるということを、念には念をいれて、伝えておきます。
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2009.10.18 【気功講義|場の善し悪し】
沖縄の戦場 平和祈念塔にて
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斎場御嶽(せーふぁうたき)に続いて、平和記念塔に来ました。 駐車場から歩いて、建物に入って数分経つと、ものすごい勢いで雨が叩き付け、風が吹き荒れ始めました。
山川を超え、堪え忍び、恐怖の中を逃げまどい、生死をさまよい、死ぬことを覚悟した者達の多くの戸惑いや困難、無念な思いがここに集結しています。自ら命を絶った者が、なんと多いことか。
何処の戦争においても、仕方なく命を絶った者が戦場には多いものです。しかし、ここの特徴は自らすすんで命を絶った者が、多いということです。そのことの無念さが、ここに呼んだ理由です。
戦争でおおくのものたちが死んでいます。原爆で数知れない命も奪われました。それでも、沖縄の悲惨さは、言うに耐えないほどです。死の恐怖を感じながら、死ぬことを選択せねばならなかった者達の思いは、この地に凝縮しています。
この思いを払拭してください。
強く、祓う意識を持って、この地を歩いてください。平和記念館は、それほど意味のある施設ではありません。貴方が歩きながら、祓い清めてください。
お話を聞き終わり、施設を一巡して出ようとしたときには、風雨はピタリと治まっていました。
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2009.10.16 【気功講義|場の善し悪し】
沖縄市(コザ市)に行ってください
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沖縄での移動はまだ続きます。
読谷村(よみたんそん)の後に、沖縄市(旧コザ市)に行ってください。 沖縄市には、嘉手納基地があります。その塀に囲まれた内は、異国の地です。
その塀の側を通り、時をさかのぼって塀の中に意識を飛ばせば、貴方がする「祓い清め」の力を、我々が他の国に拡げるということをします。
あなた方、日之本元極の力を日本から世界に拡げるという影響、日本が最後の陸地となるという影響も、ここから塀の中に及ぼして拡大し、世界に我々が影響をさせます。
神様、本当ですか?
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2009.10.14〜15 【気功講義|場の善し悪し】
読谷村(よみたんそん)に行きなさい―1〜2
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「読谷村に行きなさい。」といわれました。
なぜ、読谷村に行くのですか?
読谷村は、とてもきれいなところです。そして、悲しみが渦巻くところです。
些細なことから争いが起き、争いの歴史が繰り返されているところです。民族と民族の争いが度々繰り返されて、悲しみがあふれているところです。読谷村に来てください。
座喜味城跡に、来てくれたこと嬉しく思っています。 古いこの時代海に面したこの読谷村の浜辺は、貴重な資源でした。この地区の者達は、呑気に陽気に、その日暮らしのような気性を持って、踊り明かし、飲み明かし、というような陽気さと楽しみを共有するような人情あふれる、地域でした。
従って、この地は、すでに貴方が感じているように、齷齪(あくせく)しない、のんびり、おだやかな 地域性があります。 そのことは、この地域の特性として重要なことなのです。
この地の人々の、陽気で、のんびりした気質を神は言及されました。
しかしながら、戦争の傷跡は生々しく、この地には、争いごとの歴史が絶えません。古くは、この地の穏やかさを奪い合う戦争が起き、新しくは、昭和の戦争の爪痕が深くふかく、残っています。
長い間の戦争の歴史が、異国の者の占領下に置かれた悲しみがあります。 ここを祓い清める事で、異文化占領のもと、悲しみ、あえいだ多くの意識も浄化されます。
読谷村の歴史が、展示されているこの資料館に良く来てくれました。 ここは、静かです。 誰もいませんので、ここに来るように、誘いました。
この地を、祓い清めなさい。 これらの歴史に、まつわる神々、文化にまつわる神々が、すべて貴方に協力をします。沖縄の地だけではなく、この文化にかかわる総ての神、過去にさかのぼって、土着、農耕、文化衣料、医療、食文化にかかわっての力を持つ神々です。
ここに、神々が集っています。 下黄庭にある三元を働かせるため、上黄庭に上げなさい。 そして、この地を総て想念して、祓い清めて下さい。
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2009.10.10〜19 【気功講義|場の善し悪し】
沖縄 斎場御嶽(せーふぁうたき)にて―1〜6
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八月初め(2009.08)、沖縄斎場御嶽(せーふぁうたき)に呼ばれ、祓い清めをせよとのこと。 2007年夏に一連の次元上昇の変化として、地獄が消滅し、霊の存在がなくなりました。
霊の存在が無くなって、霊が総て祓われ消滅したはずなのに、どうして、想念だけが残っているのか?疑問が残ります。斎場御嶽の神が答えます。
人の生きているときの意志の固さや、思いがけずに起きた事柄によって残された無念の意志、それらは大いなる邪気だと考えてください。 邪気、濁気、末性、そういうモノがそこの地に、掃きたまっています。そういうものだと考えてください。精神的な、末性がどれほど強いかは、すでに知っていることだと思います。
そういうモノが、風雪を耐えても、なおその場にたまっています。そういうモノは、我々が手伝わなければ、つまり、場創り(良い空間を作る)を担当するような神々が、あなた方に随行して成し遂げなければ難しいことです。
雨・風と共に(この時、台風8号が沖縄を通過中であった)、邪気を吹き飛ばして、あなたのそこへの訪問とともに、無念の気持ちを晴らして、邪気を祓い、心を穏やかにしていきたいと考えているのです。あなたにとっては、不運な天候となりましたが、この雨、風がなければ、無念の気持ちをはらせないほどの末性がたまっているのです。
神は続けます。
これをきっかけとして、全国の晴れない思いを晴らしていきたいと思います。
貴方が、今考えている「思索・想念が、邪気としてたまるのであれば、『清める』という強い意志を持って歩けば、末性は、清められるのではないか?」という事、まったく、その通りです。 あなたに、この沖縄の地に来てもらった意味は、まさにそのために来てもらったのです。
一度も尋ねたことのない沖縄の地に来てくれました。この地を今後は、本当に晴れ渡る地にしてください。
これからのことを考えて、今を精算します。今を精算するということは、過去現在、未来にかけて精算をするということになります。これから起きることも瞬時に精算するということです。その場にしがみついているような邪気を残さないで祓う。「全ては葬られる」そのことを開始します。
今後は、夥(おびただ)しい数の生、死にかかわる事柄が起きてきます。にもかかわらず、意志・想念がこびりついていては前に進みません、過去・現在・未来にかけての祓い清めが始まります。
斎場御嶽の神々は、ずっとそこに依拠して眠っていたのだそうです。
ようこそ、この斎場御嶽に来てくれました。 あなたを心から待っていました。 この斎場御嶽にいる神である私は、何十万年もの前にこの地球に訪れて、この地球の基礎を創るような仕事をしてきました。その当時のこの沖縄は、それほど暖かい地方ではなく寒い天候の土地でした。当時、地球そのものが寒冷の時を迎えていました。徐々に気温が変化して、暖かい土地となりました。
当時は寒い世の中でしたが、地軸が変化して、こうして暖かい土地となり、生物がおいおいと茂り、増え、美しい自然を育めたこと、大変嬉しく思っています。
さて、われわれは、この地に奥深く眠っていました。 本当に、あなたが、来てくれたことによって、われわれは、深い眠りから目覚めることができ、ようやく働くことが出来ます。
眷属達も、我々が、目覚めたことを喜びにしています。 この地球の最後の時を迎えるために、我々が働くことになります。 我々の生活している次元というのは、現在13次元になります。ここで眠っている間に、次元が上昇して行きました。われわれが初めてこの地上に来たときには、8次元から来たのです。
更に斎場御嶽(せーふぁうたき)の神は続けます。
ひろく、他の次元を統括している神です。 寝ている。という意味は、働いていないということではありません。我々は、広く多くの星座を統括しているので、ここでは積極的に働いていなかったという訳です。 寝ていると表現したのは、ここに依拠しているだけで、ここでは、あまり働いていない。力を発揮していないということです。
我々の力というのは、神々にとっては、底辺に当たる力ですから、寝ていようと、表面上であまり働いているようではなくても、違う次元でその力が発揮されていて間接的に影響を与えているのです。ここに、起きて働くというと分かりやすいので、このように伝えてあります。
日之本元極に、幸福の力が与えられたことは、よく分かっています。われわれは、8次元から13次元に立場が上昇していますけれども、宇宙の次元を越えた力を使って人を癒す「力」を元極に伝えました。
良きも悪しきにも、この場所が残されて、手つかずの状態で残されたことに感謝をしています。ここは、斎場です。斎場として使われてきました。斎場としての役割を長く担って来た場所です。ここの場所をこの風雨(台風の雨風)で、祓い清めましょう。
何故斎場に我々が眠っていたのか、それは人に、斎場のような場所をむやみに荒らさないという考えがあるからです。
斎場御嶽の神は、沖縄に呼んだ意味を語ります。
ここは、一部の高徳の者たち、神を祀る大切な者達が葬られたところです。この台風でもたらされた風をもって、祀られている全ての霊、意志、末性を祓いのけましょう。このことをはじめとして、沖縄全土の邪を祓い清めます。
久高島にも、神の存在はありますが、斎場があるのは、この場所です。 この場所に斎場があります。
久高島には、又別の神がいます。別の神とは、斎場から島流しにされた神のことです。 島流しにされて、鬼ヶ島のような島が、久島です。 斎場で祀ることが出来ない神々が、久島に流されています。久島は、「陰の神」が集まるところです。
久島には、また行く機会がきます。久島に行くときになると、神々の処遇が決められるときが来ます。 人がそこに訪れている間に、人々の気持ちが変わっていくのです。今まで、人を悪いことに誘う仕事をしてきた神達に、人を救いあげる仕事を新たに与えようと考えています。
え〜、また沖縄まで来なくちゃいけないのかな。
沖縄から高山に戻り、暫く経った頃、また斎場御嶽(せーふぁーうたき)の神よりお声が掛かった。またまた何用かと思いきや、下記のような内容であった。
先日は、わざわざ沖縄に来て、われわれの もとを 訪れてくれたこと 本当に喜んでいます。現在の斎場御嶽では、とても心地よい風が吹いています。これほどの心地よい風は、眠っている間にも 感じたことがありません。
必ず、再びこの地に来て、我々と共に、陰の神のいる「久高島」に行って、陰の神の処遇を決定する仕事をしてください。再び貴方に会えるときが来ることを喜びにしています。
何故われわれがいる神の聖地を、斎場としたのか?についてですが、補足的に説明をしておきます。 それは、われわれがこの地に着いてから、眠ってしまったからです。 我々が寝てしまっていても、ここが威厳のある場所であると判った者達は、この斎場御嶽を威厳のある、格式の高い、大切に囲い込み残す、重要な土地として祭るために、何が最適であるかと考えたときに、斎場を選択したのです。
そうして、人があまり多くは立ち入ることが出来ない、多くの者が立ち入って、汚すことをしない場所として、斎場を祭りはするけれども、多くの者が来れずに、汚すことが出来ない場所として、格好の土地の活用方法だとおもったようです。
その斎場として使われることを、我々は許し、眷属達もそれに従い、現在に至っています。
増田先生の「気功講義」最新情報は
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2009.7.31〜8.5 【気功講義|功法について】
風水 (1)〜(6)
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日之本元極の新宮修練場は、「強力場創りセット」の設置や、元々存在している龍穴の力で、素晴らしい場が形成されています。
その気の場は、修練のみにだけでなく、住居としても最高の場所を、更に強力にするため、皆さんが入ってくる玄関へのエントランス部分に左右二枚の看板を付けました。
それまでは向かって左側に、あまり気の流れに頓着せず、案内板を設置していましたが、その一枚の位置と角度を調整して出る気の流れを改善し、新たに右側にも入る気の流れを良くするために一枚微妙な角度で設置したものです。
これで修練場全体の場が大きく又改善されました。
次においでになる時は、道から敷地に入るところから、以前とどう違うか場を感じながら、入ってきてください。必ず、その良さが分かっていただけることでしょう。
又、感じられなかった方も、暫く修練場の中にいることで自分の体の変化に気がつき、その原因が場の違いで有ることがお判りになることでしょう。
用がない方でも、是非寄ってみてください。茶飲み話をしているうちにその場の良さを、自らの体が教えてくれます。
上述の手法は、典型的な風水の手法ですが、このように古来元極功法には、単なる気功法だけではなく、地理学、風水、漢方薬、武道、天文学、農学などあらゆる自然科学を包含しており、それを無形の形で伝達されているものです。
高山・新宮の錬功処の場を良くする為に、風水の手法を使って改善したことを先日ご報告しました。
その後、修錬に見える方々の中で、敏感な方には、ちょいちょい不思議なことが起き始めています。
1.玄関の扉の前に立って道の方向に向かい、目を閉じ天目にて見ると、真っ赤なエネルギーが入ってくるのが判る。(複数人)
2.同じく玄関に立つと、出入りする気のエネルギーで、身体が勝手に動き自発動が起こる。
(自発動とは、自分の意志とは関係なく、体内に入ってくるエネルギーで勝手に身体が動いてしまうことを言います)
3.気のエネルギーが上昇したことを、体感できた方、多数
今回の処理をする前から、風水の手法を超越した元極の方法にて、作成された「場創りセット」を設置したり、「天のまなみ」(水に大量の三元エネルギーを入れてあるのもの)や「海のまなみ」(塩に大量の三元エネルギーを入れてあるのもの)を度々撒いて、場を清めたりしていますから、相当と言うより、これ以上の場は殆ど存在しない程になっていました。
それを今回、風水の手法と併せて施すことで、更なる場の向上を狙った訳です。
では、実際にはどんな変更を施したのでしょう。
(つづく)

風水を超越した「場創りセット」の効果に、更に風水の効果をも上積みする為、数回に渡っていろいろな処理を施した高山・新宮修錬処。
その全貌を明らかにしましょう。
まず最初にしたのは、
1.両開き出来る入り口は、通常片開きのみの使用しかしません。構造上、玄関に向かって右のみしか開かないような構造でしたから、右の扉の開閉で出入りしていました。
この扉を工事屋さんに改造していただき、左開きにしました。
これによって、出入りの気の量が格段に大きくなりました。
(勿論全ての家がそうではなく、一軒一軒条件は違います)
2.玄関と、次の間に置いてある物の配置を大きく変更し、気の流れるルートを変更しています。
3.家の中に、適切な場所に水を溜めた方がよい場合がよくあります。風水では、場所がうまくいけば、風呂桶にいつも水を張っておいたり、大きなポリバケツに水を入れ最適な場所に置いたりすることがあります。
ここでは、「天のまなみ」を在庫する必要があることと、水を置いた方がよい結果を生むことが、上手く一致しました。
(日之本元極では、「天のまなみ」にパワーを入れた後、更にそのエネルギーを高める為、場の良い所に数週間置き、最大のエネルギーレベルに高めた後、出荷しています。)
このことは、それまでの「天のまなみ」保存場所を代えることにはなりましたが、「天のまなみ」にエネルギ−を入れることと、場のエネルギーをもっと高めることが良い方向に一致した希な例です。
(つづく)

次に施した手法は、ここから出ていく気の流れの改善です。
この場所の気の流れは、写真にあるように玄関から道路を見て、左側から入り、右に出ていくようになっています。
そしてもう一本、次の写真の如く、玄関に向かって右側からくるりと回るように入ってくる気の流れがあります。
4.この気の流れの中で出ていく気を変えるには、次の二枚のうち、上の写真のように、通常の風水では、屋根の軒先の下垂線が重要になるのですが、ここでは特殊な技法として、軒下に隠れてしまう位置ではありますが、道路に出て行く部分にパネルを立ててその流れの角度を変更しています。
次の写真のように、玄関からはあまり見えない位置なのですが、結構これが効果を上げています。
本当は、次の写真で現状が見えますが(ブロック塀より2〜3センチ外に出ています)塀の外に約15センチ程、出した方が効果的には高くなるのですが、小学生なども通るので、もしも怪我などしないようにと現状に留めています。
(つづく)
一連の作業は、風水的に、出る気、入る気の改善をしているのですが、本来こうしたことは、羅盤(ローパン)という精密な磁石の付いた測定器で測って、風水師が角度を決めるのです。しかし、元極功法の修練者は、感覚でこの角度を決定できます。
そのとき、玄関先の軒下(下の写真を参照)に立って、感じてみます。青いラインの真下に立ちます。
さて、今度は入る気の改善です。
玄関に向かってアプローチの右側に立てた黄土色のパネルがそれです。
大きくしてみれば、少し微妙な角度で設置されています。この角度が大変大切なのです。
そして、何気なく駐車場との境にある柵に結んである紐。これも貴重なテクニックと言えます。

もっと効果を上げているのが、下の写真。掲示板の横にさり気なく立っているL字型の焦げ茶色の棒。
この高さと、上にL字に曲がった棒の長さ。この変哲も無いちょっとのことが、風水の妙技なのです。
これらを上手く実現出来たのは、このパネルを設置して下さった「オレンジ松井」 の父ちゃんのお陰です。パネルのコンクリート基礎をご覧下さい。(つづく)

場を最大限に良くする為、風水を超越して場を変換する「場創りセット」や、そこに上積みするようにいろいろな風水テクニックを駆使している、日之本元極の高山・新宮修錬処。
まだまだ、やりたいことは色々あるのですが、お金がかかりすぎたり、やるには面倒だったりして、まだ手が付けえられない所があります。既に世界でも希な気の場になって居るこの場所を、更に磨いていくように、時間をかけて改善していくつもりです。
通常の皆さんがお住まいの住居や、マンション、アパートこれらにもいろいろな条件があって、風水的にもどうにも出来ない所はいっぱい存在します。
そんなときは、何の建築的改造もせず設置でき、少なくとも平均的な場よりは遙かに高い気の場を創ることができる「場創りセット」を是非試してみて下さい。
自らの体調で、必ずその効果を確認することが出来ます。
本当に効果を出すことの出来る風水師を探すことは、日本国内では非常に困難なことです。
無理な手法、無駄な経費をかけることなく、日々の生活に高い三元エネルギーで潤いを与えられるよう、場について検討されることを提案します。(完)
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2009.6.10 【気功講義|場創りセット】
農業用 場創りセット NEW
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増田先生が、5月にバージョンアップした「農業用場創りセット」について説明されます。
☆*゚ ゜゚*☆*゚
゜゚*
「農業用場創りセット」についてあまり宣伝をしていませんでしたが、5月「場創りセットシリーズ」は、皆バージョンアップしています。
設置時期にきてみえる方は、チャンスです!

場創りセットの効能は、
1)エネルギーを供給する。
2)邪気を消し去る。
3)結界を張って、悪いモノの進入を阻止する。
というような事がメインですが、覚えてみえますか。
今回、この中でも結界の力が強くなりました。今までは、主に「魔」とか「邪」とかの形のないものに作用するように考えておりましたが、「農業用」のこともあって、実際害虫だの獣だのの害も多いと聞いて、少しでもそういったものの害が減らんかと思って結界の力を強くしました。
住居用の「強力場創りセット」も、素性の良くない人が来たくなくなるようにはしてあります。
世の中、100%ということは有り得ませんので、全てを排除できると言い切る訳にはいきませんが、随分違いが出来たとは、思っております。
昨日に続き、農業用場創りが他の場創りセットとどう違うのか、お話ししましょう。
基本的には特に、他の場創りセットと相違することは大きくありません。根本的に共通することがあります。
・気の場をよくすること
・陰陽のバランスをとること
それは、明確に大切なことです。
それに加えて、農業用で特徴的なことは、中に育つ植物の思考を重要とします。中の植物がどういう思考を持っているのか、何を指向し、嗜好とするのかが大切になります。

何を望み、なにを特徴としているのか。そういうことが大切なのです。
場を創って、結界が張られると
害虫などが、進入することが困難となります。
中の植物に適合した場となります。
複合して、植物をいくつも創った場合でも、場づくりを行うと
それぞれに、問題を解決することが、可能となります。
怠慢を通り越してすべてが、解決するのではありません。
ある程度の農地の耕しや、整地がなされるという条件の下に、農業場づくりが成果を発揮します。
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2009.1.10〜1.23 【気功講義|三元エネルギーの場】
場が上がったということ(1)〜(4)
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あけましておめでとうございます。
日之本元極 ますだようぶん より、ご挨拶させていただきます。
今年、平成21年は非常に重要な年になりそうです。
初詣に関し、行く場所がいくつか指定され、スタッフのみならず、縁ある少数の方々が、お参りされました。その中の一人は、あまりに強烈なエネルギーをお陰としていただくことにより、調和に偏りが出て不調を訴えてきましたが、「『収式調和』を10回ほどしなさい。」というアドバイスで、数分後に快調な身体に上昇したというようなことまでありました。
また、1/3に行われた「錬功室解放」の修練では、昨年までとは大きく相違した『場』が展開されました。今後日之本元極の講師が執り行う講座、錬功では、このような『場』が常に実現されます。
昨日も、東京から酷いアトピーの若者がみえましたが、「胎息」のわずか1時間の講座受講と、30分の貫頂・帯功を受けることで、見違えるような肌になって帰って行かれました。
今までの『場』とどのように違うのか、どうして変わったのかについて、蕭抱珍(しょうほうちん)の神と、普善禅師の神にお聞きしてみました。
まず、太一道開祖、一悟真人・蕭抱珍(しょうほうちん)の神からです。
1/3の高山新宮支部にての、錬功室解放時の場の違いに気付いたところ、お二人、いや二柱(ふたはしら)の掌門人よりのお話でした。
前回に続いて、太一道開祖、一悟真人・蕭抱珍(しょうほうちん)の神から、三元場の上昇についてお話がありました。
蕭抱珍の神は、道教「道徳経」や、墨家の「尊天教義」、儒家の「讖緯(しんい)の説」等から、「太一三元法?」を伝教の本として築き上げられました。
太一道は20代の始祖の石碑が発見されていますが、実際には、27代28人の掌門人が引き継いできています。
何故27代28人の掌門人かと言えば、蕭抱珍の神を1代と数えないからです。0代とします。この太一道開祖は、この膨大なる教えや功法を造り上げましたが、生前、有形な物として受け継がれた物を除いて、次代に渡す術(すべ)を持たなかったのです。ではどうやって、太一道1代目・蕭道熈(しょうどうき)の神に、無形の功法や教えが伝えられたのでしょうか?
それは、一悟真人が神になられてから、それら無形のものと、無形のものを伝える術(伝音や伝訣の方法)を1代目に授けたから、以後可能になったのです。
上記理由を持って、一悟真人・蕭抱珍は、太一道第一代を名乗ることを辞退しているのです。
ご自身では、「無」の代とおっしゃっています。
日之本元極には、太一道27代28人、元極道5代5人(王家1人、張家4人)、計33人の掌門人によって、教えと功法が受け継がれています。
以下、蕭抱珍(しょうほうちん)の神からです。
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座が上がったということ。錬功室の場が変化したということに気が付かれましたか?
それは、縁のある者に対して、強く反応するということが、一つ。
日之本元極の座の上昇に従って、錬功室の場が上昇したということが、一つ
個人の状況に適合して、個人の状態により合わせた場が顕著に提供できるようになった。ということが一つ。
それらの状況に合わせて、個々の力量以上に、三門や毛孔竅穴が、感応して動じるようになったということが、一つ。
排出された邪気の消去がさらに改善されて、場創りの効果が、より変化したということが一つ。それは、これまで以上に、邪気を排出させる効能が強くなったけれども、瞬時に処理が行われるようになったということです。
これらによって、力のある者は、力相応の修練が出来るようになります。下の者に合わせていても、力相応の修練が出来るということです。
新宮だけではなく、増田の意識に、この作用は連動します。つまり、増田が意念すれば、いつでも何処でも、その三元場は、実現するということです。
掌門人一同、皆々がより活用されるよう望んでおります。
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(普善禅師の神の話に続く)
ここから改めて、「三元場の変化」について、普善禅師の神より伺います。
普善禅師は、太一道より「太一三元法?」「太一無字真経」を受け継ぎ、「元極秘?」「元極無字真経=十字真言」に発展させた方です。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
講座においても貫頂においても、その一人一人が最大限に受け取れるような、場が設定されて、情報が渡されることになりました。
すべてが、一律に平等に渡されるのではなく、その者が一番多く受け取れるように、渡されるようになりました。平等に渡されても、皆流れ出てしまうのでは元も子もありません。
一人一人の調整がなされたうえで、個々が最大限受け取れるように、渡されることになったのです。
現在、日之本元極に縁を持って、修練に励んでいる者には、遡って渡されるべき力が与えられます。
2点目です。場の設定が大きく変わっています。
場の設定は、きめ細やかに設定されています。増田の意識に連動して変化します。功法の力が上がったことと同じように、全体的に場の変化があったので、変化の感じが分からないかも知れません。
いままでは、広い区域を設定して場をつくり、そのなかで、一人一人の場も調整するという方法でしたが、今後は、貫頂帯功を受ける一人一人をターゲットとして、一人一人に個別に作用します。
その場の中にいる、受ける意志のない者には、作用しないし、何も感じないということになります。
縁ある者が集まり、縁無き者は去る仕組みです。
これ見よがしに、自分の力自慢ばかりする者には、上達が与えられません。
病気の者は、すがる心に作用します。あるレベルまでは、一定に与えられます。
自己の利益のために力を使う者には、力が与えられません。きわめて、明確に一線が引かれたことになります。
新年から、錬功室で修練をしている時に、それぞれの人が、三門、毛孔竅穴が開いて、天地に繋がって修練出来ています。初心者、上級者を含めて皆同様に修練できています。これは、どうして可能になったのか?
を伝えましょう。
日之本元極の「座」が上がったことによって、日之本元極の「真価」が輝くようになりました。神の力によって、参加者のいちばん良い状態に設定されます。
それは、増田の意志に連動します。よって、講師の力量に関係なく、増田が許可した講師であれば、連動して作用します。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ということですから、ご自分で毎日修練を積み重ねることに加え、なるべく錬功会・講座受講に足を運ばれることをお薦めいたします。
今年になって、日之本元極のつくる場が大きくステップアップしたことに伴い、幸運にも初代・蕭道熈(しょうどうき)の神のお話をお聞きすることが出来ました。
ご自身が、先代から衣鉢をお受けになった経緯と、その時のお気持ちを吐露されています。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
早くから、あなたの存在を知ることが出来ていました。ずっと、今まで、日之本元極の行いを見てきました。田中の一軒家に住んで自己の内面をじっと見つめ続ける修練を続けてきた私達に比べて、あなた方の多くの人に接し対処する姿に感服するばかりです。
太一道開祖、一悟真人・蕭抱珍(しょうほうちん)の神から宿命的に私に幸せが与えられました。それは一悟真人が神になられてから、蕭抱珍(しょうほうちん)の神の生前、うち立てておられた無形の方術を行う力の全てと、無形のものを伝える術(伝音や伝訣の方法)を授けていただいたのです。
自己の修練についての悩みを感じたときに宿命的に、試練ともいうべき幸せを与えられました。このことによって、以後太一道、そして元極道、日之本元極と、その不思議ともいうべき大いなる力を、脈脈と伝え、発展させることが出来ているのです。
宿命的なものとはいえ、与えられた大きさに恐れおののくような強迫的な思いを抱きました。自分に、その気高い役割が果たせるのか、身を律して職務を果たすことができるのか?
この小さき存在を思う度に、それを恥じないようにせねばならないと 気持ちを引き締めました。私に、その役割が果たせるだろうかという思いよりは、その重責を何とか果たさなければならない、次々に申し送って反映させなければならない、喜びと共に偉大な任務に邁進しなければいけないと、強い決意をしました。
しかるに、私は、秘宝として、この功法を自己の中で発展させて、継承していくというのが役割でしたから、あなた方のように人に気遣う点については、難しくはありませんでした。
閉ざされた中で、黙々と自己の啓発と内面の鍛錬を怠ることが なければ、それは、どんどん発展するように創られていましたから、あまり、そのほかのことに煩わされることなく、修練と鍛錬と継承と発展にさえ気を配り、邁進できました。
その点では、あなた方のように、悩み多きことはなく、大きな喜びがありました。
ここでは、私の思い、私が初代で受け取ったことの偉大さを皆さんに伝えたいのです。
私は、坊主として修行する身として、遣わされてきました。
私が、受け取ることは、すでに宿命として決められていました。以後、全ての掌門人も同様に、それを紡(つむ)いでいくことは宿命として決まっています。
私の行いが、どうのこうのよりも宿命として与えられる立場にいたので与えられました。その宿命の重さに、私は、身を清めて生きていくことを決意しました。神から、与えられた立場を感謝して生きてきました。
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日之本元極功法に接することが、如何に幸運なことか、上掲、蕭道熈(しょうどうき)の神のお話でご理解いただけるかと思います。
これらのことを知ったからには、是が非でもこの功法を続け、世に役立て、自らの人生の研鑽に励んでいただきたいと思います。
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2008.12.11 【気功講義】
電気、電磁波、電場、磁場等の影響について
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表題に上げたものなどが身体に悪影響を与えているという議論は、いろいろな所でされていますが、その確たる結論は何処にも出ていません。それはどれもが見えないものであること、また一つのパラメーターで捕らえきれないということ、病気や死亡率との因果関係がハッキリと同じような傾向で出ないことなどが上げられます。
しかし傾向からいって、悪影響があることはほぼ明白でしょう。今日はこれらについて考えてみたいと思います。
議論を始める前に、その対象物であるものが何であるのかをまず明確にしておく必要があります。
電気:通常のとらえ方では幅が広く、電気力、電気伝導など種々の電気現象の元になるものと考えられています。電荷、電流、または電気エネルギーを指して言っています。
ここでは、他の電場、磁場、電磁波などとの差別化をする為、電荷の移動(電流)というように定義しておきます。
電磁波:電波、光、エックス線、γ(ガンマ)線などの総称。電磁波の内、3000GHz以下のものを電波という。
電場:電荷に電気的な力が作用する空間
磁場:磁石や電流の周りに生じる磁力の働いている空間
電磁場:時間的に変化する電場と磁場は、互いを誘起しあって存在します。よってその両者を総称してこう呼びます。=電磁界
電気、電磁波、電場、磁場等が人体に影響を及ぼすのは、主に二つの原因があります。
一つ目は、他の場所でも繰り返し述べていますが、「全ての事象で、事柄が動くときには、無形のモノが動いて、有形の事柄がその後で作用する。これが、宇宙の法則である。」ということです。(こちら を参考にして下さい)
例えば電気においても、測定可能な電流、電圧などの事象だけではなく、それに付随して発電時におきる邪気や汚物の無形成分が運ばれているということが起きています。
電線によって運ばれてくるのは、電流のみではないということです。
ですから、高電流、高電圧を搬送している高圧線には、発電に至る原子力の人体への影響に関わる邪気や、火力発電であれば燃やした物から排泄されるガスや、燃えた後の残渣の人体への影響に関する邪気が大量に搬送されています。水力発電に関しては前二者に比べ、圧倒的にその影響は小さいものの、ダムのヘドロの影響などが運ばれます。
各家庭の電力取り入れ口(配電盤など)に、カードL等を取り付けることによって、これらの無形の悪影響は、その家の中では殆ど取り去ることが可能になるでしょう。
しかし、前出の高圧電線などの近くに家がある場合、その影響は大きく、「場創りセット」を一定期間で取り替え取り替え設置せねば(場創りセットは効力が1年から1年半位です)その影響から脱することは不可能だと言えます。
もしそうしたとしても、その効果は敷地内だけですから、自宅周りを通るときなどに影響を受けることは必至です。
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2008.12.08 【気功講義】
睡眠中の邪気の排出について
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人が夜間、睡眠中にあるときと、日中活動しているときでは、邪気の排出において差異があるかについて考察してみましょう。
一部の敏感な方々は既に体感していらっしゃるように、人は睡眠中の方が明らかに多くの邪気を排出します。
身体の条件からいうと、人は睡眠中に副交感神経が優位に立ち、内臓へ血液がたくさん配分されます。血管がゆるみ、血液の循環がよくなります。そのような身体の仕組み、副交感神経と交感神経の交差によって、夜眠っている間には物理的にも、物質的な身体の条件でも、身体から無形の悪い物が邪気として、また有形の悪い物が汗などとして排出されやすいという条件が設定されています。
さらに付け加えて、気の状態でいうならば、気のエネルギーレベルはあがり、それぞれの焦(上焦、中焦、下焦の三焦と、頭焦、左腕焦、右腕焦、左脚焦、右脚焦の五焦)は、大きくふくれあがるような形状を示します。そうして各臓器の上に被いかぶさるようになります。
ふくれあがったようなエネルギーレベルの高い各焦によって、排出のためのエネルギーが補給され、各毛孔竅穴によって邪気が排出されることになります。

ほとんどの例では、元極功法の影響を受けている者たちは、三門から排出することがある程度可能です。
貫頂や心身共鳴神法で、毛孔竅穴や三門が開発されているのです。
誰しも、邪気を排出する力は、夜間に増えますが、元極功法経験者のようではありません。
一般の元極功法未経験者では、毛孔竅穴からの排泄というよりは、毛穴より汗という有形の形で邪気が排出されます。
講座を受けている者では、悪い物・有害な物は、毛孔竅穴から無形の存在として排泄されます。講座を受けていない者は、有形の汗として排泄するのです。
また受講者は、無形でも有形でも排泄する作用が強くなります。
排泄することが出来るなら、身体の様子が良くなる、改善するということに繋がっていきます。
しかし夜間に、副交感神経が優位に立つという事柄は、無形の焦が変化することの結果であるということをはっきりと申し上げておきます。
全ての事象で、「事柄が動くときには、無形のモノが動いて、有形の事柄がその後で作用する」これが、宇宙の法則です。
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080311 場・風水と気功
元明塔−元極学の基地・中国蓮花山
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中国元極学の基地、蓮花山には、いくつかの不思議な場所があります。「元極堂」という写真のお堂が、まず最初に造られた気で満ちふれた不思議な所です。
三階立てのお堂ですが、各階の気の質が違います。修練段階を表していると言われますが、その中においた食べ物が腐りにくかったり、書画に気が入ったり、そこの磁場異常に密になったりしています。武漢大学など多くの研究機関の研究対象になっています。

中国湖北省蓮花山には、元明塔という地上11階、地下2階の塔があります。
確か1993年10月に完成しましたが、そのとき年4回の特別講座中に完成式を執り行ったということです。私はたまたまその時行くことが出来ませんでした。
東 京にいた私は、ある日次男の受験で開成中学の説明会の帰り、突然全身の力が抜け、腑抜け状態になってしまいました。ようやく家にたどり着き、その後三日
間、もぬけの殻の寝たきり状態でした。全く修練すらも出来ない様な、生まれて初めての経験でした。三日目になって、「これではいけない、修練をしよう。」 と、静功を始めたら、
どっか〜ん!
と、途轍もない量の三元エネルギーが入ってきたのです。まるで生まれ変わった様でした。
このことが、元明塔とどんな関係があるかは、
明日の楽しみなのだ。
中国元極学の基地、蓮花山には、いくつかの不思議な場所があります。「元極堂」という写真のお堂が、まず最初に造られた気で満ちふれた不思議な所です。
三階立てのお堂ですが、各階の気の質が違います。修練段階を表していると言われますが、その中においた食べ物が腐りにくかったり、書画に気が入ったり、そこの磁場異常に密になったりしています。武漢大学など多くの研究機関の研究対象になっています。
中国元極学の基地、蓮花山には、いくつかの不思議な場所があります。「元極堂」という写真のお堂が、まず最初に造られた気で満ちふれた不思議な所です。
三階立てのお堂ですが、各階の気の質が違います。修練段階を表していると言われますが、その中においた食べ物が腐りにくかったり、書画に気が入ったり、そこの磁場異常に密になったりしています。武漢大学など多くの研究機関の研究対象になっています。
蓮 花山で講座があった1999年までは、その講座中の10日ほどの間には、いつ元明塔に行っても各階とも修練する人達が満杯で、場所を確保するのに大変でし
た。修練する全ての人が、塔の中央を下から上まで貫いている中空の直径約1メートルの柱に向かって座っていました。その柱の中を張先生が天地に繋げられて いたからです。天地の先天三元エネルギーを受け取ろうと柱に向かって皆が円形に真ん中に向かって座り、修練をしていた訳です。元明塔には各階とも窓があ
り、その外に狭い空間があって、手すりがしてありました。
私は修練の目的が自らの功力を上げることではなく、人の役に立つことでしたから、その狭 い誰も入ることのない場所に一人きり、外を向いて修練していました。背中から天地の三元を頂き、前から三元を発し、高い塔の上から出来るだけの多くの人々
にその三元を届けたいと思ったからです。

蓮 花山で講座があった1999年までは、その講座中の10日ほどの間には、いつ元明塔に行っても各階とも修練する人達が満杯で、場所を確保するのに大変でし
た。修練する全ての人が、塔の中央を下から上まで貫いている中空の直径約1メートルの柱に向かって座っていました。その柱の中を張先生が天地に繋げられて いたからです。天地の先天三元エネルギーを受け取ろうと柱に向かって皆が円形に真ん中に向かって座り、修練をしていた訳です。元明塔には各階とも窓があ
り、その外に狭い空間があって、手すりがしてありました。
私は修練の目的が自らの功力を上げることではなく、人の役に立つことでしたから、その狭 い誰も入ることのない場所に一人きり、外を向いて修練していました。背中から天地の三元を頂き、前から三元を発し、高い塔の上から出来るだけの多くの人々
にその三元を届けたいと思ったからです。
元明塔の屋根の上にいると思って修練する様になって、半年位経った頃でしたか、確か1999年三月のことでしたが、蓮花山にて「三部――人天交会法」を日本人で初めて2名だけが受講した時でした。
そのとき徐さんという女性が通訳に就いてくれました。その娘は、鞠(きく)先生という修練者が社長の大連青年旅行社から派遣された人で、修練者でもあり、特異功能者でした。頭上の金線やオーラは勿論、普通の人には見えないものを見ることの出来る人でした。
私が泊まったホテルの部屋は、蓮花山の中にある九州楼の一室で、窓の正面に元明塔が見える絶好の場所でした。あるとき私は窓を背にして座り、徐さんは私と対面する様に、そして窓から元明塔が見える様に座って、お話をしていました。
通訳の徐さんは、私と窓からの元明塔を同時に見ながら、突然
「あっ、元明塔の屋根の上で、
増田先生が修練している!!」
と、叫んだのです。
咄嗟に、私は振り返って元明塔を見ました。
見ている本人が、その屋根の上にいるわけもなく、それを見たのは「特異功能者」である徐さんだけでした。
それまで誰にも、元明塔の屋根の上で全宇宙に向かって三元をおくる意念を持って修練しているなどと、言ったことはありませんでした。
しかし、彼女は私の意念を読んだか、或いはその意念通りに実行していた私の「魂」を見たかしたのでしょう。(「さとりの法」を受講すると、その意味が判ります。)
元極功法をして、師より能力を渡されると、しばしばこうした能力を開花させる方が出てきます。
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住と気功
北京で行きたい場の良い所 |
来年は北京オリンピック。観戦を計画されている方もいらっしゃることでしょう。それでなくとも最近は中国にいらっしゃる方が増えました。今年になって私の周りでも3人4人と行かれた方を数えることが出来ます。日本人がよく行くのは上海、西安、そして北京です。私は既に二十数回中国を訪れましたが、北京にはまだ数回しか行っていません。でもその経験の中から、北京を「場の良い」という観点で見て、少しご紹介をしてみましょう。
北京は計画的に創られた町です。もちろん風水の本場ですから、自然の場の良さは第一に考慮されています。そして神との関係を保つため、季節、季節の祭壇を設け祭ることによって、豊作や国の安らかなることを祈ったのです。
それらの祭壇は当然、神が降り立たれるところですから場の良いところに設定されていました。そして皇帝の住まうところも良いところが選ばれています。
皇帝の住まう所、つまり故宮を中心として元々爽やかな、気に溢れた、なおかつ生き生きとした活動的な所に町がつくられました。
そして故宮の南に天壇、北に地壇、西に月壇、東に日壇と、故宮を守るように周りを囲んで設けられています。更に天壇の直ぐ西隣に農業と薬の神といわれる~農を祭る、先農壇が造られました。これらの壇では、季節季節に捧げものを上げたうえ、丁重に政(まつりごと)が催されてきたのです。
神々もそれに応え、それぞれの壇に役割役割の神が存在し、国を守ってきていました。故宮にも代々の皇帝を守る神が存在しています。
私が二度目に北京を訪れた2001年、短い滞在の中でガイドに頼んで五つの壇と故宮、そしてさらには道教の総本山である白雲観と、皆の希望である万里の長城に行きました。
天壇、地壇はともかく日壇、月壇、先農壇などに行く人はほとんど無いようで、ガイドも場所はおろか、その存在すらも知らない有様でした。先農壇は学校の片隅、体育場の陰に邪魔くさそうに残されていますが、神を祭るべき場所とは到底考えられないような扱いでした。また、それぞれ日壇公園、月壇公園という名は残っていますが、日壇は草むらの中に存在し荒れ放題。月壇などは取り壊され、テレビの送信アンテナが建っていました。これらの場所は、場の良さは感じられるものの、既に神の存在はありませんでした。
地壇公園の中、壇の周りは更に高い塀で囲まれ、そこに一歩足を踏み入れると全く別の空間のような強烈なエネルギーを感じたものでした。そこで暫く歩けなくなる同伴者も居たほどです。地壇の神の及ぼすエネルギーでした。ところが、それから3年後、4度目に北京入りしたときに、地壇公園を訪れ、仰天しました。公園内で何かの見本市が開かれていたのです。壇の上に無惨にもテントが架けられ、商品の販売が行われていたのです。もちろん神々はおいでに為らず、天壇へとお移りになっておられました。その場も空しく、荒れた欲の場へと変わっていました。
このように場というのは、元々の自然の立地、神の存在、人の想念や思いによって決定されます。人の想念により変化するのは、悪い方向のみで良い方向にはほとんど変化がありません。
現在、お薦めできる北京の良い場とは、観光地としてその存在を保証されている「故宮博物館」と「天壇」です。故宮には、前述のように代々の皇帝を守る神がまだいらっしゃいますし、天壇には、北京中の他の神々がお集まりになっていらっしゃいます。双方とも歴史的な建築物も素晴らしいことはもちろん、広い国土の中と、長い歴史の蓄積の中で選定された格別の場所と言えます。
故宮博物館=紫禁城の周りは、元来広く非常に場の良い所でした。しかしその歴史の中で、天安門事件のように、生活の改善を要求する人民が無惨な最期を遂げることが繰り返されてきたため、その残留怨念が染みついた悪い場へと徐々に変わってきてしまいました。正に「門前払い」が繰り返されてきたのです。更に、故宮の中では、スターバックスのコーヒーが飲めなくなりました(大笑)。
私は何度も天安門の前まで行きましたが、終に車から降り立つ気持ちには為りませんでした。
北京には先程述べた白雲観のように未だに修練を積み重ねている多くの道士が寝起きする道観や孔廟などが存在しますが、そこいらにいた神々も全て天壇へとお移りに為られています。時代の移り変わりだけによると言って良いものなのでしょうか?
月壇公園より少し南に下った所にある白雲観は、3,4年前から周辺の工事によって様変わりしてきました。これも北京オリンピックへの準備の一環なのでしょうが、趣のある道教グッズの販売店などが立ち退き一掃されて、道観の前は広い舗装路が出来上がっています。しかし周りをブラブラと歩いてみるといくつかの道教にまつわるものを置いている店が移転して点在します。以前のような良い場は期待できませんが、線香の馥郁(ふくいく)たる香りのように、道教の古くからの歴史を感じてみたい方は足を運ばれるが良いでしょう。
また地壇公園から安定門をくぐって南に入った所に首都博物館=孔廟があります。中国のもう一つの流れ、儒教に触れることが出来ます。
熱心な修練者の多くは、動物性の食材が食べられなくなるものですが、天壇の北西角から歩いて数分(天壇自体が途轍もなく広いので、南天門などからなら必ず車で行くこと)の所に北京でも有名な精進料理店=功徳林素菜館があります。有名な割には、日本人には「こんなもんか?」という店がまえの感じですが、中華の精進料理を試したい方やベジタリアンにはお薦めです。
私個人として、北京一番の「気の場」のお薦めは、天壇の「祈年殿」といえます。場というものは、時代により、人によっても変わります。近々お出向きの方は、是非「故宮」と「天壇」にお立ち寄りになってみて下さい。
日之本元極 亀仙人 |
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住と気功
ゼロ磁場についての追記 |
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ゼロ磁場であるためには、陽と陰との和合が必要です。陽と陰とが和合して、バランスが均等に保たれているときに、ゼロ磁場が確立します。微妙な陽と陰とのバランスが極めて均等にバランス良く保たれているという条件がゼロ磁場になります。そして、均等に保たれているが故に、その放たれるエネルギーは、膨大な量になるということです。その膨大な量のエネルギーは、天地に繋がり、天のエネルギー、地のエネルギー、両方から最大限のエネルギーが注がれることになります。
以上のことが、太極図、元極図、もとつきわみ図上では説明されましたが、自然の中で土地がゼロ磁場となる条件については、佐々木教授も元極功法でも説明は未だされていません。
自然の中でゼロ磁場に必要な条件というのは、「水(すい)、雲(くも)、火(か)」つまり、自然の要素が三つ揃っているというのが必要です。水と風と火の力です。その三つの力がその土地の条件の中に整っているということが必要になります。それらが、自然界の神々が力を貸すということでもありますし、地上の条件として水があり、風が貯まりやすく、火の勢いを受ける土地柄であるということが必要です。火の勢いというのは、具体的に燃えるという意味合いを示しているのではありません。燃えるということではなく、太陽のエネルギーが燦々(さんさん)と注がれて、具体的に燃えるほどのエネルギーを蓄えている大地であるということです。物陰に隠れたところではなく、太陽のエネルギーが、燦々(さんさん)と注がれている大地であるということです。そして、大地は、溶岩がもたらす一度燃えた大地であり、火のエネルギーを存分(ぞんぶん)に含んだ大地である。それらの三つの条件と陰陽の均等なエネルギーがもたらされたときに、ゼロ磁場が完成します。
そうした自然の恵みにより完成されているゼロ磁場の典型が中国蓮花山です。張志祥先生が初めて蓮花山を訪れたとき、それはそれは火の吹き出るような、とても熱い、そして暑い思いをされたそうです。地下には、マグマの吹き出し口が地上に吹き出すように、そして水、風、それらの自然の条件が整備された極めて場の良いところだったと聞き及んでいます。
このように自然に造られたゼロ磁場にも、「太極図」を構成しているゼロ磁場、「元極図」が出来ている所、そして「もとつきわみ図」を構成できている場所と、そのエネルギーレベルによって分けることが出来ます。「もとつきわみ図」を造っている様な巨大なエネルギーを持つ場所というのは本当に希(まれ)と言わねばなりません。更にほとんどその存在を確認することの出来ない「もとつきわみ球」を構成する様な立体的なエネルギー空間も存在するということをお伝えしておきます。
しかしゼロ磁場は、今まで述べてきた自然に造られたものだけが存在するのではありません。陰陽の気が調和、和合する場所がゼロ磁場な訳ですから、人工的に作り得ることも可能と言えます。神のお力添えを戴いた上に、もとつきわみ図の原理などを応用して、それらは可能になります。日之本元極の「場創りセット」は、そうしたことの応用から成っています。また更に、自然が創ったゼロ磁場ではなく、人工的に創ったものでもない、神々が意図的に構成したゼロ磁場というものも存在しています。
それらのゼロ磁場や龍穴を内に持つ土地は、通常の家や土地と違い、風水で言う入る水(気と考えていただいて構いません)の優劣、出る水の優劣によってその気の場が変わる訳ではありません。その内部に気の出口を包含する訳ですから、外に開口しておく必要がないのです。むしろ周囲を囲い、気が漏れることを防ぐ必要があります。蓮花山に行かれた経験のある方は、思い出して下さい。何回もかけて、蓮花山はその敷地を広げてきましたが、いつもその外側には2メートルを超える様な塀で囲われていました。裏門である「道徳門」は、車が通行するとき以外は閉じられています。表門である「元極門」は、観光地となってしまった現在では開いたままですが、以前は都度都度、閉じられていました。内部にある元極図を構成するゼロ磁場や、いくつもある龍穴からのエネルギーを散らしてしまわないための対策です。
ゼロ磁場とは、陰と陽が絶妙に調和した所から、まるで湧き出る様に生発されるエネルギーの存在に気づき、物質的視点から命名された言葉です。しかし、それは「元極図」や「もとつきわみ図」といった更なる大きな原理の一部を見たに過ぎず、一面的な命名であったと感じています。この言葉の位置で留まることなく、「もとつきわみ図」という大きな原理の理解と、修練によってこのことの実際的な応用を、多くの方に可能としていただけるように願っております。
日之本元極 亀仙人
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住と気功 〜「場」〜
もとつきわみ図とゼロ磁場 |
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電気通信大学名誉教授の佐々木茂美氏は、著書『ここまで判った「気」の科学』などの中で、張志祥先生や元極学を紹介しています。教授は、数回元極学の基地である蓮花山に訪れ、元極堂のことや、元極学の起こす奇跡を目の当たりにしておられます。そして気を研究する科学者として、気の生発のメカニズムを、元極図などからヒントを得て、同書に「ゼロ磁場」と云う概念で発表しておられます。この概念は、非常に画期的なもので、電子ペアのマイナススピンとプラススピンの相互作用により太極図構造が現れ、その太極図の陰陽を分ける「S字部」つまり電荷ゼロの場に、気が発生するというのです。
元極理論にても、既にそのことは述べられていたことであり、確かに太極図の「S字部」には元気が生発しているのです。後ほど、詳しくもとつきわみ図にて、そのメカニズムをご説明しますが、そこでは佐々木教授の思索の中に入っていない、元光、元音の生発のメカニズムまでもが明らかになります。
佐々木教授は、水素分子を例に取り、電子ペアの安定性についても述べておられます。元極堂に行かれた経験のある方の中で、その堂の扉や手すりなどの描かれていた、図17を記憶しておられる方はいらっしゃるのではあるまいか。これはまさしく双極子を図式化したモノに違いないのです。
ただ、佐々木教授の提唱されたゼロ磁場の概念が、今日、一人歩きしている感があります。売らんかなの「気が存在すると云えばそこがゼロ磁場」的な使い方をされ、正確に気の存在を言うのではなく、訳の判らないものにしています。
皇極のゼロ磁場になるという現象は、均衡の取れた陰と陽が終結している場であると云うことであり、エネルギーが均衡を保っている状態であるということです。差し引きゼロになる。それがゼロ磁場の特徴です。バランスの良いエネルギーがその皇極に充満し、皇極でいろんな事柄が結実して大きな調和の取れたエネルギーとなっているという現象の結果のみをとらえてゼロ磁場と表現しているわけです。
ゼロ磁場の原理を反対に使って、一つおもしろい実験を提案してみましょう。
(図2)のように同じ性能で反転する増幅器を2台用意し、元極音楽を同じように入力します。その出力は、同レベルで相反しますから、スピーカー出力は常に無音となります。しかし、その発現するエネルギーは、単に1台で再生するよりもゼロ磁場の原理により、途轍もないものになる可能性があります。ただし2つの増幅器の位相のずれを極力ゼロに近くしなければなりません。試す勇気のある方は、是非実験してみて下さい。
すでに、皆さんが知り得ているように、元極図というものは、もとつきわみ図に発展しました。もとつきわみ図はついのきわみ図となり、ついのきわみ図は、ついのきわみ球となって発展していきます。エネルギーは常に皇極に集まり、皇極に集結することになります。中央には、陰陽のバランスの取れたエネルギーが集まり、それは、回転するエネルギーを持ってして、周囲のエネルギーから新たなるエネルギーを激発して、再び中央にエネルギーを集結する働きをします。そして常に動き、常に調和を果たす。よって常に中央値は、ゼロであり、そのゼロは大いなるエネルギーであるということです。

(図3)から(図6)に元極図の成り立ちを示します。無極図は、宇宙の根本の成り立ち、起源を示します。この一つの円の中に宇宙全ての三元、法則、意識などが個性を持った独自の存在として、分かつことの出来ない状態で内在されています。これを混沌状態と言います。高度なプラズマ状態と考えても構いません。この混沌状態は永い永い間、収縮と拡張、縮小と拡大、凝縮と膨張を繰り返し、動き続けます。その永い動きの中で、重くて濁った物は降り、軽くて清い物は昇ることで、陰陽が分かれます。その状態が(図4)両儀図です。
そしてさらに永いときの変遷(へんせん)を経て、陰が極まり、その中に陰中陽が、陽は陽で極まって、その中に陽中陰が生まれます。そのとき陰と陽の境目であるS字部に、それまで内在されていた元気が現出してくるのです(図5)太極図。その元気が呼び水となり、蠢くエネルギーの狭間で新たなる元気が激発されます。これが佐々木教授の言うゼロ磁場の真相です。
その太極図も発展し続けます。元極図システムの時は、そのS字の元気が中央に寄り、果てに皇極を形成し、そこに内在の元光を現出するのです。(図6)

現在のもとつきわみ図システムでは、両儀図から(図9)の太極図に変異し、陰より陰中陰、陽より陽中陽が生まれます。その横のS字部からは、元極図システムと同じく元気が現出し、さらに激発されます。そこから進んで(図10)わかつふときわみ図にあるように、横のS字部より元気が、縦のS字部より元光が現出されます。そこから元気と元光を新たに激発しながら、収縮・拡大を繰り返します。それらの元気・元光はS字部の中央によって練り合わされ元気・元光の二元を形成します。同時に極陰は極まり陰中陽を生発し、極陽も同じく陽中陰を生み出します。
その(図11)ふたつふときわみ図は、更なる凝縮・膨張を繰り返し、真ん中に向かって、横のS字部を伝って元気が、縦のS字部を伝って元光が集中していきます。その交差部では元気・元光が練り合わされて、二元を形成します。そしてさらなる集中と動の継続によって、もとつきわみ図(図12)が形成され、皇極が完成します。この皇極では、内なる元音がはじめて現出し、元気と元光、元音が練り合わされ三元を造り出します。
この一連の動きが、本「階み」の功法の根底にあります。「階ふた」までの元気・元光そして二元生成修練の基礎上に、新たな内在元音を駆使する、三元修練がそびえ立ちます。
そしてそのもとつきわみ図(図12)を徹底的に修練できる限られた者 は、その図中の4つの「C字部」上を中央に向かって、内在していた元気・元光・元音と激発する元気・元光が寄り集まり、皇極には三元が練り合わさるのと共に、回転する無極の遠心力によって、新たなる元音を外へと産出します。(横のC字部には内在する元気・元音と新たに激発する元気、縦のC字部には内在する元光・元音と新たに激発する元光が、中央に集中します)
総じて見れば、もとつきわみ図の皇極は、常に中央にありエネルギーが集結するところです。そして、その魚眼4穴にあたる四つの基地は、意識をも顕し、意識は常に反転し、反転しながら対局するところと連絡をしています。対局するところ、対になっているところは、そのエネルギーを調整するために程よいエネルギーの力関係を持ちます。それは、対になっているところは、確かなる一対になっているということです。
無極は、調和されたエネルギーが周囲に押し出され、回転するエネルギーとなります。右へ右へ回転するエネルギーが中央に集まったエネルギーにより、反対の回転をする時にエネルギーが激発されて、大いなるエネルギーに変化し、そして、無極というのは、周囲から全体を促し中央に回転してエネルギーを集結させるような、そういう働きを持つ場所なのです。
しかし、以上説明してきたことは、頭で考えても分ることではありません。順次段階を踏んで修練を積み重ねてきた者のみが体感し駆使できる原理です。
2.長夏と「もとつきわみ季節図」
長夏とは現在では陰暦6月を指しますが、その昔(中国、神農の時代)「超果」と書き土用を指しました。各季節に作物が結実する時のことで、そこを基準として種まきなどの時を決めたのであって、厳密には今の土用とは意味合いが違うのです。後々天文学的な意味合いとして、太陽黄経27,117,207,297度の時を当てはめましたが、24節気と同様、後付の理由です。
「超果」とは、そのとき果実を結実し、またそれを乗り越え、種になり延々と繰り返す季節の瞬間を指す言葉なのです。もとつきわみ図では、長夏の場所は境界線。四季の分け目の季節です。如実に表れる季節を長夏。如実な現象を長夏。はっきりと示された現象を長夏。そして、それが境界となります。
極まって極みつけとなるところが長夏となります。それは境界線という形ではありますが単なる境界線ではなく、スタートラインになるところです。そして、スタートして終結し、そこに集約して入り込む場所になります。そこのところにエネルギーが集約してその中に両方から入り込む場所です。入り込んだエネルギーは、下から上に昇ります。下から上に移動するエネルギーは中心に集められます。それが、「もとつきわみ図」の発展していくゆえんです。そうして、ついのきわみに変化していくわけです。長夏から、下から上にエネルギーが巡り、下から上にエネルギーが渦をなし、その渦の先には、頂点に向かう球心力が働き、球心力がよりレベルの高いエネルギーへと導いていきます。もとつきわみ図が変化していくその課程に長夏の境界線が存在します。そこのところにエネルギーが集約され、それがまた、中心部に集約されていく。それが、発達の原点になります。
「もとつきわみ図」上で魚眼4穴は、立秋、立冬、立春、立夏。C字部から魚眼までの距離と、魚眼から次のC字部までの距離を比べると期間の長さがアンバランスでおかしいと思われるかもしれませんが、エネルギーは距離ではなく、密度です。面積でもありません。あくまで密度だと云うことを覚えておいて下さい。魚眼を越えてC字部までの密度は極端に過密になっています。
たとえば、下の魚眼は立冬で、次のC字部までの狭い間に、小雪、大雪、冬至、小寒が詰まっています。大切に思われる冬至は、「もとつきわみ図」上には表せません。同様に春分、夏至、秋分も「もとつきわみ図」中には表せません。超果を結実する為の冬至です。
陽が極まり、夏の超果の結実が季節の始まりとなります。つまり秋に始まり、冬に休み、春は休みの終結です。
「もとつきわみ図」は発展し、変わり続けます。それは、次の段階が必ず訪れることを明示しています。物事には、必ず発展と発達があります。宇宙は膨張し続け、発展し続けます。それと呼応して、元極功法も常に発展していく功法なのです。エネルギーは、絶えず更新していくものなのです。それが、元極秘録にある「万象更新」と云うことです。
3.伊那谷・長谷村の分杭峠とゼロ磁場
10年ほど前、張志祥先生が来日したとき、佐々木茂美教授のお誘いで長野県の長谷村を訪れたことがあります。そこで張先生は分杭峠の直ぐ下に気の吹き出す場所を指摘されました。そしてそこに建物を建てることを進められ、早くするようにとも言われています。
村では随分暫くたった後、約4キロも離れた下手に生涯学習センターを建てるに至りました。張先生は、「気の吹き出しているその場所に早く建てなさい。」と言われたのです。このことは非常に重要なことです。その場所に早く建てる必要があったのです。
そして、その場所は何も建てられることなく、何年も放置されました。残念ながら今ではそこには何もありません。誠にもったいないことでした。
地元では、分杭峠の近くに中央構造線という大断層が存在するから、ゼロ磁場がそこにあるのだという理屈を付けているようです。しかしそれなら何故、パワーラインにならず、パワースポットなのでしょうか?理屈に合いません。日本中に断層は無数に存在しますが、そこに押し並べてパワースポットやパワーラインがある訳ではありません。例えば阪神淡路大震災以後知られることとなった六甲一淡路断層帯は南西から北東に延びる約50キロメートルもある大断層ですが、ここに良い気の揚を感じるスポットがあるという報告はありません。
更に野島断層などは、六甲一淡路断層帯が動いたことによって断層のズレが10キロにわたって地表まで顕れた部分であるにも関わらず、別にパワースポットでも何でもありません。無形のものを是が非でも有形の物で理由付けしなければならないとする、現在の風潮、科学の悪い例となっています。
元極の普及基地であった中国蓮花山にはゼロ磁場があり、且ついくつかの龍穴が存在しています。ゼロ磁場と龍穴というのは、全く別の問題です。ゼロ磁場が蓮花山にあるからといって、龍穴とゼロ磁場と混同して説明してはいけません。ゼロ磁場は、特徴的に蓮花山の山々にもたらされた自然の原理です。
しかし、それは、どこにでも存在するモノではありません。ましてや分杭峠は、ゼロ磁場ではありません、指摘したのは、龍穴があるということであり、それは、それほど大きな龍穴ではありません。その一帯を潤すような龍穴ではなく、たまたま、そこに見いだすことが出来たということであり、日本一場が良いということでもありませんでした。
著名な者が一言言ったことを、あてはめて歪曲して解釈してしまう。しかもその者が、否定できない立場にあるのを良いことに議論は、暴走し功利的に利益が上がるように、作話されたものにすぎません。
前述の様に、断層があるところの磁場がゼロになるという後付け的な解釈も全く無効なものです。
龍穴とは、風水でも明らかにしている様に、地面の下を流れる気の流れ=龍脈が地上に吹き出している部分のことを言います。
分杭峠の龍穴は、本当に偶然、人工的に出来上がったものです。1420メートル位の高さの分杭峠を背にして、粟沢川、三峰川沿いに右に地蔵岳、左に戸倉山の裾に挟まれて真ん中に低い谷が出来ています。この谷の先に人工的に美和ダムが造られていたのです。この山を背に、両翼を高く挟まれ、先に水を望むこの形が龍穴を生む、典型的なそして風水的に絶好の地形なのです。人が何もしなければ生まれることもなかったこの地に、ダムを造ることによって偶然に龍穴が出来た訳です。そうかといって同じ地形を造ったら、必ず龍穴が出来る訳でもありませんが・・・・。
張先生が早く建物を建てなさいと言われたのは、龍穴を保護するために建物を建てなさいと言われたのです。顕われた龍穴は、そのままにしておくと移動したり消滅してしまいます。中国、台湾、韓国、日本でも古来それらのことが知られていて、見つけた龍穴の上にお堂や神社を建て、良い場を保護したのです。この建物を龍穴上に建て、龍穴を保護・保全するという方法は、風水では一般的な良い方法です。しかし分杭峠では、この峠に奇跡的に出来た龍穴を保全する予定は立ちませんでした。
せっかく張先生の指摘した風水の理論に基づいた正しい方法を理解し、速やかに実行していただければ、この龍穴を保全できたのです。今は無き分杭峠の龍穴は、形無きものへの理解が無きが故の、全くもって残念な結果と言えます。
この峠は、「龍穴の正しい理解により、しっかりと保全する道」と、「無形への無理解が故の無への道」を分かつ「杭」のある峠で、選択の後は「悔い」のみが残る峠となりました。
今言えることは、分杭峠にはゼロ磁場というものは一度も存在したことが無く、人工的にそして奇跡的に龍穴が過去に存在したということだけです。
日之本元極 亀仙人
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