| 2010.09.02 【気功講義|病と功法】
巡り合わせ
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数年前に体調が優れず、日之本元極に通い出した方がいました。 定期的に貫頂・帯功(外気功)を受け、講座もこなして、毎日修練をまじめに続けていらっしゃいました。
その甲斐あって体調もまずまず回復し、喜んでおられました。 しかし、仕事が忙しいことから少しずつ少しずつ修練も減り始め、 次第に貫頂帯功を受けることにも足が遠のいてきました。
そうこうするうち、仕事でのトラブルが増え、儲からないのに更に忙しくなって、 ほとんど修練ができなくなります。
事はますます重大になり、体調も優れず、仕事や人とのトラブルも増えてきました。 まるで悪い方へ転がり落ちていくかのよう。 身体は最悪。 にっちもさっちも行かなくなって、再び日之本元極に顔を出してきたのです。
物事には、「巡り合わせ」があります。 全てがうまくいくわけではありませんが、成り行きが良くなれば次々に良くなり、 悪くなりはじめると悪くなっていきます。
何故こうしたことが起こるのか? それは、全てのモノが持つそのモノ固有の波動にあります。
ある波動を持つもの(物、者)は、それと近い波動のモノ同士が寄り集まる宇宙の法則があるのです。
自分がよい波動を持てば良い波動のモノが集まってくるし、 波動が悪くなれば、回り全体も悪い物が寄ってくるのです。
ですから、弛(たゆ)まず修練を続け、ご自身の波動をより精妙に変え続ける努力が必要です。
修練を怠り、波動が悪くなれば、「巡り合わせ」も悪くなっていくのです。
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| 2010.08.29~08.30 【気功講義|病と功法】
熱中症と老人 1~2
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今年の暑さは堪らん!! 日本全国、熱中地獄。
あちらこちら、熱中症で救急車の緊急出動のお世話になっている人が多発しているそうな。 特にご高齢の皆さんの比率が圧倒的に高いそうです。
どうしてでしょうか? 「そんなの当たり前。体力がないからだよ。」 と、簡単に片付けないで下さい。
体力がなくて発病するのなら、赤子や子供達の比率も高くて良さそうなモノ。 特徴的に老人達の罹患率が高いのです。
いろいろ調べてみると、じつはご老人達は暑いと感じていない、 むしろ寒い・冷たいと感じている人達もいるくらいなのです。
何故でしょう。 こんなに暑いのに、感じないなんて。 センサーが壊れているのでしょうか。
いいえ、むしろセンサーはしっかりと その寒さを感じているのです。
その原因は、邪気にあります。 気には、身体に好ましい働きをする正気と、 悪影響を与える邪気とが存在します。 正気でも、陰陽のバランスが取れなかったり、上手く循環しないと身体が順調に働かないこともありますが、 その前に性質としての、正・邪があるのです。
この続きは、次回に・・・・
ほとんどの人は、毎日風呂に入ったり、顔を洗ったり、歯を磨いて見える所はきれいにしています。
所で、見えない身体の中はどうでしょう? 生まれてこのかた、身体の中を洗ったことのある人はどれくらいいるのでしょうか。 ほとんどの方が、そんなこと考えたこともないはずです。
年齢を重ねるごとに、人の身体の中も汚れてくるのです。 つまり、邪気と呼ばれるモノが蓄積してきます。 その結果としての症状の一つが、加齢臭です。
邪気が蓄積してくると、溜まっている所が寒い、冷たいそして臭い感じがします。 また、その邪気が体表から外へ出て行くときも寒く感じます。 ご老人達は、身体の中で溜まった邪気の寒さが、 周囲の気温の暑さを上回るほど寒く・冷たく感じているのです。
しかし、周囲の気温は実際に高いわけですから、その熱気は身体を蝕(むしば)み、 本人は寒いままに、熱中症になってしまうのです。
この原理は、気を扱ったことのないお医者さん達には絶対に判らない、 理解できない真理です。
ですから、ご老人に「水を飲みましょう、塩を取りましょう。クーラーをかけましょう。」 と、いくら言っても、本人は暑くないのですから、それらを履行しっこないのです。
まず体内をきれいにするやり方、邪気の排出方法を教えてあげて、
毎日やり続けられるシステム作りをしてあげることです。
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| 2010.08.11 【気功講義|病と功法】
巻爪の原因
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足の爪の形状で真剣に悩んでいらっしゃる方が結構見えます。 特に女性に多く見受けられるようですが、 酷いときには歩行に支障をきたすこともあるようです。
ウィキペディアの説明によりますと、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B7%BB%E3%81%8D%E7%88%AA こうなりますが、これが現在の医学的な「巻き爪」への解釈です。
主に靴の形状などに原因を求めていますが、 原因は物理的な事だけにあるのではありません。 身体の先端部のたかだか、爪の変形(巻爪)一つにしても、 それはきちんと命令が出されていて、その命令通りに進まない結果、 巻き爪が起きてきます。
足の先端部、焦(脚焦)の調整役としての爪は、邪気の排泄口として存在しています。 通常の人々には、湧泉や魚眼4穴などは、良く開発されていないので、 爪が伸びると一緒に邪気が排泄されています。 もちろん、これは有形の爪が伸びて、それと共に邪気が排泄されるという仕組みです。
有形の爪が伸びることで、無形の邪気が排泄されています。 しかしながら、経脈が詰まったり、爪が伸びるのに物理的なつまりや障害があったりすると、 爪とともに気(邪気も気の一種です)の流れもうまくいきません。
気の流れが乱れると有形の爪も変形します。 うまく排泄されない邪気の影響、きれいに流れない気の乱れの影響を受けて、 巻き爪が起こっています。
爪がうまく伸びて、無形の邪気が順調に排泄されることは、 あたりまえにみえて、重要なことなのです。 その排泄が、うまくいかないと身体に邪気がたまっていくことになります。
ですから、むやみの足を締め付けるような衣服を着たり、 足先が自由にならない履き物はこうした原因を作る事になってしまいます。
さて、治療ですが病院で行われている、爪の切り方の指導だとか、 ワイヤーで爪の形を・・・・うんぬんが如きのことも、効果を現す事もありますが、 要は滞っている邪気を排出し、気の流れをスムースにしてあげればよいのです。
もう既に変形した爪が、今日明日に良い形になるわけではありませんが、 気の流れさえ問題なくなれば、時間と共に改善される事になります。
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| 2010.04.26 【気功講義|病と功法】
予防接種について
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ある受講者から、 「予防接種をしない方がよいと言う人たちもいますが、先生の意見はどうでしょうか?」との問い合わせがありました。
予防接種の発展が、人体科学の発展を支え、医学の発展の基礎となりました。 種痘、ポリオなどの予防接種の発達によって、多くの者たちの命が救われてきた歴史があります。
ですから、これらの全ての予防接種がマイナスではありません。 けれども、現在あるインフルエンザや罹患しても軽く済む病状のすべての予防接種が、必要だとは考えてはいません。
予防接種という手法自体、過去に救えなかった者達を救ったという点では評価されますが、現代では、必要性の真意を再検討するべき予防接種もあります。
すべては、自然に感染をして治っていく過程で、免疫を創っていく事が最大最善の方法であることは間違いではありません。 副作用はありますが、大勢の命を救うという点で予防接種は有効だと考えます。
全てがだめで、全てが良いと考えてはいけません。 あれもこれもと予防接種を無駄に受ける必要はありません。 身体に免疫力があり、耐える力が備わっていれば、受ける必要のない予防接種は数多くあります。
また、そうした力が備わっていれば、もし予防接種を受けても、副作用とて問題ではありません。
しかしながら、利潤の追求の目的のために創られた予防接種を受ける事は、破滅の道を歩くことになります。
テレビでよく放送されている自分の時間を全くもてないほど忙しく働いて、現代医学で人の命を救っている名医も多くいます。 予防接種を受けて救われる命もたくさんあります。 反対に営利のみを追求している製薬会社や、医師もそれにもまして多く存在するのです。 それらは、すべて受ける者の選択です。
かかったら重篤な病状になるような、前出の種痘、ポリオなどの予防接種であれば、接種することも構わないでしょうが、そうでなければ 「修練によってエネルギーレベルを高めておけば、受けなくてもなんら問題がない」 というのが原則的な考えです。
しかし、間違ってはいけないのは、これが言えるのは、しっかりと修練が積み重ねられた者とその影響を受けた子供だけであると言う事です。
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| 2010.04.05~04.07 【気功講義|人体について】
へパーデンの関節結節について―指先の働き 1~3
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高齢の女性に多く出現する病気です。 手指の第一関節が太く腫れて痛みます。そして動かしづらくなります。 第二関節が同様になる病気は、ブシャール結節と言いますが、これとはメカニズムが全然違いますから、混同しない事です。
また第一関節においては、ブシャール結節と同様な理由のものも存在しますので、複雑です。
この結節が出来る原因の第一は、通過障害です。 この通過障害によって、組織に炎症が起きる、その炎症が起きやすい組織が手の甲側にある。そのことについて、確認しておきましょう。
通過障害は、気、血液、邪気も含めたあらゆるモノをさします。 その根本の理由は、近々公開予定の「詳説・指気功」でお話します。
手の指先も足の先も 爪が伸びるという現象は、きわめて重要な「焦」の調節をしています。第一関節のすぐ上の部分、指先に爪の製造工場が存在します。
今まで、分かっていなかった事として、爪が邪気を排泄するという仕事をしているのです。 それは、髪の毛も同じように邪気の排泄を受け持っています。 その他、爪や頭髪は皮膚の保護をするというような役割も、忘れてはならないことです。
しかし、邪気を排泄するという爪の働きが、爪の存在の根本にあるのです。 爪が邪気を排泄するために、爪の根本に邪気が集まるように、排泄通路が造られています。
これらに通過障害が起きた場合は、爪の製造場所に、汚染物質、邪気がたまって、炎症を起こす。炎症を起こしたことによって、その結合組織が乱れてくる、細胞の循環、新陳代謝が乱れるということが起きて、それらに停滞と、鬱滞、鬱血瑠などがおき、たまって、症状は悪化の一途をたどっていきます。
足の指についても同じ事がいえます。 しかし、足は指先というよりも 足の裏全体、そして足の指全体が関連しています。
これは、人が立って歩くに相応しいように、足の裏を使うと邪気排出が促進して、 湧泉から排泄される、また踵から、足の指先や指の股の部分から排泄される仕組みになっています。
健康で働くための営みとして、働けば働くほど、健身に繋がるように、人の身体が作られています。 指先を動かすことも大事ですが、足の裏全体を刺激する、指先を動かす。これらのことが、足については重要です。
このように足は、爪からも邪気は排泄されますが、足の裏全体から邪気を排泄するように仕組みが作られています。 そういう意味では、步法は、邪気を排泄する上で極めて重要な功法です。
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| 2010.01.10~01.18 【気功講義|薬】
ステロイド薬は有効か?―1~5
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2009/11/27中日新聞「紙上診察室」の欄で、 「ステロイドやめたら肌が化膿」の記事がありました。
Q)13年間、肌荒れにステロイド軟膏を使い続け、知人の勧めでやめたら顔、身体、足が象の肌のようにひび割れて化膿しています。(男性・35歳)
A)リバウンド状態、専門医へ―東京医科大皮膚科教授 坪井良治氏 肌荒れの治療にステロイド外用薬(軟こう)を使っていたということですが、一般に、ステロイド外用薬は、慢性湿疹やアトピー性皮膚炎などに使用します。ご相談の場合は、これらの皮膚の病気にステロイド外用薬を使っていて急にやめた為に、押さえられていた元の病気の症状が悪化したことが考えられます。いわゆる「リバウンド」といわれている状態です。
長期間ステロイド外用薬を使っている人は、使用を急にやめてはいけません。症状を見ながらメリハリを付けて使うことが大切です。症状が軽い場合は、一日おきに使うといった間欠療法を行うのが普通です。皮膚科医の指示ではなく、自己判断や周囲の勧めで薬をやめることは大変危険なことです。症状が悪化することがあります。
ステロイドの外用薬については、副作用を必要以上に恐れる人もいるようですが、大きな誤解です。長い間内服している人には骨がもろくなったり感染症を起こしやすくなるといった副作用が出ます。一方、外用薬の場合は、長期間使用をすると、皮膚が薄くなったり、毛細血管が浮き出る酒さ様皮膚炎などが起きることがあります。特に顔には、こういった副作用が現れやすくなりますが、前述した間欠療法や別の外用薬を使うことなどで対処できます。ご相談者はできるだけ早く、皮膚科専門医の受診をお薦めします。
このように書かれていますが、医薬関係者の中にもまったく反対の意見の方々も多いようです。 実際、記事の如くであれば、一生ステロイド剤を使い続けなければならない訳であるし、副作用にはずっと悩まされ続けることになるのです。症状は緩和するが、原因をけすことはない薬だということでしょう。次回、もう少しこのステロイドについて考えてみたいと思います。
ステロイド剤は、使い始めると一生使い続けなければならなくなり、使っている限り副作用にはずっと悩まされ続けるという薬のようです。使い始めには、ある程度、症状の緩和はあるが、原因は決して除かれることのない薬だということでしょう。
医薬関係者の中にも、この薬の使用に反対の意見の方々も多いと聞きます。
「医薬ビジランスセンター」の出版物「薬のチェックは命のチェック」には、アナフィラキシー・ショック(薬剤に対するアレルギーの為に、急激に呼吸困難になって、血圧が下がり死亡することもある病気。アドレナリンとステロイドの緊急使用をしなければ、死ぬこともある。)や急性のぜんそく発作などの緊急時以外の使用を戒めています。
また、実際アトピーなどを扱っている医療の現場の医師などにも、経験的にステロイド剤では治らず、副作用の害の方が大きいと、民間療法の模索をしている方々が多いようです。
ステロイド剤の効用は唯一、炎症の緩和であり、多くの副作用を持つことを認識していなければなりません。そして習慣性があって、長期には消炎効果も後退があるということです。
ですから、症状である炎症のみに惑わされることなく、その炎症を起こしている原因を絶つこと、絶つ方法をしっかりと確立すべきだと思います。
人はそれぞれの症状を持っています。特にステロイド剤を使うに至るまでのような方々は、それぞれの症状を持っているが為に使用に踏み切っています。
それを解消する為には、元極功法による、体質の改善が必要です。 個々の原因に合わせた働きをする功法の選択が病気の改善を促すことでしょう。
元極功法は、対症療法ではありません。 例えば、血圧の高い者も、血圧の低いものも、同じ功法をすればどちらも正常になっていきます。 ステロイド剤を使うに至る症状の原因として考えられることの一つには、健康維持できない程、化学物質に汚染された環境があります。
その対策として、既に汚染物質等が体内にしっかりと入り込み、健康状態を維持できないまでに体質が変化してしまっている状態からの脱却が必要です。 化学物質などの体外排出と、体質改善によって健康回復が求められるのです。
一度体内に入ってしまった物の排出など、現代科学や医療のレベルでは、出来るはずもありません。
日之本元極功法が求められるときだと言えます。
ステロイド剤の使用を中止すると、化膿するなどの症状について
これはリバウンドなどではありません。長期間にわたって行われてきたステロイド剤の副作用による、正確な症状です。薬をやめたことによって、抑えられてきた副作用が表面化しただけのことです。
薬の副作用が何故表面化してこなかったかという点について、お答えしましょう。 それは、薬の使用頻度の高さによって、構造変化、皮膚の構造変化が起きたことによって、薬の継続が引き起こす薬害として皮膚構造の変化が考えられるのです。 ステロイド剤は、炎症を強制的に抑えます。この働きが反対に、正常な皮膚の働きを損ない、構造を変化させてしまうのです。
正常な皮膚構造とは比べられない位、変質した皮膚構造は、細胞の一つ一つの内部における健康的に水分を蓄える保湿能力が無くなってしまい、結果として皮膚の状態を正常に保てずに、更なる症状に冒されやすくなってしまいます。
ステロイド剤が切れると、保水性に劣る構造に変質した皮膚が、自らを守ることが出来ず、炎症を再発し、またそれを抑える為にステロイド剤が必要とされます。
結果として、連鎖的に正常な働きが損なわれるのです。
ステロイド剤無しで、炎症をどう抑え、解決したらよいか?
それを、元極功法でどう補えるのか?
如何に元極功法といえど、闇雲にやるのではなく、その人の性質に合った功法を選ぶことが肝要です。
まず、肝臓の働きによって、損なった皮膚の機能を取り戻せることをお伝えします。
ステロイド剤を排出する機能を肝臓が担っています。皮膚表面から取り込まれた毒物の排出をも肝臓が担っているのです。
肝臓の排出する力が強くなれば、皮膚表面から取り込まれたステロイド剤の排出も可能になります。
それを手助けする功法は「清昇濁降・む」ならびに「炎色水香」です。これらの功法による高い排出力を養うことが速やかな回復をもたらします。
「清昇濁降・む」は、肝臓の排出機能だけではなく、無形という形で病因を排出します。勿論同時に、今まで使っていたステロイド剤をも排出します。
この功法を実施すると、ステロイド剤常用者のみならず、薬剤の多用者は「薬臭い」自分を自覚することになるでしょう。
ただ、「炎色水香」によって排出されるものには、制限がある為に、万全とは言えません。
個人に合わせた功法が必要となります。
今後は汚染物質の浄化が行われず、体内に溜まっていくばかりになるでしょう。
三元エネルギーを取り入れ、身体に悪い物を排出することの出来る功法、「日之本元極功法」が活躍する時代だと言えます。
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| 2010.01.08 【気功講義|病と功法】
無常(情)
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重い病で、現代医学でも助けられない者達は沢山います。 そして、とうてい助からぬもの(者)が、「ひのもと」の力によって、助けられることもあります。
けれども、それは、信じて疑わぬ心を持って懸命に努力する結果、与えられることです。
老化により寿命がついえる場合には、難しいです。 肉体という形有るものは、必ず失われるときが来ます。
正しい生き方をした意識(顕在意識、本性、魂など)は、この限りに非ず。
あるもの(者)の死によって周りの者は、世の中の無情を知り、無常を知ります。 命を失うべくもの(者)は、失います。 けれども、信じて日之本に縁を持てば、いとまごいに必要な時が与えられ、 さらに安らかな昇天となることでしょう。
これも、また無常(情)のなせる技です。
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| 2010.01.05 【気功講義|病と薬】
うつ病と薬
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先日(2009/12/26)、中日新聞に「うつ病 薬頼み 再考論」という記事がありました。 下に抜粋掲載いたします。
・・・・うつ病の患者数は・・・・1996年には43万3000人、99年には44万1000人とほぼ横ばいだったが、2002年には71万1000人、05年には92万4000人に急増。この10年間では2倍以上に増えている。
・・・・「なぜうつ病の人がふえたのか」の著書があるパナソニック健康保険組合の冨高辰一郎メンタルヘルス科部長、99年に日本で選択的セロトニン再取り組み阻害薬(SSRI)が抗うつ薬として発売されたことを重視する。「精神疾患の休職者数も99年ごろを境に急増した。この薬が導入されると、うつ病の患者や休職者数が爆発的に増える現象は、英米仏など欧米先進国でも共通して起きている」と指摘。
・・・・日本で発売されているSSRIは現在、「ルボックス」「パキシル」「デプロメール」「ジェイゾロフト」の4種。
・・・・「誤解だらけのうつ治療」などうつ病に関する著作が多いジャーナリストの上野玲氏は「セロトニンなどが不安定化して起きるという、うつ病の発病メカニズムは仮説に過ぎない。抗うつ薬が効かないとは言わないが、『万能薬』ではなく、薬さえ飲めば治るものではない」と指摘する。 更に「電子カルテに向かい、患者の顔も見ずに『薬を出しておきましょう』という医師もいる」と、投薬に偏りがちな現状を批判する。
・・・・沖縄協同病院の蟻塚亮二心療内科部長は回復の方向性について「うつ病の回復に対する見解は精神科医の間でも分かれるが、症状をゼロにするのではなく、発病時と同じストレス状況に置かれても、対処できる能力を身に付けることではないか」と指摘。
正に、元極功法は、ストレスに強くなる功法と言えると思います。むやみに薬ばかりに頼るのではなく、自らが強くなる道を選ぶべきなのではないでしょうか。
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2009.9.16~9.28 【気功講義|人体について】
歯列の矯正・歯の治療・顎関節症などについて―1~9
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babatanukiのブログ や、HIROHIROのブログに最近、顎関節症や歯について書かれていました。そこで、口腔内の治療について書いてみたいと思います。
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
まず、歯の治療は、必要最小限にしなければならないことをお伝えします。特に歯列矯正については、注意が必要です。
良い矯正と悪い矯正があります。
虫歯になって、欠けた歯を元に戻すことなどは、良い矯正ですが、もともと、歯がゆがんだ位置にあるのは、生える必要性があるからその位置に生えたのです。
歯の位置、歯の並びは、必要があって先天的な奇形によって歯が欠けてるとか、過剰に生えているので、そういう形状になったのです。過剰な歯だけを除いたり、欠損歯を埋める程度ならば、まだしも、欠損しているからといって歯列の全体をいじってはいけません。
歯列の矯正とは、できるかぎり最小限に、元あるところに、収めることを目的にして行われなければなりません。
歯というのは、根の結果の「は」です。「ね」が変わらないのに、「は」だけを変えてはいけません。
「ね」から「くき」、「くき」から「は」が出ている訳です。
その結果の「は」ですから、「ね」も「くき」も「みき」も、 健全になった結果、歯が動くのであれば、それは、良い矯正といえます。
からだの 土台が変わっていけば、歯がゆがんで「ね」から「ねこそぎ」変わっていった結果、歯並びが、悪くなる可能性もあります。もちろん、改善する場合もあります。つまりは、「は」は、人の身体の結果の「は」だということです。
「は」だけを治してはいけない。「は」だけを無理に治すと 「ね」が「くさる」ということになってしまいます。そもそも、それぞれに、さだめられた歯列のアーチがあります。そのアーチをほぼ変えない程度に、乱れている歯を治す行為は、まあかろうじて許され得る範囲でしょうけれど、それとて身体の他の箇所に大きな影響が出てくるでしょうから、しない方が賢明だと言えます。
それぞれの骨格の結果として、あたえられた、歯のアーチや高さを根底から変えてはいけないのです。異常なこと(一般的な異常を指しているのではありません)を治す程度の矯正に止めるべきで、根幹から治そうとするのは、矯正ではなく、改悪であるのです。
以上述べていることが、さっぱりお判りにならない方は、我慢して、次回もお読みになると少しずつその内容が明らかになります。
歯の はなし、歯は「は」に通じる
「は」のことは、人の歯の はなしは、そこに小さな「顕界」が示された「は」がた です。
その人、その人の「はがた」に、その人が生きていく「は」の顕界の小さな世界が映し出された結果の「は」の結果となっています。
「は」とは、人が現在生きている、この顕界のことを指します。
人は、有形な肉体と、無形な肉体、そしていくつかの意識の三重構造になっています。
有形な「歯形」は、無形な「はがた」と連動しているのです。
つまり一人一人の「はがた」「はならび」顎関節の構造などは、その人の人生そのものを顕しているのです。
ですから、それを 矯正してしまうことは、いかほどもの 人生への影響が かかわってきます。
もちろん、良い結果を生みだすことも 万に一つ、奇跡的に起こることもあるでしょうが、ほとんどのケースでは、「は」がた
を狂わせる結果となってしまいます。
その人が生きる、或いはこれから生きるであろう顕界のようすを、その人の「歯形」が決めているのだということを理解せねばなりません。
顕界で、生きる生き様を決めている「は」がた
を変えることによって、つまり、肉体全体に影響が及ぶのは、当たり前のことです。
「は」がたの、代表的な世の中で異常とされる症状は、「は」 の 乱喰い歯のような がたがたの歯を指すでしょう。その乱喰い歯というのは、その者が生きていく顕界のがたがたの波、困難、座を示しています。
それを乗り越えて生きていくことは、その者に課せられた人生の課題なのです。それを歯の形だけを矯正したところで、肉体上への問題が残るだけであって、課題は克服されるわけではありません。
そこの所を理解して治療に当たらなければ、人生そのものを総て「ふい」にしてしまいます。
は、歯、は、歯、は、 呵々大笑。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
その者に、課せられた「歯」の形は、今を生きる肉体にすぐさま 反映されるわけではありません。次に生きる意識に反映されていきます。
すぐ近くの、生きる期間だけを見ているのではありません。
その意識が、どう生きるのかは長い年月の積み重ねから、或いは、何回かの生き代わり、死に代わりを見て決められていくのです。
ですから、自分の生きる命を、最大限に輝かせて生きることだけを考えればいいのです。せっかくの、与えられた課題をむやみに 手を加えて、明らかに悪い方に 変えてはいけません。その困難さを、与えられた課題や試練を乗り越えてこそ、命を輝かせて生きられるのです。
肉体は、道具です。道具のために、精神を病んだとしても それを 克服していく努力をするべきであると云うことなんです。そのことが、全ての答えになります。
たとえ、受け口で、容姿が、みっともないとしてもそれは、その者に与えられた課題ですから、そのままの状態で克服していくように努力をしていくべきです。
本来、受け口というものは、この世の現代では、医者も異常と決めつける事が多いものですが、「異常」ではなく、単なる「遺伝」です。
受け口であっても、フィギアスケートの荒川静香さん、村主章枝さんのように、輝いて美しく生きている人達もいます。
遺伝的に受け口な者は、からだの骨格にも 大きな問題を抱えています。受け口のバランスが取れるような、背骨の状態になっています。
受け口の者は、背骨の突起が大きくなっています。下顎が前に出た分、背骨の突起が後ろに出て、バランスを取ろうとする骨格になっています。
受け口であるがゆえに、背骨の突起がおおきくなり、直立したときに、からだのバランスが取れるように自然に、仕組まれているのです。にもかかわらず、口だけを 治せば、身体全体のバランスは壊れてくることに、なってきます。
総ては、そういう、肉体としてのバランスを取った結果の「はならび」なわけですから、決して手を加えて、治してはならないのです。
虫歯をなおす、痛みを取るなどの 最小限の治療は 許されるところです。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
では、「親知らずを抜く」という行為はどうでしょうか?
「おやを しらぬ」という結果になります。
親知らずとは、与えられた名前です。
それを ぬくと おやを知らぬ事になります。
知らぬ。とは 関わりがうすい。というような意味です。
歯の並びが悪いのは遺伝ですが、遺伝だけではありません。「いと」(意図)=神の意志がそうさせているのですから、最近の子供たちは、歯の並びが悪いのです。歯の大きさが大きく、あごが小さい。その結果、顎関節症の発生が多くなっています。
顎関節症は、ものがかめない、かみ切れない、砕けない、消化できないという世の中の表れです。「は」の顕界の現れです。そのことをどう克服していくかが、その者に課せられた課題なのです。
医療をもってして、それをなおしても構いません。しかし、それでは、根本的にはなおりません。その者が、それ以上成長できないという結果を生み出します。
日之本元極功法では、それを修練することによって克服していくことが、その者に課せられた課題をクリアしていく力となります。
克服するために、何をすると良いのかと云うことが分かっていないし、修練をしないから、そのまま残っていく訳です。
現代人に、今起きている現象は、ものの消化をしきれず、吸収も出来ない状態です。それは、すべてが、その結果を生んでいます。
時代の背景を消化できず、生きることがうすくなっている。そのことが、今、象徴的におきています。
歯並びだけを 治してはいけません。
生き方も、考え方も、人生も、修練をして解決していくという努力をしなければ、何ひとつ解決しません。
現代の 子供達や若者には、加速度的にその症状が出ています。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
たとえば、女性の下肢の長さは、子育てが出来にくい体型(体系)を作っています。
足が、長いことで、骨盤や子宮底の角度が、代わっています。このことによって、子供が出来ない作れない結果となっています。そういうことによって、出産に拒否的な女性の身体に変貌しています。これが、時代の流れです。
男性は、生殖器の問題が多くなります、これらのことが、加速度を増して末期的な、世の中の変貌して行きます。今後、出生率は、ほとんど伸びることはないでしょう。
それでは、虫歯になったときと、事故で歯が折れたときだけ、治療をしても良いのか?
最小限の治療、痛みを抑える治療、不便を押さえる治療、それについては、ある程度認められることでしょう。
しかし、それさえも 欲張ってはいけません。形状を乱さないように整える。不便をなくす。その程度にするべきでしょう。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
「は」 と「いと」について
「は」は顕界をさします。そして、その者の口の中の歯をさします。
顕界、その者がいきる小さな空間と 歯とは、「いと」で 繋がれています。
また、自分の「は」と、自分の生き方を決める、無形の意識は、「意図」でつながれています。「いと」とは、神の意図とも言えます。
その「いと」が変わると はならびも 変わります。
「はならび」というのは、その人の生き方によって「いと」が、変わると、「は」の様子も変わってきます。それをむりやり 矯正によって、良い形にしてはいけません。
結果として、良い生き方をすれば、良い形や、並びになるのです。
もし、今現在、「は」ならびで 困っている者がいたとします。
そのものは、無理に矯正をしては、いけません。それは、「いと」が 狂うからです。「いと」は、違った方に、働き、結果的に その者を 苦しめることになります。
意図を働かせて、より良い生き方、人のために働く生き方をすると、「は」は拡がっていきます。
「は」は、顕界と通じています。
顕界での生き方を変えることで、「は」がかわります。
そうするためには、修練をして、まず、自分がよりよく生きることです。
人のためにはたらくという決意を持って、生きるならば、修練をするならば、歯並びが変わっていきます。
HIROHIROが良い例です。
自分の歯並びだけが、変わるのではありません。顕界との繋がりが変わっていきます。
顕界との繋がりが、変わることで、結果的に、自分の歯並びが変わります。
自分が、もっと、決意して人のために働くならば、「いと」が変わります。
「いと」が変わり、「は」が変わります。
自分と顕界との繋がりの「いと」が、また更に変わるという繰り返しが起きれば、歯並びが変わっていきます。
見た目が良いということも、ある程度ありますが、その者の健康に・体調に良いというところが、大きく変わってきます。
最も変化が大きく上向くのは、その者の人生です。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
それでは、具体的にどうすれば、歯並びや顎関節症が良くなるのでしょう。
まず、悪い状態で凝り固まってしまっている骨格、歯列、筋肉、靱帯、等々をゆるめて本来の機能を回復する位置に戻してあげることです。
ご注意申し上げますが、このことは「みてくれ」を綺麗に並べることとは違うのだと云うことです。
本来あるべき位置に戻してあげるのです。
それをしてくれるのが、世界でここにしかないMDor
CD、日之本元極の「ほきやわ」です。全身の骨格、関節、歯、骨の縫合等を緩め、元の位置に戻し、なおかつ弱くて支えきれない筋肉を言霊の力でリハビリし、鍛えます。
嘘だと思われるかも知れませんが、実際に聞き続けてみれば判ります。
でもこれだけでは、「みてくれ」も良くは出来ません。
日之本元極功法で毎日修錬をして、養徳に心懸けた生活をすることで、徐々に心と同じく綺麗な「は」となっていきます。
「は」は「歯」に通じます。
このことが理解できない人は、「歯」さえ綺麗に並べれば、治ると思ってしまうのです。
あなたの「は」並びは、あなたの修錬と養徳が治すのです。「は」が良くなれば、「歯」も綺麗になる道理なのです。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
「ほきやわ」の働き
「ほきやわ」のMDやCDを聞いたとき、それが身体にどう働くかというと、その者が持って生まれた「いと」がより鮮明に働くようになります。
そして、その「いと」が鮮明に働くようになると、その者の生きる目的がはっきりし始めます。そして、噛み合わせが、その「いと」によって、大きく変わり始めることになります。その結果、身体のゆがみがなくなり、「いと」を明確にするための操作が、身体の隅々で起こってきます。
噛み合わせが変わるように見えて、それは元にもどる。「いと」に従う。という変わり方ですから、何ら肉体的にも問題がありません。
日之本元極功法の真髄は、自らの役割に気がついて、役割を果たすための生き方をするというものですが、それが「本来の人としての生き方」であると、思っています。
ですから、「いと」が鮮明にはたらく「ほきやわ」は、口腔内の「歯」の変化と共に、その人の人生=「は」にとっても良い変化だということです。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
筋肉をも和らげる MD
筋肉を和らげるということは、
それ自体を和らげるということと、骨に着いている接着部分自体も含めて和らげるということも重要なことになります。
筋肉だけ、骨だけというような区切りを付けるよりも、筋肉と骨を主体にして、それに付随する物全体を和らげるようにすると、伸びやかな筋肉、伸びやかな骨の動きが可能になります。ですから、「ほきやわ」が、歯と歯茎のみに作用するのではなく、頭蓋骨全体に作用しますが、頭蓋骨が動いてくれば、背骨、仙骨などが動いてきます。
全身に作用する功法(MDでも方法でも、結果的には何でも良い)があるならば、全身に作用して「桶屋が儲かる」風に、結果的には歯が癒されることとなります。歯だけを見ていてはいけないわけです。
全身を調和させながら、歯列や顎関節に効果的な言霊を発すれば、その情報が生かされ、全身が変化し、結果として歯列や顎関節も良いほうに変化してくるのです。
繰り返し申し上げれば、
「歯」は「は」に通じ、その者の全身の調和、生き方に通じているのです。
実例は、こちら===>HIROHIROのブログ
この記述は、日之本元極で開催している「さとりの法」「説法-さとりののりしろ」「さとりののりあいぶね」シリーズを受講していないと理解できないかも知れません。
その講座の中で使われている独特な言葉が出てきていますから、詳しく知りたい方は、日之本元極「さとりシリーズ」受講をお薦めいたします。
(完) |
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2009.6.12 【気功講義|気功グッズのご紹介】
インフルエンザに効果的なマスクの使い方(1)~(3)
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この一月あまり、インフルエンザで大騒ぎ、世界中で泡喰ってたのか、パニクってました。
一般人が、これに対処するにはあまりにも無力です。
あっという間に店頭から姿を消してしまったマスクも、うつす側には効果的だが、予防には殆ど無力ということですから、人混みに行かない位しか予防法は見つかりません。
しかし、その予防には殆ど無力といわれるマスクに 、対ウィルス効果を持たせようという日之本元極ならではの対処法を、お知らせしちゃいましょう。
用意するのは、勿論「マスク」、それに加えて「天のまなみ」「海のまなみ」「カット綿」これだけです。
先ずマスクを顔の形に整形します。
市販の16X8cmのカット綿がちょうど良い大きさなのですが、それを写真のように 16X4cmの大きさに折ります。
事前に「天のまなみ」に、約1%位の「海のまなみ」を加え、生理食塩水程の濃さのエネルギー水を作っておき、スプレー容器に入れておきます。
それを先程のカット綿にスプレーし、垂れない程度に、なおかつ充分に湿らせます。
鼻の上に横方向に長く載せ、その上からマスクをします。通常は鼻の横上部から空気が漏れるのですが、そこに湿ったカット綿が入りますので、空気が漏れにくくなります。
マスクの中は、天のまなみ、海のまなみが蒸発し、大きなエネルギーの蒸気で満たされます。
湿度の高い所は、ただでさえもウィルスの居心地の悪い所です。そこに天のまなみの高エネルギーと、海のまなみの高浄化力が働く訳ですから、これさえあればあなたも今日からインフルエンザ・ウィルスからマスクされますく。
(つづく)
注)「天のまなみ」「海のまなみ」は、日之本元極で三元エネルギーを加えた、水と塩です。あくまで水と塩は媒体であって、大切なのは三元エネルギーです。
鼻に、天のまなみで濡らした綿花を当てて、マスクで密閉するとどうして効果的かを考察してみましょう。
呼吸の吸気のなかに、高い割合で天のまなみのエネルギーが、肺のなかに供給されます。それによって、供給されたエネルギーは、邪気を押し出し呼気によって排泄されて、また吸気でエネルギーが補われます。
呼気で吐き出された邪気は、主に「海のまなみ」の作用によって浄化されていきます。呼気によって肺に供給されたエネルギーは免疫力を向上させます。自然に行われる、この繰り返しによって、作用は全身に及びます。
きわめて、一時的ではありますが、能率の良い供給方法となります。
医療関係者なら、酸素テントを知っていますが、鼻にあてたぬれマスクは、エネルギーのテントのなかにいるようなものです。能率のよいエネルギーの供給となります。
インフルエンザのウイルスには一定の効果があります。湿度が高くなるので、ウイルスの侵入を防ぎ、増殖を抑える効果もあります。
供給された天・海のまなみのエネルギーの働きによって、身体から邪気の排泄を促そうとします。その働きによって、発汗作用が作動します。結果として邪気を排泄します。背中が広範囲に暖かくなるのは、発汗を促しているからです。
(完)
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2009.6.1 【気功講義|肉体と思想】
肺は何故五つに分かれているか?
― 膵臓などとの協調と働き(1)~(4)
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人間の肺は、右は三つに、左肺は二つに分かれています。どうして非対称なのでしょうか?
察するところあまりあるが如く、五つの場所は、別個に働いています。それぞれの働く役割が違っているのです。

肺が働きによって五葉に分かれている、このことを厳密に言えば、働きは七つに分かれているとしなければいけません。血管の存在する部分は、また別の存在なのです。動脈系と静脈系の二つです。
心臓から送り込まれた血液を肺に循環させて、酸素を供給する働きがあることは、明白な事実です。これに異存はないでしょう。
けれども、本来の肺の仕事はそれだけではなく、別の仕事も受け持っています。
他の臓器、例えば肝臓の補助的な役割もしています。汚れを肺から息で、排泄する機能です。これは肝臓の持つ解毒・排泄作用の代行です。肺そのもの全体が、受け持っていますが、特に右肺の上葉がその機能を受け持っています。
右肺の下葉が腎臓の機能を受け持っています。腎臓で排出できなかったような汚れを排出する働きです。
それらが存在するのであれば、大腸の役割をする肺もあります。左 の下葉です。併せ持って心臓との協調による主たる酸素交換の役割を受け持っています。
脾臓は左葉の上になります。
以上4カ所は代行作用がありました。これでは一つ、右肺の中葉があてはまりません。これは、どの臓器が該当するのでしょう?
実は、この右肺の中葉こそ、肺独自の役割をしています。肺は、酸素交換の役割を持ちますが、その主役を演じるのが、この右中葉となります。そして上述しましたように、五つに分かれた肺は、それぞれ他の臓器の代行作用をします。それぞれの臓器は、依存しあい、協調し合い、相互に働いているのです。
ここまで出てきていない忘れている臓器と言えば、膵臓ですが、その細胞の一つ一つが肺の中にも点々として存在しています。たとえば、インシュリンやグルカゴンを分泌する細胞も臓器全体に分布されています。

しかも肺だけではなく、他の臓器も同じような連動の仕方をしています。
日之本元極の教科書や講座の中で、度々言っている膵臓の機能、即ち全臓器のコンダクター役の意味がこのことからも分かります。
つまり、膵臓の働きがきわめて悪い場合でも、肺等他の臓器の中に存在する膵臓の細胞が目覚めて働くことが出来れば、血糖値が正常に保たれる可能性もあるのです。
これは、医学的には全く認められていない事柄です。
もし、あなたがた元極功法修練者が、臓器を摘出した方々と出会うことがあったら、各臓器を調和させてあげることで、ある程度の機能の回復が望めます。そうした方々にあきらめずに、修練をするように伝えてあげて下さい。
この膵臓が、臓器の中で主たる役割を果たしていることは、人類史上殆ど知られていません。しかし、中には直感的に気付いていた人もいました。
江戸蘭学者であった、杉田玄白、大槻玄沢の後継者である宇田川玄真こそ、その人です。今日本で使われている膵臓の「膵」という字を創ったのは、玄真です。
漢字は中国から渡ってきたと言われていますが、中国で使っている膵臓の「すい」の字は、「胰」です。身体を表す月偏に「夷」の字ですが、「外国 の訳の分からない」とか「不明の・・・」というような意味を持ちますから、中国では良くその働きをつかめていなかったのでしょう。
これに引き替え、玄真は月偏に「萃」を組み合わせました。この
「萃」の字は、「万物が集まる」とか「すべて」という意味を持ちます。
彼は、直感的に膵臓が臓器の総司令室であることを感じていたのだと思います。素晴らしい直感力ではありませんか。
この宇田川玄真は、「和蘭内景医範提大綱」などを刊行したり、百科事典の翻訳など大きな業績を上げていますが、残念なことに人格的な原因から、神にはなっていません。
蛇足ながら、随分前にどこかで述べたことがありますが、この時代に華岡青洲の弟子たる宮河順達という方が居ました。診断の的確な事、麻酔の技術、外科手術の技に長(た)けた医者で、神になっておられます。
(完)
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気功講義(36)
080404
正常眼圧性緑内障 |
近年、緑内障の罹患率が上がっています。特に正常眼圧性緑内障の比率がとても大きく変化してきています。失明にまで至ってしまい、医学的にはお手上げ状態のこの病気にどう対処したらよいのでしょうか?
まず、この病気について大まかに現状を新聞記事より把握してみましょう。
2008/03/16 朝日新聞(朝)医療記事より
緑内障
視神経が感知した光は、視神経乳頭で束になり、脳に通じる。眼圧によって視神経乳頭がへこみ、徐々に視神経が機能しなくなり、視野が欠けるのが緑内障だ。眼圧は毛様体で作られた房水が、排水溝である偶角(ぐうかく)へ流れて保たれる。偶角がふさがって眼圧が高くなる。「閉塞隅角緑内障」、偶角はふさがっていないが房水の流れが悪い「開放隅角緑内障」がある。
「正常眼圧緑内障」は房水が流れ眼圧も正常だが、視神経乳頭が圧迫を受ける。
しかし、40才過ぎたら要検査
緑内障はこれまで、眼圧が異常に高い為に視神経乳頭が圧迫されて起きる病気とされていた。
日本緑内障学会の調査によると、日本人の緑内障患者の約7割が眼圧は正常(10~21ミリ水銀柱)なのに発症していた。「正常眼圧緑内障」と呼ばれる。
原因は明らかでないが、眼圧に対する視神経乳頭の強さには個人差が大きく、正常範囲内であってもその人の視神経にとっては圧力が高すぎ、へこみが出来ると考えられている。
学会によると緑内障患者は40才以上の人の5%、約350万人いるとの試算があり、9割近い人が病気に気付かずにいる。家族に緑内障の患者がいる人や、強い近視の人は緑内障になる可能性が高く、特に注意して検査を受ける必要がある。 |
偶角から排水される眼房水は、正常に排水されるけれども、その中に含まれている邪気のような排泄物が、排泄されないために、眼房水の中にいわゆる汚れたモノが、溜まっている人がいます。
それは、眼圧が正常なのにもかかわらず、毛様体の機能をクリアにしていく全体の柔らかさが失われているために、新陳代謝がうまくいっていないわけです。
邪気がフィルターを詰まらせて、水分だけが排泄できるけれども、剥がれ落ちた細胞などが、上手く外に出されません。また邪気といわれる無形の悪いモノが滞積し、見た目の眼圧は正常でも、中の組織の堅さは増していくということがあります。その堅さが増すために、乳頭がへこむ条件ができます。
ですから眼圧のとらえ方が、現在の医学常識は現実とは全く違うわけです。
前述のように、眼圧が高くなりやすい人は、遺伝的に毛様体の中の組織が、新陳代謝していくそのメカニズムが悪くて、いつまでも古い組織が残存して、固くなってはがれるという特質があります。大きくなってはがれるために、眼房水の出口をふさいで、しまうことになります。元々の遺伝的な体質と言えば体質ですが、最近の光を見つめる頻度が高すぎるために、目の中の老化が進行しやすい条件がそろうために、発病しやすい傾向にはあります、
パソコン、携帯、テレビの普及にともなって、画面などの明るいモノを見続けるという作業が増えています。これらのことが邪気を含んだ眼房水の排泄を悪くさせ、眼球そのものが固くなる事は否めない事実です。
しかも、発達途上にある子供達から、そのことが起きているので、非常に視力の衰退は、問題視されるところです。
予防のためには、長時間見つめ続ける作業をしないことは、肝要です。
治療のためには、邪気を排水することを加速させて、眼球そのモノをエネルギーで満たして、柔らかくすらならば、進行を抑制できますし、治療もある程度可能です。
視野の回復はしない。緑内障は治らない。と、医学的には説明していますが、本当に回復は難しいのでしょうか???
乳頭の変形の度合いにも寄りますが、時間をかけて徐々に変質が確実になったモノについては、回復が難しいモノもあります。しかし、その変質の様子が、まだ可逆的に柔らかさを取り戻す可能性を残しているとすれば、ある程度の回復は見込めます。それは乳頭を押さえる、圧迫する条件が無くなるから、或いは変質する原因が無形で排出されるから、回復するのです。現代医学では、その条件を外すことができないので、回復が不可能な訳です。
なぜ、眼房水だけが出て、そこから不要な物が排出されないのかというと、フィルターが目詰まりをおこすからという簡単な理由です。分かり易く言えば、とくに剥がれ落ちる細胞の組織が硬くなっているので大きくなります。これによって、排出がされないということです。
また無形の邪気についても、それを押し出す力が不足していると言えるでしょう。無形の三元エネルギーや邪気を流す脈が存在します。そもそも、この脈が、新陳代謝で悪いモノを吐き出しているという考えは、医学的には考えられていません。
常に新陳代謝が行われて、無形有形に関わらず排泄がなされています。汚れは溶けて出る程度の汚れとして眼に見えない程度のモノとして、排泄されています。しかし、そのフィルターさえ通さないような、老化した大きな細胞の排泄ができなくなります。
前述の排出できないモノは、物と捕らえると難しいと思います。無形のモノと捕らえた方が、理解が早いでしょう。
邪気が無形のモノだとしたら、どうして排泄口からフイルタを通らずに詰まらせてしまうのでしょうか?
それは無形のモノではありますが、無形のものでも大きさはあります。強さ、大きさ、圧力、流れ、方向、粒子の細かさ、無形のモノにもそういう性質は、あるのです。
偶角にあるフィルターというのは、中の悪いモノを外には出すけれども、外からのモノは、中に入れないというような、形をしたフィルターです。その存在がなければ、排泄口ではなく、邪気が双方向に運ばれてしまいます。排泄する役割を果たすためにフィルターが設置されています。
眼圧というような圧力だけではなく、我々が感じているような気の強い圧力、流れ、邪気の圧力が、内部で強まるというようなことが内部で起きているのです。
われわれは、無形のモノをもっと大切に、しなければいけないと思っています。眼に見える物質だけではなく、物質を養っている気のエネルギーがあります。形を作っている気のエネルギーがあります。物質で形が作られているばかりではなく、その物質を形つくる気のエネルギーがそこに充満しています。
細胞が新陳代謝を繰り返すというのは、物質が剥がれ落ちて細胞そのものが新しくなるのです。
気の流れる脈は、眼底を中心として目の中に、存在します。
眼底の乳頭を中央に置くような形で、渦巻いています。右目の渦は、右回りに回り、真正面にみて、乳頭を中心にして右回りで回り、左は、同じように乳頭を中心にして、左回りに回ります。
左回りに回るのは、平面的な流れではありません。
眼球の球体の沿って、回っています。
エネルギーのめぐり方が、左右で違っています。
眼球の底から、エネルギーがめぐり、そこから前に出て行く形で、エネルギーが螺旋状に運ばれて、眼房水が偶角から物質的な水と出てくるのと同様、気の流れる脈を通じて、エネルギーも物質的な邪気も排泄されます。
そもそも、眼球のなかも、無形の気で覆われています。
眼球そのモノだけではなく、すべての骨、内臓、発達するもの、動くモノは、無形の気で内部からも、外側からも満たされています。その無形の気の働きは、細やかに細胞を保っていたり、高いエネルギーの水を持っていて洗い流す、つまり邪気を洗い流すような成分を持っていたり、それは様々な、解析されないようなエネルギーで満たされています。それらは、いまだに医学的な日の目を見ていません。
それらの気のエネルギーの不調和が起きると、物質的な不調和に発展していくわけです。
それらのことを物質的な不調和だけで、説明をしていこうとすると理論的な問題が起きてきます。問題の発生源は、眼に見えないところの三元エネルギーとその動きにあります。
三元エネルギーそのものも遺伝的な操作で組み替えられていきます。構造についても全く同じです。ムケイのエネルギーが身体を取り巻いて、操作して、働いている。そのことを理解しなければ、有形のモノだけで証明していこうとすると大きな間違いがおきます。いや、起こしています。
有形のもの、現在そのことだけで、説明をしようとすると帰って誤解や間違いや、歪曲が起きますから、気をつけたいところです。
細胞の一つ一つが三元のエネルギーで満たされて構成されています。その小さな細胞の一つ一つの三元エネルギーと、一個の物質、一個の臓器の集合体が、元音の働きを得て、一つの構造体として、任されます。もちろん、そのためには、三元エネルギーが欠かせません。物質が存在するには、三元エネルギーが関わっていることを理解しなくてはいけません。
眼に見えることだけで、理解しようとすることは土台無理なことなのです。そうすることが、誤りの根本原因になります。全ての事柄を有形のモノ、物質的なモノ、化学反応の現象的なものの結果で判断するところに、現代科学、医学の限定された結果が生まれています。
それは、真理のひとかけらです。
そのひとかけらのために、時間を使うべきではありません。それぞれの病気の回復のために、説明も必要なわけですが、それは無用なことに、今後はなってきます。
ひたすら光を失う時を待つだけでなく、日之本元極功法を実践することで、視力の改善を錬功という努力で自らもたらすべきです。 |
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2008.2.26 病気と気功
網膜色素変性症
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二つの大きな専門病院で「網膜色素変性症」と診断され、「一生治りません。経過観察しましょう。」と宣言された方(30代主婦)がいらっしゃいました。わずか一時間で、その症状がなくなった例です。
私も初めて聞く病名なので、ネットで調べてみました。
遺伝性きわめて強いと言われ、大きな確率で失明に至る難病です。現代医学的には原因も、治療法も殆ど判っておらず、対処法としてはサングラスの着用やビタミン剤の投与など気休めみたいなことをしながらの経過観察のみのようです。
通常知らない病気であろうとも、原因がわかっていて、治療法がある程度確立されていれば、
そ の病気に関する本を2,3秒パラパラとして、「瞬観速読法(さとりの法)」で情報を受け取れば、元極功法のある段階を超えていれば、対処は出来ます。しか
し今回医学的には全くお手上げ状態のようですからパラパラと受け取るべき情報もない訳です。
いくつかのホームページを見ている内に、この病気について下記の様に参考になったことがありました。
A.血圧が低い
B.手足が冷える。
C.胸脇苦満と言われる肋骨下端辺りの抵抗感
D.漢方により悪血を改善する薬剤の投与で進行が止まる。
E.上記薬剤と同時に八味丸も飲むことで効果が上がることがある。
実際お見えになった方のお話と観察、内視によって次の様な事が判りました。
1.この方も手足が冷える。
2.貧血である。
3.網膜色素変性症の他に白内障がある。医者の話では、年齢が若くても高確率で白内障を併発しているとのこと。
4.全身の筋肉に張りがない。
5.内視により横隔膜に違和感を感じる。ご本人は無感覚。
6.小さな子宮筋腫がある。
7.内視で肝臓と、腎臓に大きな違和感。本人は無自覚。
8.内視で耳に不快感。本人無自覚。
9.手の平が異常に黄色く、知人にいつも言われるとのこと。実際真っ黄色であった。
10.ものがハッキリ見えなくなってきて、医者の診断を4ヶ月前に受けたが、更に急に視力が落ち始めたので「失明」を恐れて日之本元極に来た。
これらを元にして更に内視を続け、原因を探っていきました。するとエネルギーはそこそこあるにも関わらず、肝臓、腎臓を始め内臓の多くが細胞の一つ一つがバラバラな感覚がして機能してよく働いていないようです。
それによって肝・腎の濾過作用が適切でなく、血液も体液も汚れ、全身のタンパク質が褐色の色素によって徐々に染められ変性してくるようです。ですから根本的な治療は、内臓の働きを本来のものに戻すことであって、視力だけの話ではない訳です。
(続く)
「網膜色素変性症」と診断され、「一生治りません。」と宣言された方が、わずか一時間で症状がなくなった例の続きです。
腎臓は、以下のような働きに関係があります。
い)排泄機能
ろ)生殖機能
は)耳に通じ、聴力を司る
に)骨、髄を司る
ほ)髪の毛
へ)暑い、寒いの感覚
と)脳
この病気で腎の機能が低下したため、
ろ)について―6
は)について―8
に)について―A、D、2、7
へ)について―B、1
に関係しています。
肝臓は、以下のような働きと関係しています。
ち)筋肉
り)血液の栄養補充
ぬ)解毒
る)目に通じ、視力を司る
この病気で肝の機能が低下したため、
ち)について―C、4、5
ぬ)について―D、9
る)について―3、10
に関係しています。
7 とEは、腎臓、肝臓の不調により多くの症状を誘発し、一番判り易いのが目の症状といえるのではないかと思われます。この二臓器の不調によって筋肉に本来濾 過排泄されるべきものが堆積し、機能が悪くなっているのでしょう。筋肉の中で一番感じやすいのが横隔膜であるといえます。横隔膜は筋肉でもあり、内臓でも あるから判り易いと思えますが、その他の臓器にある筋肉も同様に徐々に機能が落ちてくることが予想されます。
(続く)
「網膜色素変性症」と診断され、「一生治りません。」と宣言された方が、わずか一時間で症状がなくなった例の続きです。
腎臓は、以下のような働きに関係があります。
い)排泄機能
ろ)生殖機能
は)耳に通じ、聴力を司る
に)骨、髄を司る
ほ)髪の毛
へ)暑い、寒いの感覚
と)脳
この病気で腎の機能が低下したため、
ろ)について―6
は)について―8
に)について―A、D、2、7
へ)について―B、1
に関係しています。
肝臓は、以下のような働きと関係しています。
ち)筋肉
り)血液の栄養補充
ぬ)解毒
る)目に通じ、視力を司る
この病気で肝の機能が低下したため、
ち)について―C、4、5
ぬ)について―D、9
る)について―3、10
に関係しています。
7 とEは、腎臓、肝臓の不調により多くの症状を誘発し、一番判り易いのが目の症状といえるのではないかと思われます。この二臓器の不調によって筋肉に本来濾
過排泄されるべきものが堆積し、機能が悪くなっているのでしょう。筋肉の中で一番感じやすいのが横隔膜であるといえます。横隔膜は筋肉でもあり、内臓でも あるから判り易いと思えますが、その他の臓器にある筋肉も同様に徐々に機能が落ちてくることが予想されます。(続く)
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気功講義(28)
緑茶は脳梗塞や心筋梗塞の発生を防ぐか |
中日新聞 070505朝刊に
「緑茶は脳梗塞を防ぐ。一日5杯以上飲むものは、脳梗塞や心筋梗塞の発症が少ない傾向にある。」
という記事がありました。
脳梗塞や心筋梗塞は、血管が老化して起きる循環障害です。
その原因は、血管の問題と動脈硬化を起こしやすい食事の問題とがあります。食事で取り入れられる成分の中でも特に脂肪は、一定量を超えた場合、悪しき原因となります。
緑茶を飲む者達の食生活には、特徴があるのです。緑茶を飲む習慣のある者は、和食が中心で肉食が少ない傾向にあるでしょう。そういう食生活習慣の土壌の上に調査が行われていることも無視できない要素です。
緑茶があたかも効果が、あるというように結論づけるのは早急です。
しかし、緑茶には、ビタミンCやビタミンA、カロチンなど皮膚の抵抗性を保つような物質が、生きた形で保存される特徴があります。ですから、生きた形でビタミンが壊れることなく吸収されやすい形で、身体に取り込まれます。
特に食事の時に取られる飲食物は、身体が取り込みやすい体制を取りますから、食事と一緒に食べる飲み物の成分は効率よく摂取されることになります。
健康飲料という形で、大量の飲料を飲んでも、身体の体制が栄養分を吸収するには、充分でないこともあります。身体が水分を要求しているときには、優先的に水分を取り込みますが、食事の時以外には、吸収の度合いが変化して吸収を効率よくするという形態が取りにくいので、食事の時に摂取する飲み物である事は効果をより上げている一因です。 …
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(12)
五魔・六邪と七情・六欲 |
五魔、六邪、七情、六欲とはそれぞれ何か?という質問がよくあります。六邪と七情は、既に「階ひと」の教科書「病気とは何か」の中で述べられています。
「五魔」
末性を総称し、「魔」といいます。魔とは五魔のことで、酒魔・色魔・財魔・気魔・煙魔を言います。「道があれば魔がある」と古人は言い、養徳の邪魔となります。
「六邪」 (六淫または六邪)
六淫とは、風・寒・暑・湿・燥・火の6種類の外感病邪の総称です。元来、風・寒・暑・湿・燥・火は、「六気」と称され自然界の6種の異なった気象変化を指すものです。これらは、万物を育む働きを持ち通常人体には無害なものです。しかし、六気に異常(過剰や不足あるいは、時期に反しての出現)があった場合で人体の適応力をこえた時には、六気は発病因子となって疾病を引き起こします。人体側の抵抗力が落ちている場合も同様で、これらの状況では、六気は病因となって「六淫」または「六邪」と呼ばれます。
六気が邪気となる場合(六淫や六邪となる場合)とは、人が自然の流れに逆らった時、または自然の流れそのものが乱れた時なのです。天地の運行に素直に応じていれば、病にはならないというのが漢方の考え方です。
「七情」
人の精神活動で 喜・怒・憂・思・悲・恐・驚のことです。
七情とは、外界事物に対する情緒反応のことであり、通常は発病因子とはなり得ません。しかし、突然、強い精神的な刺激を受けたり、同じ精神的刺激を長期に受け続けたりして、生理的に調整可能な許容範囲を超えてしまうと、体内の陰陽、気血、臓腑の機能失調が引き起こされ、発病に至ります。
① 喜 心を損傷する=気が緩む
喜びは、気や意をなごやかにしたり伸びやかにします。しかし、喜びが過ぎると陽気を消耗させ、心気が緩み精神を集中できなくします。ひどくなると、失神や狂乱の意識異常が起きます。
② 怒 肝を損傷=気が上がる
怒りすぎると肝の排泄機能に異常が生じ逆上します。陰血が消耗すると肝火が盛んとなり、刺激に過敏になります。よって、陰が欠けて火の盛んな人は、すぐ怒りやすくなります。
③ 憂 肺を損傷=気はちぢむ
心が沈み鬱々として楽しまないことをいいます。憂がすぎると気は伸びることが出来ず肺が傷つけられます。ひいては、脾臓をも傷つけることにもなります。
④ 思 脾を損傷=気が固まる(結する)
意志の力で考えることを「思」と言います。もし、「思」が過度となれば、精神が影響されて錯乱することがあります。脾気を損傷すると運化が弱まり睆腹脹満、食欲不振などが現れます。
⑤ 悲 肺を損傷=気が消える
悲しみ過ぎると肺気が弱まり意気消沈するようになります。または、反対に内臓が病変を起こし、その後に「悲」の症状が生まれる場合もあります。
⑥ 恐 腎を損傷=気が下がる
恐れすぎると腎気が不固となり気が下にもれて便の失禁が起こります。多くは、外界の刺激によって起こりますが、反面腎気が欠けていたり、血気が不足していたり精神不安定の人がかかりやすい。
⑦ 驚 腎を損傷=気が乱れる
不意にある局面にぶつかり、精神的に極度の緊張が起こることを「驚」といいます。心気が乱され感情不安定な混乱状態となります。
しかし、上述の情緒は単一的に一つの臓器に影響を与えるのではありません。主に大きな影響が出るという意味です。
もとつきわみ臓腑図に示されるように体内の臓腑は単一に働いているものではなく、関連し合い、助け合って身体を支えています。臓腑の働きに単一ということはなく、常に連動しています。そして内臓は自律神経により即七情に反応するようにできています。
例えば「恐れ」という感情は主に「腎臓」に影響があると言われてきました。しかし、その影響は腎臓だけでなく、胆管、胃等にも大きく作用します。強い恐怖感が起きた場合、胆管はすぐに閉じられ、胃は消化を中止します。血液は消化活動に使われるのでなく、筋肉に供給され、ただちに動けるように働きます。これは一つの防衛反応と言うことができます。胃や胆のうは、あらゆる感情に反応しやすい臓器とも言えます。また痛みも出やすい臓器です。
階む入門講座等で紹介してきた体内の臓腑を司る神々が内視できる一部の特異功能者では、腎臓に居る黒い玄武が強度の恐怖によって白く変色するのが見えるでしょう。このことは「一夜にして白髪の老婆に…」というたとえはうそではない事を示しています。
上記教科書の記述に加え、膵臓について言えば、
⑧ 不安 膵臓を損傷=気が離れる
気が離れると考えがまとまらず、何事かの具体的な事柄が無いにも関わらず、涙が出たり、不安になって何も手が着かなかったりします。追われる様な感覚になったり、焦燥感に駆られ、不安に包まれ、せかされる感情にとらわれる様になります。
この焦り、漫然たる不安感は、思いの外、気持ちが落ち込むよりももっと大変で重篤な状態なのです。
「六欲」
仏家では人(顕在意識)の主観と客観との有機的結合によって慧心(けいしん)(心)を認識するとしています。主観は根(こん)と言い、六根のことで、眼・耳・鼻・舌・身・意を言います。客観は境(けい)と言い、六境で色・声・香・味・触・法のことです。六根と六境が対応して六識(しき)が生じます。
六識とは、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識のことで、六境を知覚します。仏家では、六識の発生と昇華が心を明らかにする過程でもあるとされていますが、元極功法では慧印を明鏡に嵌め、慧心を探します。慧心が明らかになれば、六識は自ずと顕れるのです。
人は、この物質自然界や社会の中で生活しているが故、目、耳、鼻、舌、身の感覚器官を自然界の陰陽と四時の変化及び色、香、味、声、触などを通じ客観の物質と接触して、有形有象の喜・怒・憂・思・悲・恐・驚の感情や思い・意識の主観生活を続けています。
このような客観の物質と主観生活が絶えずに運動・発展していって、精・気・神に常に有形(動)、無形(静)の摩擦、激突を与えて攪乱(かくらん)するため体内の三元を漸(ぜん)次(じ)に喪失させて、多より少になり、強から弱に変わり、ついに疾病を発生し、生命を縮める結果をもたらすのです。
つまり人の構成としての、魂、本性と心、潜在意識、顕在意識が十分その役割を果たし得ない状態で生活していくため、肉体としての有限生命が早々と死を迎えてしまうのです。ところが人類は、その原因をもっぱら有形有象の有限生命のみの研究に求めるばかりで根本的解決に至らないのです。
「五魔」「六欲」というのは、そういった有形有象の「欲の象徴」とも言えます。
「六欲」とは六根の欲情で、異性に対して生ずる六つの欲を言います。
色欲、形貌(けいぼう)欲、威儀姿態(いぎしたい)欲、人相欲、言語音声欲、細滑(さいかつ)欲のことです。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(10)
邪気、濁気、末性、体内の不要なモノ、悪いモノの排泄について
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身体の中より出てくる悪いモノは、無形のモノと有形の物に分けることが出来ます。
世間一般の固定化された常識では、有形の物のみを指していますが、ある程度修練を積んだ者には無形の悪いモノも見えたり感じたりすることが出来ます。
有形の物の排泄は、水性の物と気体の物と粘性の物とに分けることが出来ますが、それらでは、それぞれ排泄する経路が異なります。 形状に応じて、すみやかに身体の外に排泄することです。そのためには、形状に応じて、排泄する経路を変えるわけです。
修練をし始めると、よく涙、鼻水、汗、鼻血、咳と痰、下痢、頻回の小便、或いは極端に臭くて多い大小便、ゲップ、あくび、おなら、ふけ、吹き出物などが信じられないほどの量や回数出たりします。耳の中からや臍から水が出てくることもあります。これらは全て有形の排泄物です。
体内で水性のものは、血液のなかに戻して、腎臓や汗や排便とすることができます。また前述のいろいろな形で排泄もされます。水性の不要物は、比較的簡単に、排泄しやすいことになります。
気体のものは、ガスとして呼気として身体の外へ排泄が可能となります。これらが、ゲップ、あくび、おなら等です。毛孔竅穴からも排泄することが出来ます。これらも比較的容易に排出できるでしょう。
しかし、膿の形状を持ったものは、袋状の中に入っていることもあるので、より排泄することを困難にしています。
また通常の肉体の機能では、体内に溜まってしまって排泄不可能な重金属、薬剤、化学汚染物質、長年のタバコの害や、排気ガスなども複雑で、原因不明の病因となっています。
これらの「膿瘍」や「通常では排泄不能な毒物」を排泄するためには、「心身共鳴神法」に委ねることで解決できます。修錬者では、修錬の積み重ねと「貫頂・帯功」を継続的に受けることにより、経絡をより強く太くして、排泄することが可能になります。
また無形の邪気、濁気、末性の排泄に関しては、医学的には全く無力と言えます。 修練と他人に作用させる功法のみが、それを可能にします。特に末性と言われる精神的な悪癖、欲、ネガティブな性格の吐き出しについては、いろいろな功法とても難しいと言わざるを得ません。日之本元極の功力が評価されるところでもあります。
邪気・濁気の排泄は、それらの排泄経路がしっかりと出来ていないとなかなかスムースには事が運びません。ときどき上半身は細いのに、下半身が異常に太い人を見かけることがありますが、これらの症状の方のほとんどは、邪気の排泄がうまくいかない邪気太りです。邪気の排泄口である湧泉を大きく開けたり、そこに通じる経絡という気の流れる道(良い気も邪気・濁気も流すことが出来る)をしっかりと通してあげることが唯一の回復の道です。
そのためには「環排」や「めぐりみ・めぐりき」が非常に有効な手段となります。 |
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気功講義(9)
出毒素(デトックス)ダイエット
痩せた人はなぜ短命なのか(脂肪の働き) 2007.8.27 |
先日(2007年8月14日)トップモデルの山口小夜子さんが、急性肺炎で亡くなりました。まだ57歳という若さでした。太りすぎたメタボリックシンドロームの人はともかく、この人に象徴される様に痩せすぎた方々も、統計的にもハッキリと結果が出ていますが、短命だと言えます。
皮下脂肪が無くて、我々の概念でスマートだと言われるような体型の人は、外部からのいろいろな病原菌の侵入などに手薄になってしまいます。それは人間の細胞の特質として、もっと脂肪を蓄えなければいけないという力が働いて、脂肪が貯まっている状態よりも余力をそこに費やすことになり防御が手薄になるからです。一応、防御が完成して皮下脂肪がある程度貯まった状態が、人として一番健康に過ごせる状態です。
脂肪は、外部からの外敵を避けて、体温を充分に保つ役割をしています。皮膚の下の脂肪は身体を保護して、腹部の脂肪は内臓を保護して、外敵から身を守るような機構を兼ね備えています。その構造も体温を一定に保つような役割を果たすように創られています。寒いときが長い歴史は、脂肪に身体の保温の役割を与えました。保温しなければいけないにも関わらず、その脂肪細胞が、少ない状態になると身体の中では、体温を上げるために、身体のエネルギーが使われて消耗していくことになります。
そのために、身体のエネルギーそのものが使われるので、全身が萎えるように衰弱していくようなことが起きます。痩せている者達は、身体の保温効果の低下によって、無駄に体力を使い身体のエネルギーを膨大に浪費してしまうことから、さまざまな身体の抵抗力の低下に伴って、病気にかかりやすいということです。
つまりは、発ガン性が高まったり、感染に弱くなったり、外敵から身を守る機構が上手く働かないことが起きるわけです。更に様々な体力低下に伴うエネルギー不足が起こります。エネルギー不足は身体全体の老化を加速します。保温などのため、無駄にエネルギーを使う浪費の結果、老化現象と同じことが起こることになります。
それら細胞の多い少ないの情報を持ち得るのは、脂肪細胞そのものにそれを作用させる力があります。脂肪の細胞を増やしたい信号を出したり、もうこれでいっぱいだから増やさないとかです。互いに脂肪同士「増えたくない」「もっと増やそう」というような情報を出したり、受けたりしあっているのです。ですから、身体に良い生活をしているかぎり、身体の脂肪はほぼ一定に定まってくるのです。本人が、どのような体型を望もうとも身体にとって、一番良い状態は決まっています。
また、脂肪細胞は、危機的な状態を認識して、脂肪の細胞を増やそうと働きますが、信号を出しても出しても脂肪細胞が増えないので、あらゆる手段を使って、脂肪を増やそうとネットワーク機能を必死で使います。しかし、それでも増えない状態が創られると、相互に連絡を取り合っていた脂肪細胞や脂肪細胞を適度に保つ機構は、迷走したり、膠着(こうちやく)したりするのです。その一つは、甲状腺ホルモンの働きの低下です。身体の新陳代謝を押さえて、細胞の活性化を抑えます。働かない細胞は、相互に連絡を取り合うことを放棄して、孤立して協調しない細胞となり、身体の調和が乱れる結果となります。
エネルギーを浪費して老化が進行し、病気にもかかりやすい弊害のある、「痩せ」もまた、ダイエットの対象となりうる訳です。ここで言うダイエットとは、今では一般的な「痩せる」という間違った使い方の意味ではなく、本来の「健康のための食事コントロール」という意味です。
他所にも書きましたが、一般的なBMIで言うならば、22から24辺りのところが、健康的には理想の体型といえると思います。もちろん、身長だけの計算では、非常に不完全ではあります。胴の長さや足の長さにも関わってきます。人種によっても変わって来るでしょうし、筋肉のつき具合によっては、更に大きく変わります。
出毒素ダイエットは、脂肪の量が多い者も少なすぎる者も、人として健康で最適な脂肪量に近づけ、全身の調和を取るように働くMDです。
日之本元極 亀仙人 |
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気功講義(6)
気功と薬物依存について 2007.8.19 |
たばこにしてもアルコールにしても、物質が身体の中に入ることによって、喜びが満ちて、快感が充満します。快感が充満して、快感(伝達物質)ホルモン?が分泌される。その分泌された物質に刺激されて、この上なく「嬉しい」状態を感じるわけです。そういう状態を修錬で(気で)満たすことは可能です。
その快感を正常範囲の者達は、修錬で満たすことで済むのですが、過度なアルコールや抗鬱剤、覚醒剤などの薬物で破壊された脳には、それでは、不十分なので、「心身共鳴神法」が必要となります。これらの薬物の特徴的な作用として、一度侵されるとその薬物を止めても、一生その副作用が付きまとうという問題があります。「心身共鳴神法」は、その一生の問題への解決する為の回答と可能性を持っています。
覚醒剤について
外見上は認識されない程度の破壊、快感のみが刺激されてしまう覚醒剤などの使用については、二足のわらじが必要です。つまりは、修錬と心身共鳴神法の併用が相応(ふさわ)しいと思います。覚醒剤の使用の場合には、本人が望むと望まざるに関わらず、定期的に快感の反応が本人を襲うことがあります。その時に修錬を自ら出来る者の中には、乗り越えられる可能性もありますが、その程度によっては、狂乱するばかりで、修錬だけでは難しい例も中には出てくるでしょう。
その、使用した期間、、量、深さ、年齢、によって、それらは変わります。
とくに、若年齢で使用した場合には、その後遺症の深さは深刻になります。苦しみと喜びが同居しているときほど、人の感情は大きく揺れ動いて「快感」に感じるものです。
覚醒剤と云う薬物は、まさに、そのことが特徴的に実現している薬?です。
身体の苦痛や感情的な苦痛はあるものの、その高揚したきらきらと輝くような幸福感が同時に表れます。苦痛と幸福感が同居している感覚にとらわれたときに、その快感が非常に強く身体に残されるわけです。どちらにしても揺れが大きかったときの方が、身体に強く印象が残ります。そして、それが忘れられないという結果になります。
ですから、非常に幸福感を感じたときに皮肉にも、その場面(薬物の依存状態)を脳が思い出すわけです。それは、非常に不幸なことです。立ち直ろうとして、頑張って幸福感に満ちたときほど、覚醒剤によってもたらされた幸福感を思い出すわけですから、立ち直ろうとする者にとって険しい道になるのです。覚醒剤による薬害とはそういう特性をもちます。
鬱病の薬は覚醒剤と同じか?
ついひと月前くらい(2007年8月時点)のことだったでしょうか?大量の薬剤をビニール袋に入れて所有している人が、簡易検査によってその薬剤から覚醒剤反応が出たため逮捕されました。後に抗鬱剤であったことが確認されて釈放されたそうです。
鬱病の薬は、鎮静した気持ちや、陰鬱で不活発になった脳の細胞に対して、もっと、元気にもっと活発に働くように、働きかけるのです。もっと、興奮するように働きかけています。昔の技術では、それが不可能でした。まったく、違う効能をもたらしていました。しかし、現在の新しい「よく効く薬」というのは、程度の差こそありますが、結果的にはまったく覚醒剤と同じ働きをしています。気持ちが鬱病の薬で気持ちが高揚して治ったかのように感じますが、それは、依存を助長していることに他なりません。表向きに治った感じが起きても、薬が手放せない状態が起きます。成人してからの服用に関しては、ある程度、感受性が鈍いので、それほど深刻ではありません。しかし、脳細胞が確立していない、若年層の鬱剤の使用は、衝撃的なダメージを受けています。
更に問題なのは、欝病の薬の主作用は、気持ちの高揚ではなく、「混沌」だということです。第一の主作用は、混沌とした状態になって、今の悩みを忘れるということです。そして、二次的作用として、「気持ちの高揚」があるのです。
欝病の薬がどれほど問題が多く、状態を回復するのではなく、薬の依存性が高めるモノであることかということに注目をして下さい。
治りたい意志を持って修錬をしている者は、「心身共鳴神法」が有効です。薬の認識が間違っていて、服用しているのですから、さらに修錬をすれば相乗効果が望めます。これらの者達が薬の異常さに気がついて、その状況から抜け出そうとすることが出来るかどうかは、自己の判断に委ねられます。
シンナーと覚醒剤の脳への作用は、全く正反対であるのです。
シンナーは、現状の認識が出来なくなるほど意識が朦朧(もうろう)とします。覚醒剤は異常なほどの活動性と幸福感が得られることになります。しかし「幸福感」という感覚と云う意味では、全く同じことです。原因も作用も全く異なる薬物が、幸福感で一致して常用したくなる依存性を育てるとこは皮肉なことでです。
結果は、脳細胞にとっては、同じ幸福感という記憶を持たせてしまうわけです。より広範囲に破壊的なのは、シンナーのほうです。破壊しやすい傾向を持つのは手軽に手に入るシンナーだということになります。一つ一つのの脳細胞のダメージは覚醒剤の方が大きいのですが、シンナーの方が広範囲にダメージを受けることになります。
覚醒剤の使用と身体への影響
覚醒剤の使用で、身体の各部で、変形が起きることがあります。覚醒剤の使用で、広い意味での脳の攪乱状態が起きます。その結果として身体の細胞の異常な反応が起きます。皮膚や爪であったり、細胞の異常な再生や死滅であったりします。
脳の攪乱状態が、例え一時であっても、その作用は、脳細胞が覚えています。脳細胞は、異常な状態に依存してやめることが出来ず、脳が欲することになるわけです。そこの欲求を満たすがごとく何かで埋めることが出来れば、強く希求する欲求が満たされるわけですから、気(元気)や情報(元音)などでそれらを満たすことが可能な、日之本元極の功法が活かされることになります。
脳細胞は、通常では再生されることはありません。いつまでたっても、その細胞が経験を記憶しているわけです。その記憶は、本人が求めている覚醒剤やドラッグなどの変わりに、気で満たされて、そこに充満しますから、その修錬をしている者達は、「気」で満たされることによって薬剤同様に満足感が充満しますから、再発が防げるわけです。
しかし自分で修錬をしない者については、その希求する欲求を断ち切ることが難しい訳です。フラッシュバックが来たときにどう対応するかというのは、難しいことではあります。もちろん、気を紛らわせるための飲酒では更に増悪します。脳生理学的な考え方で言うと、脳細胞は過去の強烈な体験を記憶していて、それを忘れません。
鮮明なる記憶を覚えていて、忘れないのと同じです。ですが、フラッシュバックから立ち直れる人々は、確かな理性を働かせて立ち直ることが出来るのです。感情のままに行動するのではなく、強固に理性を働かせることで感情を抑えることが出来る人が、立ち直れるのです。
これは、どの分野においても同じです。感情を抑え、より強い理性を働かせることで、煩悩から逃れることが出来るというのは、より良く生きることの基本です。
この場合に以下の2点について考えられます。
1 脳の生理学的な問題を修錬によって解決する方法。
2 理性をきちんと育てて、感情の要求を乗り越えることが出来るという方法
その他には、「心身共鳴神法」によって脳細胞に働きかけ、他の脳細胞が代行して働くような作用をさせて、回復を図ることができると思います。
修錬をするというのは、2つの役割をすることになります。
① 気で満たして、脳に満足感を与えること。
② 理性を育てて、欲求を抑え込む役割をすること
つまり薬物依存について(3)にあった前項1の修錬をすることによって、1項、2項とも満たされて改善することになります。
しかし、ここで一番大切なことは、脳細胞が「受け取ろうと」能動的に働くことです。自らの意志ではなく受け身で与えられるならば、いつまで経っても、だめだということです。依存的にあたえられる状況をただただ、受け身で受けているだけでは、身体は変化してきますので、健康の回復には役立ちますが、脳の回復には役立たないのです。
それは、脳の防衛的で保守的、封建的な構造にあります。恒常性を保とうとする脳の性質があります。同じことを受け継いで繰り返して、子孫に引き継いでいく保守性は、生き延びるためには、極めて重要な性質です。新しいモノは受け取らない保守的な構造は、こうして長年守られてきたわけです。
ですから、本人が、「変わること」「変化すること」をしっかり自覚して強く意識したり、願いを持つとことが、脳の変身のためには重要なのです。能動的な姿勢を本人が持たない限り、変身は難しいわけです。
修錬の目的が、健康回復のみに向けられているときには、感情や脳の感性が変えられるかという点については、難しいこともあるのです。その保守性こそは、脳の構造上で非常に大切にしていることだからです。
しかし、そこで、神鳳の神をはじめとする、体内の45神の神が目覚める「長寿長生法」を受ければ、また事情が変わりますし、さらに「搬音修錬法」などの功法を受けるならば、本人の感情そのものが変化していく可能性があります。しかし、この場合でも、顕在意識が要求しない限りは、難しくなります。
「心身共鳴神法」とその感情のコントロールという点については、顕在意識が形成している人となりをどうするかという、人の根源に関わることになります。「心身共鳴神法」がどの程度効果があるのかという点についても関係があります。
その人の人格、尊厳に関わることを、他のモノ(者だけではない)が影響を与えるというのは、不可能なことです。その人がそれを望んでいるのでなければ、変えることが出来ません。
ところが、薬害によって、コントロール不可能な状態に落ちいっているとき、その場合には、「心身共鳴神法」の効果がでます。ですから、完全なアルコール依存症やニコチン依存などは、「やめようという意志を持っているにもかかわらず、薬物の影響によってやめれない」場合は「心身共鳴神法」の適応となるのです。
自分が欲して、そこから抜け出せない者は、適応の外です。 |
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48)病気と気功
「クローン病は脳に原因があって
消化器官に症状が出る病気」 という仮説
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平成19年 4月22日の朝日新聞に「クローン病」の記事がありました。
それを読んで前職の養護教諭をしていた時の仲間である高校の養護教諭の話を思い出していました。
複数の進学高校の養護教諭は、この病気で苦しんでいる生徒が何人もいるので、この病気のことをよく知っていました。ところが、農業の実践を主に体験させている高校では、この病気は非常に珍しい病気で
「そういう病気の生徒には出会ったことがない」と言うのです。
職場の同僚にも「クローン病」の方がみえました。
とても優秀でした。パソコンに精通して仕事も効率的でした。
「時々身体を動かす作業をして、頭を休めることが病気と上手くつきあう方法です。」と言っては、掃除や修理など頭をあまり使わず、淡々と処理するような仕事を黙々としてくださる姿に頭がさがりました。
しかし、仕事が忙しくなると病気が再発して「入院」ということになるので、周囲は「心の病」と感じていました。
新聞記事を読みながら私が「この病気の方は、ほとんど例外なく優秀です。」という話をしましたら、
「大脳の新皮質と古い皮質の関係に問題のある病気ではないだろうか?」と増田先生が推論されて言われました。
更に深く病気の方を遠隔で感じたりして検討を進めた結果、次のように病気の原因が浮き上がってきました。
「原因は脳にあり、症状は消化器に出る。」というやっかいな病気
①命にすぐに直結するような心肺機能や自律神経等の機能のコントロールは、延髄などの脳の原始的な部分が受け持っています。
②次に重要ではあるけれども命を保つのに時間的に余裕のある胃、腸などの機能は古い皮質から信号が出て機能を維持しているようです。そして大脳の新皮質が優位に働くときには、古い皮質が支配する身体活動は抑制されるという生態反応の相互関係があります。つまり前頭葉を活発に働かせたりすると、消化機能を低下させて消化器官に血液を回すことなく、大脳の働きを優先させるように制御されているようです。
③この病気の方々には、この新皮質と古い皮質との間に、薄い膜のような存在を感じます。この膜が、新皮質と古い皮質の間で、一種の化学反応を起こし、新皮質から古い皮質へと送られる信号の電位差を増幅するようなことが起こって、前頭葉が働くと(つまり知的作用が頻繁に、或いは継続して起こった場合)消化器官に長期の血液循環不全を起こすのではないかと思われます。新皮質の刺激を何倍にも「増幅する働きをする繊維のような膜のようなもの」があるために、精神活動をすればするほど食欲に関わるような内臓が動かなくなるのではないでしょうか。
④原因は脳にあり、症状は消化器に出る。というやっかいな病気のようです。
・血管が収縮して血流れの不全状態が起き、内臓の組織自体にも悪影響が出てくる。
・血液やリンパの流れや腸そのものの蠕動運動などの全体が滞るので、新陳代謝が上手く進まず汚れがたまりやすくなり老化が進む。その結果、皮膚が老化するかのごとく腸の細胞も硬化して石積みのような荒くて硬く変質する。
・組織を刺激するような老廃物が排泄されないので、炎症が繰り返される。
・憂鬱な感情や迷いは、胃の蠕動運動などの働きを制限するけれども、この病気の場合は大脳を活 性化して使う活動で悪化する。つまり健全で知的な精神活動や思考する作業で悪化するのではないか。
・好発年齢が青年期であることは、知的な精神活動が増えることと関連しているのではないか
とうようなことが推測されます。
それでは一体どうすれば良いか?三つのことを解決する必要があります。
①膜を取り去り、刺激の増幅作用を起こさせなくする。
外科手術ではほぼ不可能でしょう。可能な方法は、元極功法による元音(情報)の作用で、消失 させることしかないと思われます。
②既に出来上がっている、信号を強調して送るような回路を本来の機能に戻す。
③症状として出ている消化器の状態を改善していく。
この3つのことを並行して進めていかなければ、完治は不可能でしょう。悲しいかな、これらのことは、三つのどれもが現代医療では不可能なことばかりです。
やってみなければ判りませんが、日之本元極功法の「心身共鳴神法」という、継続して気を長期間送り続ける功法を受けながら、本人の気功修練の組み合わせで改善の希望はあるのではないかと思われます。
気功教室をしていて、難病の方に出会う時がありますが、その方々の身体を感じてみると「繊維」に出会うことがよくあるのです。私は、看護婦や保健婦を経験して学校の養護教諭をしていましたから、医学の専門的な知識はあります。
それらの医学知識が全く役立たない身体の不思議な事実に出会うことが数多くあります。
私の生き甲斐と喜びは、原因の分からない病気や医学では治すことが出来ない症状が、気功の修錬によって回復していく事実を目の当たりにすることが出来ることです。
日之本元極は、自分で修錬して身体を治すことを目的にしています。教室では、その修錬の方法を入門講座で教えています。私たちの活動を知っていただいて、病気を改善していくための道のりを共に歩くことが出来れば幸いです。 |
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