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亀仙人|潜在能力と気功・功法
潜在能力でここまでわかる

潜在能力と気功・功法

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気功教室
(気功スクール)

日之本元極 
新宮支部


〒506−0035
岐阜県高山市
新宮町1969−2

気功教室 日之本元極

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人の体や意識の仕組み(気・血・心)や働きなどから
心と身体を癒す気功法を明らかにしていきます。

41 「こやわ」MD・CDの販売について
40 訣の力 100228
39 「階ふた」以上の修練で
「陰陽が逆転する」ことの意味―1
〜6
100308
38 先天呼吸法「胎息」 100217
37

純米吟醸酒・無濾過生原酒「亀寿」超限定

091224
36 超簡単、日之本元極の指気功 (1)〜(17 ) 091230
35 LED電球・蛍光灯ボール・白熱電球、
  照明はどれがよいか?―1・2
091123
34 識眼功 091115
33 もとつきわみ図入り珠―1・2 091031
32 恐山にて 巫女と繋がる力―1〜4 091028
31 大分・宇佐神宮祓い所 091024
30 紀伊半島に田辺市があります。
  (護摩壇山へ行きなさい)―1〜4
091023
29

タスク(職務=自らの役割)を果たせ

091022
28 日之本元極の教科書 091002
27 拈華微笑(ねんげみしょう)―1〜7 追陳(ついちん) 090928
26 日之本元極の源流(1)〜(10) 091021
25

緑の便が出る訳

090807
24

皆既日食と天目(1)〜(5)

090723
23 高山「階ふた」講座を終えて 090722
22 滝原宮・滝原竝宮 090712
21

伝訣、画訣、観訣(1)・(2)

090624
20 「炎色水香(えんしきすいか)」 功法について 090620
19 元極功法の分類 090617
18

大きな節目−応神天皇、スサナルの大神(1)・(2)

090612
17 帯功中、何故目を開けてはいけないのか(1)(2) 090607
16 「階ふた」講座を新規開催するにあたって 1〜3 090522
15 「開三門毛孔竅穴」をする意味 090512
14 「開三門毛孔竅穴」の功力アップについて 090427
13 宝珠杵(ほうじゅしょ)1〜4 
空海 弘法大師 宮城女川講座
090331
12 神社と日之本元極 090317
11 金剛杵=独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。  1〜5
四国霊場40番「観自在寺」 弘法大師・空海
090221
10 毛孔竅穴とは何か? 081010
9 功法と修練段階 080720
8 伝統の功法を受け入れるということ(内景図の訂正) 080327
7 「冬至特別講座」階ふたの受講者に渡す力 071212
6 「せっぽう−さとりののりしろ」について 071127
5 膝の関節、X脚、O脚の矯正への「清昇濁降」の効果 071121
4 「日之本さとりの法」と「搬音修練法」の違い 071106
3 元極の秘法意念鍼(いねんばり)
        元極の秘法−点竅通経秘薬法
071023
2 高級(恒久)クラスの受講条件について 070825
1 「階ひと」高級(恒久)クラスとは 070820

2010.03.06   【気功講義|日之本元極功法】

「こやわ」MD・CDの販売について

随分前から「やわ」シリーズというMDや録音テープをご案内していましたが、ここ数年お蔵入りさせていました。

その理由は効力的なものではなく、聞く人たちが「聞く」ことだけに依存してしまって、自ら治すという意識をなかなか持つことができないからでした。
日之本元極の基本的な考え方として「治してもらうのではなく、自分で治す。」があります。
良くなるお手伝いはするが、自分で治す気持ちを持っていない方は、完治することが難しいのです。
よって、依頼心を安易に助長しないようにお蔵入りさせていたのです。

しかし、昨今精神的な症状で苦しんでいらっしゃる方々が増え、日之本にも多くの方々がそれぞれの悩みを持って、お見えになってきました。

そこで、精神的な疾病、症状に効果的な「こやわ」(旧名称:ころやわらぎますよ!)を大幅にバージョンアップさせ、再登場させます。
MDとCDがありますので、どちらかをお選びください。

あらゆる精神的な症状に改善がみられるでしょう。
また、別段問題のない方や、修練者においてもこの「こやわ」を聞き続けると、心穏やかになり、仕事や修練効果が上げられることが期待できます。
詳しい説明は、次回にでも・・・・・・

詳しくは→こころやわらげる

中国蓮花山・長生路

$超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイキック写真-日之本元極 気功 中国 蓮花山
2010.02.28   【気功講義|日之本元極功法】

訣の力

本日(2010年2月25日)より、訣の力が大幅に上昇しています。

日之本元極の修練者が、どの「功訣」であっても唱えることで、その功力(効力)が大幅に向上しています。
よって功法による成果が著しく上がったといえます。竅穴をつくる力も大きくなり、期間こそ変わりはないものの、その一つ一つの竅穴の力が尋常ではなく強力になります。
病気の者は、今までより早く癒されるということがおきます。

響きによって、その修練効果がもたらされる功法です。響きによって修練効果がもたらされる特徴のある功法ですから、訣の力が大きくなれば、著しく修練効果がもたらされます。
昨日行った功法と同じものを、同じ訣で同じように念じ、今日してご覧なさい。
大きな変化を感じられることでしょう。

日之本元極の功訣すべてが、本日より変わっているのです。唱える12字真言や念訣の響きの成果が顕わになります。
修練効果、修練効率は、目に見えて上がり、信じて疑わずに徳と功を積み重ねることが出来る者であれば、上達のスピードは、はるかに向上します。

そのために、好転反応が出てくる者もいますが、それは信じて疑わぬ気持ちで乗り越えなければいけません。 なんでもかんでも好転反応とは言えませんが、「好転反応」である可能性が、大きくなることをお伝えしておきます。

これらのことを乗り越えて、信じる気持ちの延長線上に 修練が存在すれば、念訣の力が向上して、効果、功力がもたらされます。



蓮花山・啓明宮

$超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイキック写真-日之本元極 気功 中国 蓮花山
2010.02.25〜03.05   【気功講義|日之本元極功法

「階ふた」以上の修練で「陰陽が逆転する」ことの意味―1〜6

高山の日之本元極にいらっしゃった方は、気づかれると思いますが、そこに貼ってある「もとつきわみ図」には、二種類あります。
図に向かって右側が赤の物と、左側が赤の物です。あたかも裏返しにしたような二枚です。
前者が「陽のもとつきわみ図」と呼ばれ、後者は「陰のもとつきわみ図」と言います。

全般的に「陽のもとつきわみ図」を使用しますが、「階ふた」以上の修練者が錬功するときは、「陰のもとつきわみ図」を使用します。

では、「階ふた」、「階み」の修錬などでは、この逆転した「もとつきわみ図」を使用するのでしょうか?それは次回お話ししましょう。

蓮花山・接龍臺
$超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイキック写真-蓮花山 元極 気功  日之本


「階ふた」以上の修錬をすると、その修錬時間中のみ体内の陰陽が逆転します。

それでは、その時陰陽がどう逆転するのか。
陽と陰は、極まって普遍(ふへん)となります。

修練のときと修練以外の時では、変わってきます。
修練をしているときは、陰陽が逆転していますが、修練を終えると元のもとつきわみ図の陰陽の状態に変わります。

「階ふた」と意念すると、その時に、陰陽は逆転して根本の所から変わります。
根本が変わるといっても、中央の中脈は残ります。中脈は後から発展、発見されたモノだからです。

上下の陰陽も変わるのでしょうか?
その通り、修練をするときに、天地は逆転します。すなわち、天が地となり、地が陽となります。

それは、人が生物として誕生した頃の地球に逆もどりするのです。
細胞の根本から元気になって蘇って行く功法となります。



陽のもとつきわみ図
超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイキック写真-日之本元極 気功 シンボル

陰のもとつきわみ図
超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイキック写真-日之本元極 気功 シンボル



先回、「階ふた」以上の修錬をすると、その修錬時間中のみ体内の陰陽が逆転するということを申し上げました。それが何だ、と言われればそれまでですが、そうすることによって次のようなメリットが生まれてきます。

根源的な原理は、臥眉山の金頂の神よりお教えいただきました。

私は象徴として、山頂に存在しています。
象徴としての脳の存在です。トップの存在は、回転をしても逆転はしません。
逆転をする、回転をする、
そのことによって、陰であるものが陽に、陽であるものが陰に、変化する一瞬を迎えると、陰と陽の調和が、極めて簡単に、まさしく素早い状態で確実に変換するわけです。

これによって、陰と陽の逆転現象が起きたとき、身体の中の陰陽の調和が素早く図られます。
功法の修練をしているときにだけ陰陽の逆転が起こって、修練を終了すると、逆転がもとに戻ります。



蓮花山接龍臺
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先回述べました根源的な原理を使って、我が師、張志先生は、次のように功法へと応用されたのです。

功法によって陰陽の逆転することが、修練を重ねることによって可能になってきます。それによって、自分の意志とは関係なく、陰陽が逆転してしまったときに、瞬時に元に戻して調和させることが出来るわけです。
精神分裂病や自閉症などの陰陽の逆転現象が起きやすい者達が、この功法をすることによって、それらが、自分で調和回復させることが出来ます。

陽と陰は、備わったものです。陰ばかりの所に行ったり、陽ばかりの所に行ったりということは、日常的に起きることです。この時に、身体が受け取る陰陽のエネルギーを身体が自動的に調整できるならば、身体の意識とは全く別に、身体の陰陽は乱れることなく調整できる訳です。

蓮花山・苦盡亭
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前回述べたような、ある程度調整の機能が備わった脳を持っている人もいれば、陰陽の調整が出来ないひ弱な脳を持った人もいます。また、それまでの生活環境において、極端に傾いた者の場合には、調整が出来ないために発狂、パニック発作の状態がおこります。

激高する、パニックを起こす、陰陽の逆転現象の許容量が少なくて、耐えられず起こすのです。その 抑制力もその者に備わった力です。

「はらがたつ」という怒りの感情は陽の気です。その陽の気を蓄積していくと、許容量の少ない脳を持った人は、身体を防衛するために、突然パニックを起こすようなこともあります。
陽の気を爆発させて、逆転しやすいのは、女性では月経の関係もあります。月経前のホルモンバランスが悪いときに起こりやすいのです。男性でいうと胃腸の問題が原因することがあります。胃腸の問題が脳に届き、脳の問題が胃腸に返されてという循環がおこります。

暴飲暴食でストレスをためてパニックになるということもあります。それらの原因は小さな事である場合が多いものです。



中国・蓮花山
$超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイキック写真-日之本元極 気功 中国 蓮花山



身体がパニックを起こさないようにするための、良い方法があります。

それは、陰陽の逆転を起こす前に、その許容量を拡大しておくことです。陰陽が逆さまになっても許容しておく脳の働き、許容しておく身体の働きを供えておけば、それは発作までの時間が十分に与えられます。鍛えられて、よほどのことがない限り逆転発作が起きないのです。

「階ひと」の修練を続ければ、その許容量が増え、そのことが実現します。
耐え難いことが起きると逆転することもありますが、それは、修練の賜で、修練をした者が得られる到達点です。

徐々に力を付けていくことです。修練を続ける、貫頂を受ける、そうしたことの繰り返しで、変化は確実に起きてきます。

その先に「階ふた」の修練があります。許容量が増えるのみでなく、瞬時に陰陽を逆転し、調和をはかることが可能になる力が備わります。

しかれども、ここまで到達するのは、容易ではありません。
根気よく修練を一生涯お続けになることをお願いいたしておきます。


萬宝海と通天橋
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2010.02.17   【気功講義|呼吸法】

先天呼吸法・胎息

生まれる前、胎内では、先天呼吸をしていた。

この呼吸法は、十二字真言を黙念しながら全身の毛孔竅穴で呼吸するという意識を持って、呼吸するだけで自然に先天呼吸つまり胎息へと呼吸法が戻っていく簡単な修練方法です。出来るだけ意識的に呼吸することも必要ですが、途中で寝てしまって録音を聞きながら寝ているだけでも十分効果があります。 $気功教室 日之本元極 三元エネルギーのスピリチュアルな世界へ-先天呼吸法 胎息

そもそも人の呼吸とは、口や鼻から空気を取り入れるのみの機能ではありません。「口と鼻が全身の毛孔をコントロールして、天地の先天三元エネルギーをその毛孔より取り入れる」ことをもする機能を有しているのです。しかし多くの人は、というよりほぼ全ての人々が生まれて産声を上げるとその瞬間、胎内ではしていた胎息をしなくなって、そのうち忘れてしまいます。母親のお腹の中で羊水に包まれているときはやむを得ずしていた胎息ですが、実は体外でもする必要があったのです。有形の形で取り入れる後天の三元つまり、食糧や水、鼻・口から取り入れる空気のみでは、どのみち早晩エネルギー不足になってしまいます。

 世の一部の敏感な者が、腹や下丹田部の毛孔からエネルギーを取り入れられることを感じ、「腹式呼吸」や「丹田呼吸」としてまとめています。しかし、そのコントロール機能が口や鼻にあるとは、人類史上、元極功法以外では誰も気付いて来ることはなかったのです。

その理論的な根拠を理解し、手法を功法の中に包含させて駆使してきたのは、元極功法のみでありました。自然呼吸で元極功法を修練するのみで、知らず知らずのうちに胎息をマスター出来ていると云うことが起きてきていました。

 1987年に張志祥先生が元極功法を公開し、その功力が知れるやいなや、何十万、何百万人の病人が押し寄せ、数少ない講師達は自らの修練時間を取ることもままならず、朝から深夜まで治療に専念する毎日が続きました。まだ充分育っていない講師達の多くが、エネルギー不足で倒れていきました。それらの講師を助けるべく、カリキュラムの中にない「胎息」を張先生が教えたのです。

 その後の講師達は充分三元エネルギーを取り入れ、治療に当たることが出来て身体を壊す事も無くなったのです。

 本功法は、その絶大なる旧中国元極学の「胎息」を更に効率化させた人類究極の呼吸法と言えます。

この功法をしっかりと修練し身に着けることが出来れば、常にあなたは、どんなときも日之本元極先天呼吸が出来るようになります。そして、この修練を繰り返すことにより、人本来の先天呼吸に戻り、完璧な胎息が完成されます。

修練者というよりむしろ、「圧倒的に足りないエネルギーの補充が必要な者、病人、寝たきりの者、そのような方々には、大きな効果を顕す功法」になります。しかし、圧倒的に足りないエネルギーを補充できますが、身体に巡らせることはしていません。それは他の功法に頼る必要があります。

 エネルギーを補うという点で、毛孔竅穴を開閉する力は、完全にこの録音でコントロールされています。本人が自覚すれば、それはもっと竅穴を同時に作動させるような働きを、この録音が手伝います。修練効果を上げるという意味でも、毛孔竅穴を開発するという意味でも、この録音は有効になります。
2009.12.24   【気功講義|シンクロニシティ】

純米吟醸酒・無濾過生原酒「亀寿」超限定

忘年会に、入門一ヶ月の方から差し入れがありました。
表題のような高価なお酒等数本、ありがたいことです。

この方は、入門から日が経っていませんから、私が「亀仙人」などと呼ばれていることを知りません。
たまたまご実家の県内のお酒をお持ちいただいただけのようです。

しかし、このお酒の製造元は、「日之本」ならぬ、「日の丸醸造」
更に、この所在地は、

秋田県横手市増田増田

何というご縁なんでしょう!!

「日の丸醸造」さんは、こちら


もとつきわみ珠「亀珠」
$超能力・潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 安らぎ
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2009.11.25〜    【気功講義|指気功】

超簡単、日之本元極の指気功 (1)〜

指先を付け、念訣(簡単な言葉を頭の中で唱える)だけで、臓腑の調和をとり、健康を持続出来るようになります。
 人の身体の道理を知り尽くした伝統の元極功法ならではの、訣の力が実現します。始めての方も、熟練修練者も、大きな効果を体感できます。いつでも、どこでも、誰にでも簡単にさりげなく出来ます。

順次やり方をお伝えしていきます。

指気功 1

臓腑と指先の関係

胴体内の臓腑と左右の指先、内労宮、外労宮は各々三元が通る(肉眼では見えない)道によって結ばれ、重要な相互作用をもっています。

具体的には陰である臓器は掌の内側から指先に、陽である腑は手の甲側から各指先に繋がっています。

また身体を左右に分けてみると、左が陽で右が陰になります。

その陽である左手と、陰である右の手の同じ指同士をくっつけることにより、それぞれの臓腑の陰陽バランスの調整が出来ます。

これが、この指気功の基本的な陰陽バランス調整の原理です。


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 花 憩い 安らぎ


 また「もとつきわみ臓腑図」で説明されているように五臓は五行説に則り、互いに助け合い関連し合って働いていますので、梅花指という指の形をとることによって五臓同士の調整も取ることが出来ます。

さらに左右の梅花指同士の先をくっつけることによって五臓を同時に関連づけながら陰陽調整することが出来ます。


気功 梅花指1

   ↑梅花指

気功 梅花指2

  ↑両手の梅花指をくっける。


この功法で、必ずしなければならない、重要な事

1.開始前に舌を上顎につけ、肛門を軽く引き締め、持ち上げる(このことを提肛という)ようにします。そして「日之本元極指気功」と心の中で一度だけ唱える(黙念)。

2.指を指定の形にしたら、十二字真言を唱える(黙念でも、声を出して唱えても良い)。

これだけするだけで、大きな効果が生まれます。指の形は次回より順次ご紹介していきます。

いつでも、どこでも簡単にすることが出来ます。

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-皇極 元極 太極 無極 大輪


@人差し指

図のように人差し指の先どうしをくっつけて、

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」

と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

肺、鼻、大腸、免疫力の強化、皮膚の病気などに効果があります。

人差し指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は肺臓、手の甲側は大腸に繋がっています。

左右の指先をつけることで、大腸、肺臓の陰陽バランスを整えることが出来ます。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。癖のようにして実施してみて下さい。


指気功 人差し指

↑両手の人差し指をくっける。




潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 花 憩い 安らぎ


A中指

図のように中指の先どうしをくっつけて、

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」

と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

心臓、小腸、血管の病気などに効果があります。 

中指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は心臓、手の甲側は小腸に繋がっています。

左右の指先をつけることで、小腸、心臓の陰陽バランスを整えることが出来ます。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。癖のようにして実施してみて下さい。




↑両手の中指をくっける



B薬指
図のように薬指の先どうしをくっつけて、

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

肝臓、胆管、筋肉の病気などに効果があります。また内臓脂肪減少にも効果があります。
 
薬指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は肝臓、手の甲側は胆管に繋がっています。

左右の指先をつけることで、胆管、肝臓の陰陽バランスを整えることが出来ます。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。




指気功 薬指

↑両手の薬指をくっける。

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり


C小指

図のように小指の先どうしをくっつけて、

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

腎臓、膀胱、髪、骨、耳、生殖関係(子宮・卵巣・インポテンツなど)の病気やボケの予防などに効果があります。
 
小指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は腎臓、手の甲側は膀胱に繋がっています。

左右の指先をつけることで、腎臓・膀胱の陰陽バランスを整えることが出来ます。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。



気功 小指
↑両手の小指をくっける。

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真


D親指

図のように親指の先どうしをくっつけて、

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

脾臓、胃、胆嚢の病気など消化器系の働きの改善に効果があります。 

親指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は脾臓、手の甲側は胃に、また第一関節と第二関節の間の横外側は胆嚢に繋がっています。

左右の両親指先をつけることで、脾臓、胃など消化器系の陰陽バランスを整えることが出来ます。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。


指気功 親指

↑両手の親指をくっける。

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり



E左右五本の指同士

図のように左右の同じ指先どうしを全てくっつけて、

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

それぞれの指先に繋がっている経絡という気の流れる道で、手のひら側からは「臓」、手の甲側からは「腑」に繋がっています。

左右の指先を全て同時につけることで、臓腑の全てを同時に陰陽バランス調整することが出来ます。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。



指気功 すべての指先

↑両手の5本の指先をくっける。



F梅花指

図のように左右の指先を梅花指という形にします。

親指に他の4本の指が必ず接する様に指先を寄せます。
右も左もその形のまま、先同士をくっつけます。

そして
「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」

と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

全ての臓器同士の調和を取りながら、一つ一つの臓腑も陰陽調整できます。

指先は経絡という気の流れる道で、手のひら側は臓、手の甲側は腑に繋がっています。

全ての臓腑が同時に調整できる最強の指気功です。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。 


指気功 梅花指

↑両手を梅花指にする。

指気功 最強の指気功


↑両手の梅花指をくっける。


G片手づつで

人が周りにいて、身体全面であまりおおっぴらに両手の指先をくっつけるようなことをしたくないとき、片手ずつでも調整が出来ます。

写真のように親指の先と他の指のどれかをくっつけるとその二本の指の繋がっている臓器の調整が出来ます。
全ての指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は「臓」、手の甲側は「腑」に繋がっています。くっつけたら

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

自分の身体の具合によって、くっつける指を変えます。

どの指をくっつけたら良いかは、このブログの(5)から(11)までを参考にして下さい。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。


指気功 片手で1
   ↑肺、大腸、胃、脾臓、胆嚢

指気功 片手で2
   ↑心臓、小腸、胃、脾臓、胆嚢

指気功 片手で3
   ↑肝臓、胆管、胃、脾臓、胆嚢

指気功 片手で4
   ↑腎臓、膀胱、胃、脾臓、胆嚢


G片手づつで(二)

人が周りにいて、身体全面であまりおおっぴらに両手の指先をくっつけるようなことをしたくないとき、片手ずつでも調整が出来ます。

写真のように親指の先と他の指のどれかをくっつけるとその二本の指の繋がっている臓器の調整が出来ます。
全ての指は、経絡という気の流れる道で、手のひら側は「臓」、手の甲側は「腑」に繋がっています。くっつけたら

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

自分の身体の具合によって、くっつける指を変えます。

どの指をくっつけたら良いかは、このブログの(5)から(11)までを参考にして下さい。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。


指気功 片手で5

   ↑肝臓、胆管、肺、大腸、胃、脾臓、胆嚢

指気功 片手で7

   ↑腎臓、膀胱、心臓、小腸、胃、脾臓、胆嚢

指気功 梅花指

   ↑腎臓、膀胱、心臓、小腸、肝臓、胆管、肺、大腸、胃、脾臓、胆嚢



H心包絡
右手の五本の指先をそろえ(梅花指)、左手中指先端の腹につけます。その状態で十字真言を黙念します。

心包絡の調和を取ることが出来ます。心包絡は無形の臓器とされ、心臓を覆う様に存在すると言われています。

指先をくっつけたら

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」

と繰り返し唱えます。声に出して唱えても、頭の中で唱えても(黙念)構いません。

テレビを見ながらでも、電車の中等でも暇を見つけて何処でも出来ます。
癖のようにして実施してみて下さい。


指気功 心包絡1

   ↑右梅花指と左中指先の腹

指気功 心包絡2

   ↑指先を付ける。心包絡の調和を取る



I三焦
Iー1 三焦の前部分

両手の人差し指の外側どうし(横腹どうし)を第一関節から第三関節あたりまでぴったりとくっつけます。

手の甲が上を向いています。

そのまま十二字真言を黙念します。

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」

第一、第二、第三関節部分が、指先の方から上焦、中焦、下焦に繋がっています。

↓上焦、中焦、下焦に繋がる人差し指の横を付ける

指気功 三焦

指気功 三焦 前面部2

↓三焦の調和を取る(前面部)

指気功 三焦 前面部3



I三焦

Iー2 三焦の後ろ部分

両手の親指の外側どうし(横腹どうし)を第一関節から第三関節あたりまでぴったりとくっつけます。

手錠をかけられているような形になります。手首などに力が入らないように注意します。

そのまま十二字真言を黙念します。

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


第一、第二、第三関節部分が、指先の方から上焦、中焦、下焦に繋がっています。

↓上焦、中焦、下焦に繋がる親指の横を付ける

指気功 三焦 背面部1

指気功 三焦 背面部2

↑三焦の調和を取る(背面部)



I三焦

B-3三焦の横部分(脇の下から胴体横の部分)

両手の小指の外側どうし(横腹どうし)を第一関節から第三関節あたりまでぴったりとくっつけます。

掌が上を向いて、両手で水をすくうときのような形になります。

そのまま十二字真言を黙念します。

「む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う」


    ↓小指の横を付ける
指気功 三焦 横(脇)1

↓三焦の脇部分を調和をさせる
指気功 三焦 横(脇)2


つづく…
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2009.11.22〜11.23     【気功講義|科学で解明できないこと】

LED電球・蛍光灯ボール・白熱電球、
照明はどれがよいか?―1・2

最近、LED電球の話題が喧(かまびす)しい。
政府がCO2の25%削減の目標を発表したこともあり、省エネの意識が高まっているのであろう。
白熱電球、蛍光灯ボール、LED電球を60W型で比べてみると、

           消費電力     寿命
白熱電球      60W     2000H
蛍光灯ボール  13W     6000H
LED電球       7W    40000H

また蛍光灯ボールのように点灯までに時間が掛かったりせず、頻繁な点灯、消灯を繰り返しても寿命に影響がない。
これだけを聞くと、価格が高いことを除いて良いことだらけである。
照明とは、明るさが同じであれば、人に与える影響は同じであろうか?
そこを考えてみたい。
   (つづく)

写真左は、蛍光灯ボール。右の小さい方が、LED電球
$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with キャノンS90,シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 科学 安らぎ


早速、LED電球・蛍光灯ボールを購入し、手持ちの白熱電球と比べてみました。
勿論みな60W型に、明るさはそろえて比較しています。

我々の評価は、先回のブログに書いた一般的な消費電流とか、寿命とかではなく、あくまで肉体に与える見えない影響についてです。

この電球は、極めて、影がない(この表現が一番的確に感じましたので・・・。光の回折が少ないというような感覚です。)ので明るく光ります。この光は、身体に直線的に 指すように届きます。

この光線は、直線的で、身体の深部に到達するような、働きがあります。深部に到達することで、身体の中の細胞を破壊するような、指令(命令的な情報)に聞こえることに(身体にとって見れば)なります。

人体が過去に体験したことがない直線的な刺激は、 防衛機能が働かず、直接的に内臓やそれぞれの細胞に届いてしまいます。このままでは、危険な電気器具となります。

白熱電球に比べ、蛍光灯はその交流電源による点滅の影響が出て、不快な感じがしますし、実際長期的には肉体的にも悪い影響が少しずつ少しずつありました。
LEDに関しては、それよりもっと大きな影響が及ぼされます。

そこで写真の如く、それぞれにもとつきわみシールを貼ってみると、たったこれだけのことで大きく波動が改善されました。
指すような直線的な光のエネルギーが、相当柔らかい光に変わったように感じます。

世の中には、このLEDの利用がもっと急速に拡がっていくでしょう。経済的な効果で、全般的に利用がなされて光源をLEDに求めてくることになります。

その時利用する者達は、その本質を悟って、短期的な利益ばかりに目を向けるのではなく、長期的に自己防衛的な利用方法を考えなければいけないのではないでしょうか?


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2009.11.15     【気功講義|日之本元極功法】

識眼功

11/10に、スタッフ6名対象で「識眼功」の講座を開きました。
この功法を実施しているときは、外から見ていると何も無いように見えます。
まったく動きがないからです。

しかし渡される力は膨大で、実習として「十二字真言」一回分、
たかだか1分ほどしてみただけですが、


手の平パー
紫色に変色した者が何人もいた程です。

功力の効果は、そんなことが目的ではなく、内視や情報の受け取り、
聞き取り等の目観る能力の向上にあります。

この功法は、次回特別講座で、皆さんにも公開されます。
是非受講をご検討下さい。

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2009.10.30 〜10.31   【気功講義|元極パワー】

もとつきわみ図入り珠―1・2

写真は、もとつきわみ図を中央の珠に彫って試作したストラップです。
彫っただけではなく、その後、日之本元極にて三元エネルギーを入れて持ち主に作用するようにしてあります。

大きな特徴は、
1.持ち主の身体で、不調且つ命の維持において重要度の高い所から選択的にエネルギーが供給されます。
別段、極端に悪い所のない修練者では、修練竅穴にエネルギーが流れます。つまり、身に着けているだけで、上達スピードが上がっていくということです。
この利用者の状況に合わせて選択的に作用するということが、元極特有の元音の作用として働きます。

2.通常の身に着ける石のほとんどは、エネルギーをその中に溜めることが出来るだけです。よって、最初に大きなエネルギーをもっていたとしても、暫く身に着けていると、良いエネルギーを放出しきってしまい、邪気を溜めた石へと変貌してしまうのです。
多くのというか、殆ど総て愛用者(販売側も)これらのことに気付いていません。
効果的にこうした石の商品を使う為には、使用によって溜まる無形の邪気を頻繁に祓っていく必要があります。(次回、その方法についてお話ししましょう)

この「もとつきわみ珠」は、無形の邪気などに限って、自浄作用をもちます。通常であれば、溜まっていく無形の邪気など、上記のように頻繁に祓う必要がないということです。
ただ、珠を身に着ける事によって付着する、汗などの有形の汚れについてはきれいに除去する必要があります。

11月初旬から、様々なデザインのストラップや、ブレスレットなどがお目見えします。
ご期待下さい。

$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真

11月初旬から、様々なデザインのストラップや、ブレスレットなどがお目見えする予定の「もとつきわみ珠」は、無形の邪気などに限って、自浄作用をもちます。通常であれば、溜まっていく無形の邪気などは、普通のパワーストーンのように頻繁に祓う必要がないということです。
当然のこととして、珠を身に着ける事によって付着する、汗などの有形の汚れについてはきれいに除去する必要があります。

通常の身に着ける通常の身に着けるパワーストーンのほとんどは、エネルギーをその中に溜めることが出来るだけです。よって、最初に大きなエネルギーをもっていたとしても、暫く身に着けていると、良いエネルギーを放出しきってしまい、邪気を溜めた石へと変貌してしまうのです。
そうなってしまうと、着けているだけで体調が悪くなって行ってしまう、パワーがストーンと落っこちる邪気溜め石と化してしまっているのです。

多くのというか、殆ど総て愛用者(販売側も)これらのことに気付いていません。
効果的にこうした石の商品を使う為には、使用によって溜まる無形の邪気を頻繁に祓っていく必要があります。

先回お約束した、通常のパワーストーンの邪気払いの方法をお知らせします。
海水から作られ、精製してない塩の上に石を載せ、天日に暫くあてる。ただこれだけです。岩塩や、精製塩では効果がありません(日之本元極でパワーを入れてある「海のまなみ」なら最良)。週に一回はしたいモノです。

「もとつきわみ珠」では、この手間がまったくいらないのです。

なおかつ、膨大な三元エネルギーが持ち主の必要としている場所に選択的に供給されるのです。

$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-はな 日之本元極 気功 形示し

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2009.10.25〜10.28    【気功講義|神仏と功法】

恐山にて 巫女と繋がる力―1〜4

恐山。ここは一生、自分とは何の縁もない所だと思っていました。
ところが突然、「恐山に行きなさい。」
と、応神天皇の神より指示がおりました。

指定された一連のルートを廻り、恐山に着いたのは午後五時半過ぎ。
「もう入れません。明朝6時から開けますからお出で下さい。」と入り口のお坊さんに言われ、翌日六時前から開門をまって入ることが出来ました。

中では、北陸でお話を伺った伊邪能真若命(いざのまわかのみこと)の神 がお出でになっており、次のようにお話し下さいました。

神の住まいする土地とは、とても思えない霊場として、この地が栄えました。この地が栄えたのは、仏を祭る 霊場→墓場 として栄えたのですけれど、この地には、多くの神々が住まいしています。
ここには霊をともらうための神も、信者に施しを与える神も、それなりに居ます。けれども、ここは陸奥に居る多くの巫女たちと繋がっているところです。


恐山で、伊邪能真若命(いざのまわかのみこと)の神は、続けてお話しになります。

貴方が、この地に来た目的は、陸奥(むつ)にいる多くの巫女たちと繋がって、巫女に声を聴かせる力をあなたに授けるためです。

日本を始め、世界中に、占い師といわれる者達、そして、巫女と言われるモノは大勢います。その中には、本当に神の言葉を聞くモノもいます。すべてが、聞こえているわけではありませんし、偽りのモノも多くいますが、なかには、我々神の声を聴いている巫女や占い師もいます。

その者たちに、貴方の声を聴かせる営みが始まります。
今日、貴方が、この力を持って帰るやいなや、その力は開花することになります。全国にいる巫女達が、「真実の声」を聞いて行動するようなことが、少しずつ始まっていきます。
それは、急激な拡大に繋がっていきます。

貴方が、北陸の地に来てくれたとき(こちらをご覧下さい)に、私は宣言をしました。増田が青森の地に来てくれたときに、それが、始まると宣言しました。その宣言を今日ここですることになります。

二度とあの神社に貴方が来ることはありませんが、車を逆戻りして、わざわざ、尋ねてきてくれたこと、嬉しく思っています。

私が巫女達を統括する役割を与えられています。そして、貴方が来てくれたときから、私の役割を開始することを許されました(上の次元の神より、この神の行動が許されたということ)。
貴方が、来てくれて北陸で出会ったときから任務を開始して、今ここで、貴方に任務、役割を授けるときが来ました。




恐山での、伊邪能真若命(いざのまわかのみこと)の神のお話しは、更に続きます。

日本のみならず、全世界の巫女のような仕事をしている者達と、貴方に人々を結びつけるような力をお渡しします。会陰に収めなさい。情報のとどのつまり、情報のはけ口が会陰ですから、収めなさい。

巫女と繋がっている神は、大勢います。一人の巫女が、一神と繋がっているわけではありませんが、その巫女の多くは、女性です。

言伝て(ことづて)に聞くこと、人づてに聞くこと、ネットなどで聞くことなどなど、その手はずは整っています。気の存在に敏感で霊感のあるモノは、全国、世界各地にいます。その者たちが、あなたの気を感じ、我々の言葉を読み取り、人づてに、人づてに拡げていくことでしょう。

この拡がり方は、決まっていたとはいえ、あなた方に知らされることなく、不安な日々を送ったことだろうと思います。

そうしたネットワークが出来上がった以上、貴方は常に真実の声を伝えなければなりません。これもまた貴方にとっては、一つの大きな試練になることでしょう。頑張りなさい。

オイオイ、これから冗談も言えなくなっちゃうよ。しょぼん


恐山での、伊邪能真若命(いざのまわかのみこと)の神のお話しが一段落したとき、辺りを見回すと、ここ恐山の中に宿坊があり、外部からの人達も宿泊したり、ここに涌く温泉にも入れることが判りました。

私は直ぐ近くの 「しゃくなげ荘」 に宿泊したのですが、恐山の温泉としゃくなげ荘の温泉と違うのか、神様にお聞きしてみました。

恐山温泉の宿坊の中の温泉の湯質と、このシャクナゲ荘の湯質はどちらが良いのですか?

ほとんど同じような湯質です。シャクナゲ荘の湯質の方が少し硬くなっています。恐山の湯質の方が硬度的に柔らかいので、温泉として利用するのであれば、刺激がありません。硬度がより硬い方が、体験的には良いけれども、皮膚には刺激があります。どちらが、良いとも言えません。

今後、恐山に行かれる方々、参考になさって下さい。
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2009.10.24    【気功講義|神仏と功法】

大分・宇佐神宮祓い所

神社には、本殿に行く手前に、祓戸大神達(はらいどのおおかみたち)を祀る所があり、そこで先ず穢れを祓っていただいた上で、ご本殿のお参りをするように造られている所が多い。

ここ、宇佐神宮では、別に「祓い戸の四神」が祀られている訳ではなく、池の中央に四角い場所を設け、そこに渡れるようになっているだけの「祓所」と呼ばれる場所がある。

周りが、水に囲まれた、とても清々しいその場所は、多くの人達が見過ごしてしまうような所に配置されていた。とても珍しいこともあり、呼ばれているようで、少し中に入ってみた。

すると、邪気を祓う力がとても強くて、湧泉が地面にぴったりと吸い付くようで、そこから地中へと強制的に邪気、濁気が吸い出されていく。

祓い戸の四神とは、瀬織津比売(せおりつひめ)、速秋津比売(はやあきつひめ)、気吹戸主神(いぶきどぬしのかみ)、速佐須良比売(はやさすらひめ)のことである。

この力を清昇濁降に使えますか?と伺うと、

私は、この功法を担当している清昇濁降の神です。

(功法には、必ず一神以上の担当の神がいらっしゃる)
いま、この祓い清めの力が加えられました。と、おっしゃった。

しばしお待ちくだされ。やり方が少し変わるので、教科書を書き換えねばならない。
録音も吹き込み直さなければならない。

祓い清めの力が更に強化された「清昇濁降V」として、お目見えする。


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-まつる 日之本元極 気功 

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-まつる 日之本元極 気功 
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2009.10.23〜    【気功講義|修練の心得】

紀伊半島に田辺市があります。
 (護摩壇山へ行きなさい)―1〜4

紀伊半島に、田辺市というところがあります。
そこへ行きなさい。

応神天皇の神より、そう言われたのは、今年(2009年)七月の初め頃でした。
田辺市が何県にあるかも、知りません。後から言われた護摩壇山などは、名前すら初めて聞きました。

この田辺市の山の中腹、川から急激に駆け上がったようなところに、宮本武蔵の碑があります。
そこは、彼が長くここで修行したところです。形は、何も残っていません。
そこには、修練の原型があります。

あなたが行くべきところは、過去に、修練の原型として、こぞって、修行者達が集まって修行を積んだところです。そこには、源(みなもと)で修行した者達の力が蓄えられています。

過去の宝物のように、力が蓄えられているその場に行って、しばらくの間滞在しなさい。
しばらくの時は、約半日です。その近くに宿泊しなさい。

そのように神より告げられて、行くことになりました。

護摩壇山に着いたときは、大変な霧でした。
$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり


何故行かねばならぬのか?
そこで修行をし、神となっている宮本武蔵は、教えて下さいました。

ここは、とりもなおさず修練者の集まるところでした。
吉野の大峰山、高野の奥山の護摩壇山、この周辺が、修行者の集まるところでした。
この地形の険しさ、奥まって、人気のない険しさ、頼る者のない険しさ、それらの険しさを禊ぎの修練として、修行として、多くの者達が、この場に寄り集まってきました。

空海もしかりですが、彼は、全国を行脚して修行をしましたから、ここに止まることをしませんでした。川からせり上がった、越えるに苦しい所です。この土地は、本当に畏れ多い、恐ろしい土地です。この厳しさは、修行をいっそう、進めました。この土地で修行した者は多くいます。それらの者達を代表して話します。

この、護摩壇山で修練をした数多くの者達の中には、修練によって力を付けた者もいれば、力を付けられなかった人もいます。そして、思いが実現した者もいるし、実現しなかった者もいます。力を付けた者達の力を合わせて、その思いを貴方に渡します。また、力を付けられなかった者達の思いも貴方に、ゆだねて渡します。

この地にようこそ来てくれました。この山の、さびしい。けわしい。きびしい。われわれは、畏れおおいと思っていますけれども、この地に良く来てくれました。あなたが、この地に再び、来ることはありません、

最後のこの時(次元上昇による地球最後の時)に、貴方に出会い、ここで修行をした者達の何の為に修行を積み上げてきたのか、その思いを貴方に渡す役割を頂いたことを嬉しく思っています。


$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 リラックス

宮本武蔵の神に質問してみました。

護摩壇山に祀られている神はいますか?また、何神ほどいますか?

この地に滞在し、祀られている神はいません。依拠しています。ここでの修行の成果として、神になれたのですから、この地に依拠して存在しています。この土地に祀られているということではないのです。

今日は、この地の出身の神たちが寄り集まっています。それらを数えるとするならば、四次元、五次元を合わせて30神以上です。厳密に数えることが出来ません。護摩壇山だけで修行したのではなく、ここでも、吉野でも京都でも、というように、いくつも渡り歩いている者がいます。


$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-じゅもく 日之本元極 気功 

また神は、ここで修行した有名な二人の修行者について次のように教えて下さいました。

【源義経に仕えた、武蔵坊弁慶について】
彼は、立ったまま死んだと言われていますが、本当のことですか?
このように質問すると、突然返答する神が変わられました。弁慶の神が出てこられたのです。

私は、この辺の出身で、ここで修行して、僧兵になりました。
本当の話ですが、立ったままでは、やはり死ねません。伝説の話です。身を挺して、師を守ろうとしたということだけが真実です。仁王立ちになったままでは、誰も死ねません。それは、家臣として働いただけのことであって、その当時の多くの武将はそうしたものです。特別なことではなく。その当時としては当たり前のことでした。
私が、認められたのはその他の行いです。修行をして、武蔵坊として力を蓄えて、武術、妖術、剣術に優れていました。そういう修行をたんたんとこなした私の行いが神として認められたのです。
身を挺して死を受け入れたことだけが、認められたのではありません。この時代では、誰しもがしていたことです。
淡々と修行をこなして、自分の師に仕えたということは、あなた方の功法でも言えることです。淡々と修行をして、師に仕えた。ただ、それだけのことです。

【合気道の創始者 植芝盛平について】
彼は、ここに生命を受けて縁のある人です。ここで生命を受けたことは、決して、偶然ではなく我々が指し示した事柄です。
彼が、天と繋がって合気道を世界に広めた功績は、すばらしいことです。彼は、こに依拠して存在しています。この地に縁を持って、多くの者達がここに依拠しております。


$潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 リラックス

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2009.10.22    【気功講義|修練の心得】

タスク(職務=自らの役割)を果たせ

「修練を自分でして、自分の健康管理を自分でしましょう。」
と、いうことを日之本元極は功法の入り口=基本理念にしています。

格言にも有ります。

「天は 自ら助くる者を 助く。」

勿論、これはこれで大切なことですが、これに続けて心がけなければならない事が有ります。
それは、自分のなすべき天から与えられた役割をキチンと認識した上で、人の為に働く、人を助ける働きをするということ。

自分の職務=タスクを果たして、人をタスクる者を、天は助けます。
次元上昇までの残された僅かな時間、この自分を助ける為の唯一の生き方、

「天は、人を助く(タスク=自分の職務を果たす)る者を助く。」

毎日、心がけて生活したいものです。



潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-山峡のもやもや 日之本元極気功教室

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2009.10.2    【気功講義|科学で解明できないこと元極パワー】

日之本元極の教科書

ブログ「12時の寝言 (【じゅうにじしんごん】ということらしい)」に日之本元極の教科書について書かれています。

日之本元極でしている事は、「常識外れ」、「現実離れ」している事ばかりですが、みな真実です。これら日之本元極の教科書についても同様です。その教科書の中から教科書自体について、抜粋・掲載します。

教科書の特別な使い方
 この教科書をクリアファイルなどに入れ、シワクチャにならないようにして身体の下に敷いて寝ると、直接三元(元気、元光、元音)エネルギーを受け取る事が出来ます。最初の数日間は三元エネルギーの強さで眠れない事が多いのですが、寝るよりは疲れは取れています。そうすることによって元気になっていきますし、病気の方は改善し始めます。

本を敷いて寝るだけで病気が改善し始めたり、元気になるなんて、世間の常識では考えられないでしょ!!
でも、日之本元極の功法は、それを実現しています。教科書からエネルギーや情報が溢れ出るように造ってあります。

疑っている貴方、狭い常識しか詰まっていない貴方の頭で考えても判りません。やってみなければ絶対判らないことですよ。

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2009.9.12〜28    【気功講義|功法の力】

拈華微笑(ねんげみしょう)―1〜7 追陳(ついちん)

元極功法の功能伝授の方法は、「伝音」である。
伝授者が被伝授者に対して無音で能力を渡すのである。
それを被伝授者にも判りやすくしたものが、「伝訣」「画訣」「観訣」である。
しかし本来の伝授法は、「伝音」で事足りるのである。

この方法は、古来いろいろな宗派、功法でも用いられているが、呼び名はそれぞれである。
「教外別伝(きょうげべつでん)」「以心伝心」「維摩一黙(ゆいまいちもく)」などと言われているが、
要は同じ事である。

この伝達方法の根本は、「黙念」にあることを知っている者は少ない。
繰り返し、黙念の波動が伝達し、共鳴することによる同調が起こるのである。
日々の黙念の積み重ねが伝達を可能にし、功能の引き渡しが行われるのである。



先回、「伝音」の 波動伝達と申し上げたのは、元極特有の言葉であらわせば、「元音」の伝達ということであり、一般的に判り易く表現したに過ぎない。

何度か、講座の中で私が体内より元音を生発し、「風(ふぉん)」という形でお見せしたのを覚えていらっしゃる方もおいでであろう。この元音生発の功法は、「階み」に昇格すれば、修錬段階として勉強することが出来る。

黙念の基本は、日常会話の中にもある。それについて、張志祥先生が、その著作の中で語っておられる。

談話も訣のエネルギーを表現する一種の方法である。現代のいわゆる「外気を放出する」功に相当する。人が交談しているときは、思想を交談の内容に集中させて、全身のエネルギーを動員して談話に応対する。意気投合して話に脂がのってくると交談者は「功能態」に入るのであり、体内の「音」が高度に組み合わされて配列し、口から妙語、警句が連発される。この時は特異なエネルギーが放出されていて、聴者を魅了してしまって、その喜びに従って喜び、その悲しみに従って悲しむ。これはエネルギーが聴者に働きかけて、「共同の音」を出させたのである。音を持って、音を求めるため、双方の心音が同調までに達する。これが即ち共鳴であり、知音である。



張志祥先生は著作の中で、次のような例を挙げてみえる。

霊鷲山(りょうじゅせん)にて、釈迦牟尼が衣鉢(いはつ)を伝える為に全体の弟子を坐前に呼び集める。衆弟子は世尊が説法するに違いないと思っていたら、しかるに世尊は端坐して無言のままでいる。衆人がいぶかっている中を、迦葉(かしょう)が世尊に向かって微笑する。世尊は直に手に持っていた花を迦葉に渡して、自分は既に衣鉢(いはつ)を迦葉に伝えたと声明する(この時、正法眼蔵−しょうぼうげんぞう−
を与えたと言われる)


この「拈華微笑」の故事は、即ち「知音相伝」である。それは心音の情報が相互に疎通した為であって、無声の対答の中で心で衣鉢を伝えたのである。禅宗は従来この方法で衣鉢を伝承するのである。談話は音に対する黙念であり、訣に対する変化(へんげ)であって、功能態の下に行われる交流である。談話で病気を治すことが出来るし、談話が功力を増進させることも出来る。古代の各門各派は、みな口授心伝を重視する。その妙用は即ちこれらの原因に基づくものである。


私が、度々錬功会に出てくる人達に、錬功が終わったらサッサと帰るのではなく、その後の談話や、食事会に出席しなさいと言うのは、こういった理由からである。



私は張志祥先生より、何度にも渡っていろいろな能力をお渡しいただいた。
題に掲げた故事は、故事だけではなく元極功法に脈々と流れる神秘的な能力・情報の伝達方法である。

私がこのことを最初に実感したのは、元極を修錬し始めて4,5年経った頃、中国・蓮花山に行ったときのことであった。

その時講座に集った日本人や中国の客人達と共に、張先生と昼食を取る機会が与えられた。
楕円形の大きなテーブルに十五・六人が着いたであろうか。
テーブルの真ん中には、大きな花が飾ってあり、心の行き届いたもてなしが感じられた。
私は幸運にも、張先生の直ぐ右横の席に案内され、着座することが出来た。

食事は、いつもの事ながら、修練者や客人から張先生への質問で終始される。
食事が佳境に入った頃、あまりというか殆ど量を召し上がらない張先生の右手が箸を置き、
人差し指の先で小さくテーブルの上に文字のようなものを書いたのを見逃さなかったのは、
場の利を得た私だけであったであろう。
他の者は、中央に綺麗に飾られた花器に阻まれて気がつかなかったのである。

「あれ、食事中に何をお書きになっているのだろう?」と訝(いぶか)った私の脳裏に次に湧いた意識は、
「あっ、今何か戴いた。」というものであった。

その時は、あまりに突然のことで、何を戴いたか見当も付かない状態で、
その後の食事は、呆然と過ごしていて、何をどのように食べていたのかも良く覚えていない。

数日後、その時戴いた力は、人に能力を渡す力であることがハッキリと判った。



ここまで読み進めてきた人の中には、まだ訣を黙念することと「拈華微笑」の故事に象徴される衣鉢の伝承などのことと、
どういった関係があるのかお判りになっていない方も多かろうと察せられます。

元極功法の特色と言える「修錬中の訣の黙念法」について、
張先生は次のように著作の中で言及されています。

訣は黙念を通じて、日常生活の中で広範な妙用を展示している。
しかし、それらの多くは自発的な性質に属するものである。
しかして元極功法の修錬方法――「功訣を黙念する」ことは、正に日常の最も普遍的な方法を概括して、
制定されたもので、元極図の「生化返」の規律に基づいて系統化したのである。

そのために、元極功の功訣を黙念する方法には普遍性・簡易性がある。
凡ての修錬方法は、みな功訣を黙念する方法の中から進化したものである。


 


更に、張先生は次のように続けます。

各家各派の修錬の啓蒙段階もみな理論の学習から入門して、先ず要訣の解悟から着手するのである。元極功と違うのは、訣を黙念する過程を錬功に入る前の段階において、そして訣のエネルギーを大脳の中に貯存しておき、錬功・内省・参禅・練丹などの実践に移るとき、本門の功法要訣に対して、自分の解悟した部分を整理して、自らの訣を作り出して、錬功の全過程を指導する。最後に自作の訣が完全に功法の精義に適合することが検証されたとき、即ちこれを「得道」したと言う。黙念をしないようであるけれども、実際には黙念が始終錬功の全過程を貫通している。ただ人々がこれを見落としたに過ぎない。

元極功は元極功訣「三元」自身の特性と元極功エネルギーの発生発展法則に基づいて、功訣を黙念する特殊な方法を採用したのである。始めから終わりまで功訣を黙念することによってエネルギーを展現し、そして竅穴に働きかけて、逐次に竅穴を「音化」する。一旦竅穴の音が玄関(上丹田)の音(心音という)と徹底的に貫通すれば、訣の情報としてのエネルギーが展現されるようになり、同時に訣の内包も悟得されるようになり、修錬の境界もこの悟得と共に絶えずに高められていく。

元極功法「功訣の黙念」の効用がお判りになっただろうか。
諸家諸派の功法が、一人一人の得道にその成果を依存しているのに比べ、
元極功では先哲の背中に梯子をかけて更に高みに登るようなものなのである。



そしてその独特の修錬の結果として、天・人「共同語」である元音の把握が可能となるのである。張先生は続けて語る。

元極功の独特の修錬方法は、元極図(現在では、もとつきわみ図)の原理に基づいて制定されたのである。
元音は天地万物の「共同語」であって、有・無を貫通する性質を持ち、天地人を召喚して自然の秩序に従って同調して、真空界に帰還するのである。
自然界の音(おん)はみな一々人体の各部位に相対応していて、そして人体内の音も刻々自然界の存在に対応している。
この二筋の情報流が人体内で昇降、出入りしたりして、間断なく対応している。
天・人の間に二筋の情報流が存在していて、心身の間にも同様に二筋の情報流が存在している。
人の思考している事は、心身を貫通すると同時に天地にも貫通している。元極功が十字真言(現在では十二字真言)を黙念することによって、
訣が生化して音となって、人体内の二筋の情報流を連接して、無窮に循環する「天人の合体」を形成するのである。


この元極独自の元音の生発、共鳴、伝達の功能を身に着けることが、「拈華微笑」の伝達方法の基本なのである。
 (完)




前回「この元極独自の元音の生発、共鳴、伝達の功能を身に着けることが、「拈華微笑」の伝達方法の基本なのである。」と、最後に申し上げた。
このこと(元音の生発、共鳴、伝達の功能)が完全に出来るようになるには、元音の修錬「階み」を終了することである(中華元極の旧功法では、3部功法・人天交会法)。

人天交会法は、十段階の功法の下から三段階目。日之本元極功法「階み」は、十二段階の下から四段階目である。

「な〜んだ、下の方じゃないか。」と、馬鹿にする事なかれ!

中華元極功法公開12年間、そしてそれ以後も含めて、人天交会法を完全にマスターできたのは、2800万人の入門者の中で、僅か5人という難関なのである。
人天交会法は、1999年2月に公開されたのであるが、私の修錬としては1996年より既にその段階の修錬は始まっていた。

元極功法を修錬し始めて3年余あまり経った頃、第2部「鴻蒙済判法」4次元・中黄庭の修錬をしていた。
ある日、中黄庭を守って静功をしていたとき、突如、中黄庭にあった三元エネルギーがものすごい勢いで?宮へと勝手に移動したのである。

その?宮の段・下から三段目の修錬というのは、まさしく「人天交会法」の修錬なのである。まだ公開されていなかった「人天交会法」の功法の道理を、それまでに何回もお渡しいただいていたように、張先生は私に渡しておいて下さったのである。
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2009.9.8〜10.21    【気功講義|日之本元極功法】

日之本元極の源流(1)〜(10)

本日は宮城・女川講座の2日目となります。ひだ高山では、各地の神社で祭りが開催されています。夜になると近くにある新宮神社から練習が行われ、笛の音が聞こえてきます。

今回から新しいシリーズのスタートです。


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日之本元極は、講座の中でも度々ご紹介している通り、「中国元極学」よりその効能を受け継ぎ、現代日本に、より受け入れられるよう、功力を強め、修錬時間の短縮や、グッズの開発などの工夫を凝らしています。

今回、中国の神々や、元極功法に纏わる掌門人の方々のお招きにより訪中して、元極功法の源流に触れることが出来ました。
それらのほんの一部をご紹介したいと思います。

「中国元極学」は、元を辿れば、明の時代、普善禅師が改良し起こした「元極道」を張志祥先生が一般に公開したものです。

元極道は、「西夏・南宋」の時代、「金」より「元」に移る頃、一悟真人簫抱珍(しょうほうちん)により起こされた「太一道」を起源としています。しかし、中華元極学では、その先を明らかにしていませんでした。

今回の訪中では、その先の大本に触れることが出来たのです。
 (つづく)


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元極功法は、太一道から判るように道教を大きな柱としてはいますが、仏教、儒教、その他諸子百家の良い所を取り入れ、悪い所を排して常に発展し続けています。

そのことは、伝えられ、守り続けてきた厳しい掟に秘密があります。

「後代に代々嫡伝、外部に漏らすことなく、密かに修行を積み、その創新と突破に努めること、更に縁のある大徳の士にあらずんば、功を伝え、秘訣を授けること固くまかりならぬと戒め、同時に門派の見を捨て、万方に親和し、長を取って短を補うべしだと諭された。秘伝を受けた者は、固く元極の戒律を守るべきで、破戒の者に対しては、その功果を追奪して破門に処すべきだと言いつけられた。」

太一道の始祖、簫抱珍(しょうほうちん)は、今でこそ神になっておられますが、肉体を持っていた開組のときには、寇謙之(こうけんし)の神や、張道陵(ちょうどうりょう)の神よりご指導を受け、太一道を起こされたのです。
 (つづく)

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先回、突然出てきました張道陵(ちょうどうりょう)の神について、各所にて知らされている資料をご紹介しましょう。

漢代末期、張陵(張道陵)は、「五斗米道」を現在の四川省青城山にて開きました。

三国志小辞典より
張陵Zhang Ling チョウリョウ (34?〜179?)
漢徴士
字は輔漢《張魯伝集解》。沛国豊の人。張魯の祖父、張衡の父《張魯伝》。「天師」「張道陵」とも称される《張魯伝集解》。

建武十年(三四)、呉の天目山で生まれたという。さまざまな書物を習い、もともとは大儒学者であった。直言して諫めたため、江州県令に左遷された。官を棄てて洛陽北?山に隠れ住み、煉形術を修得した。章帝が博士の官職を用意して彼を招いたが、張陵は赴かず、和帝が即位したとき太傅・冀侯に取り立てようとしたが、やはり拝受しなかった《張魯伝集解》。

淮水を渡って?陽に入り、龍虎山に登って天の精気を一身に集めた。神秘の源を探して西方に行き、壁魯洞において「制命五岳摂召万霊及神虎の秘文」を発見し、そこで嵩山の石室に行き、『黄帝九鼎丹経』を手に入れた《張魯伝集解》。

そうして道術を極めたが、巴蜀に名山が多く、また病気が流行して人々が苦しんでいると聞き、順帝の御代、蜀に仮住まいした《張魯伝集解・後漢書劉焉伝》。初めは陽平山に居を構えたが、のちに鶴鳴山に移り、そこで玄元老君(老子)の神秘的な声を聞いて、経典の奥義を授かった《張魯伝集解》。

『三国志』張魯伝では「鵠鳴山」とあるが、『後漢書』『水経注』では「鶴鳴山」、『太平御覧』では「鳴鵠山」とする《張魯伝集解》。

こうして身体を分解して変化を現し、『道書』二十余篇を著述して「天師」を自称した。蜀の古老が「むかし漢の高祖は二十四気に対応する二十四の祭壇を作ったので、王となって天下を領有できたのだ」と語るのを聞いて、その二十四の祭壇で牛をつぶして祭祀を行い、土の祭壇と草の屋根を設けて「二十四治」と称する治療所を作り、さらに四つ増やして二十八宿と対応させた。そのため病気は減っていった。塩水の湧く井戸を発掘したり、城に住む鬼を退治したといった話は数え切れない《張魯伝集解》。

永寿二年(一五六)、また渠亭山に住まいを移し、「三五斬邪雌雄剣」を見付けだした。陽平の治では(?)、彼の度重なる功績を評価し、「天師衡使」の印を授け、代々受け継がせることにした《張魯伝集解》。

熹平年間(一七二〜一七八)の末期、張陵は大蛇に呑み込まれて姿を消した。子の張衡は駆けずりまわって父の亡骸を探したが見付けることができず、そこで霊験を現して鶴に変化したのだと言い、崖の上に石を置いて目印とした。光和二年(一七九)、「正月七日に昇天いたすゆえ、張衡が天師を継承せよ」との遺書を残し、張陵は雲に乗って昇天した。齢百二十であった《張魯伝集解》。

建武十年に生まれ、光和二年に昇天したというから百四十六歳になるはずで、計算が合わない。それを指摘する盧弼も百五十七歳と誤っている《張魯伝集解》。

彼が百姓たちを惑わす際、信奉する者に五斗の米を提出させた。それゆえ米賊と呼ばれているのである《張魯伝・後漢書劉焉伝》。

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同じく張道陵について、三省堂 大辞林と、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』よりご紹介します。


出典: 三省堂 大辞林

ちょうりょう ちやう― 【張陵】
中国、後漢末の道士。道教の源流とされる五斗米道(ごとべいどう)(天師道)の創始者。蜀の鵠鳴山で修行して符書を著す。後世、天師と称された。張道陵。生没年未詳。


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2007/06/07 08:47 UTC 版)

張 陵(ちょう りょう)は、中国における原始道教の一派である、五斗米道(天師道)の開祖である。

沛国豊(江蘇省)の人というが、その伝歴には不明な点が多い。また、一説では張 道陵(ちょう どうりょう)と称しているが、後世の付会であろうとされる。

蜀(四川省)へ行き、鶴鳴山(鵠鳴山)に入り、「仙道」を学び、「道書」24編を撰したという。

彼の教法の中心は、祈祷を主体とした治病であり、信者に5斗(日本の5升=9リットル)の米を供出させたことから、五斗米道という呼称が生まれた。

張陵の伝記は、晋の葛洪の手になる『神仙伝』に詳説されているが、多分に潤色を加えられた形跡があり、彼よりも後世の五斗米道の教説も混入している。

その教団は、子の張衡、孫の張魯へと伝わり、広まった。張陵を尊称して「天師」と呼び、子孫は龍虎山へと移住し、道教中の一派である正一教となった。

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張道陵(ちょうどうりょう)の神について、歴史上に残っている資料によって、人類にどう貢献してきたのかお伝えしました。続いて寇謙之(こうけんし)の神の貢献を伝えます。

寇謙之
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

寇謙之(こう けんし、Kou Qian Zhi、365年 - 448年)は、中国・南北朝時代(北魏)の道士。字は輔真。道教を組織し、儀礼を定めた。上谷郡昌平県(現在の河北省の東北部で、北京郊外にある)の出身。北魏の河南公・寇讃の弟。後漢の雲台二十八将の一人である雍奴威侯・寇恂の末裔を称した。

若い頃から仙道を好み、張魯の術を修め服食(神仙になるための薬を飲む)すること数年たった頃、仙人・成公興に出会い、華山をへて嵩山に伴われ十年修業を積む。414年のこと、太上老君が天より降り、寇謙之の修業の熱心なことを賞して天師の位を授け、『雲中音誦新科之誡』20巻を与え、「三張の偽法、租米銭税や男女合気などの妖術を一掃すべし」と命じ、服気導引口訣の法を授けたという。

423年に李譜文から『録図真経』60余巻と鬼神を駆使する法、金丹雲英八石玉漿の秘法を受け、翌年に北魏の世祖に書を献じたが、宰相の崔浩が特に寇謙之に師事し、さらに帝に勧めて都・平城の南北に天師道場を起こさせた。五層の重壇にして120人の道士を仕えさせ、一日6回の祈祷を行わせる。世祖は非常にこの天師道を尊崇し、自ら「太平真君」と称し、仏教を排斥するようになった。442年に世祖は道壇に登って符録(道士としての資格の一つ)を受けた。

寇謙之は仏教の戒律などを参考にして、「雲中音誦新科之誡」をさだめた。さらに修業の段階に応じて資格を与え、師弟の関係を秩序づけ、道教の組織を寺院・教会のように確立した。中国北部における道教は、以後の王朝によって国教に準ずる扱いを受け、唐代以降の隆盛を準備するのである。

つまり道教の歴史は、太上老君(老子)に始まり、その力を神となった老子より、授かった五斗米道(天師道)の張陵、新天師道の寇謙之等が神上がり、太一道の簫抱珍に発展伝達していったものである。
 (つづく)

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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その1)

道教と仙学 第2章
4、南北朝の道教の改革と成熟
 東晋後期から南北朝にかけて、全国的に道教の改革が進んだ。新しい道派が次々に現れ、中国道教は著しく発展した。北朝の寇謙之は太上老君の命に仮託して道教を整理し、新天師道を建てた。彼は漢朝の制度を模倣した早期の天師道の形態を改変して封建政権との関係を調整し、天師道を教会式の宮観道教に移行させた。南朝の陸修静と陶弘景は、先の天師道の改革を受けて三洞経書をまとめ上げ、霊宝派と上清派を教会式宮観道教へ成熟させた。

 (1) 寇謙之の天師道の改革

 寇謙之(365〜448年)は関中馮翊の士族の家庭に生まれた。天師道の世家の子弟でもあり、早くから道を慕い、長生術を修行していた。姚秦の時に仙人の成公興に付いて崇山に入って修練し、石室に隠れ住み、服食採薬をしていた。記録によると、7年後に成公興は尸解して昇天したが、寇謙之はたゆまず修行を続けた。姚秦の弘始十七年(415年)、その真摯さに打たれた太上老君が山頂に現れ、寇謙之に天師の位を授け《雲中音誦新科之戒》二十巻を賜った。太上老君は「私を広く知らしめ規律を新たにして、道教を整理し、三張偽法・租米銭税および男女合気の術を除去せよ。大いなる道は清く虚ろであるのに、どうしてこのような事があるだろうか。礼を意に介すことを第一とし、そしてこれに服食閉煉を加えよ」(《魏書・釈老志》)と彼に命じた。寇謙之が老君から授かった《雲中音誦新科之戒》は、現在の《道蔵》の《老君音誦戒経》であるが、現存しているのは一巻だけである。寇謙之はこれによって大々的に天師道を改革した。天師道の道官の世襲制を廃し、「才能のある者を選んで隠さず教える」という師弟制を採用した。教えを守っていくという世襲制の長所を留めながら、教主・道官の子孫が愚劣になって「道の教えが曖昧になっていく」弊害を避けようとした。また、彼は北方で道官が依然として用いていた蜀土二十四治の号の旧例を廃止し、道官や祭酒が任意に人から金銀財貨を取り、非現実的な規定が氾濫し、図書や仙方を偽造するといった混乱状態を改善した。彼は、天師道を神仙道教に沿って発展させた。寇謙之が新しい教義の中で最も重視したことは道戒を奉じ守ることだった。彼は道教の戒律を増やし、天師道の道戒と儒家の倫理規範を一つにしたが、これは朝廷が封建制度の秩序を維持していくための道具となった。そのほか、寇謙之は、無闇に房中術を伝え教団の気風が淫猥になることを防止し、斎E礼拝などの宗教活動を強化するために礼儀手順を詳細に規定した。これによって天師道の宗教性は向上した。

 天師道の改革が順調に進みだした北魏の明元帝泰常八年(423年)に、老君の玄孫の牧土上師李譜文が寇謙之の真摯さに打たれて崇岳に現れた。彼は寇謙之を仙人に名を列ねさせて《図録真経》六十余巻を授け、北方太平真君に彼を輔佐させた。寇謙之は《図録真経》(今はすでに散逸)の中で道教の神仙の系譜を新たに編纂し、諸神の壇位・衣冠・礼拝儀式にも格付けをした。これは実際には世俗の士族の階級制を神仙の世界に投影し、道教の倫理に封建制度の倫理を持ち込んだものである。また、彼は「劫運」説などの仏教思想も取り入れ、予言を行い、道教の国教化を推進した。彼は天師道の財源を変え、三張の「租米銭税」制度を廃し、士族や朝廷の援助によって道館を建てた。朝廷の命令によって館戸(つまり道館で労役に服する隷戸)に「道正」を設け、道教は政府によって管理されるようになった。道館は、北方では観とも呼ばれ、大きいものは宮と呼ばれた。道士は最初は山洞のそばに家屋を建てたが、のちに都市にも道観を建て、南北朝の時代には「館舎が林や薮のあちこちにある」といった状態になった。これは後世に教会式の宮観道教に発展していった。

 寇謙之は天師道を国教にするために「帝王の師になる」ことを考え、《図録真経》を携えて下山し、新しく即位した魏の太武帝の拓跋に身を寄せた。はじめのうちは太武帝は寇謙之を重視せず、朝廷や在野の士族たちもその言葉に対して半信半疑だった。儒学の世家の出身で官僚だった崔浩が寇謙之と交わりを結ぶようになると、崔浩は皇帝に寇謙之を推薦した。《図録真経》を神聖化することは、中原の支配者になるという拓跋の野心に迎合していたので、拓跋は寇天師を崇めるようになった。天師道の道場が首都の東南に建てられ、《図録真経》は広く人々に知られるようになり、寇天師によって新しい道教が盛んになった。魏の太武帝は大夏に兵を進めようとしたが(423年)、北方を統一する戦争に対して軍の指揮者はおじけづいてなかなか同意しなかった。しかし、寇謙之は太武帝に「必ず勝つ」と予言したので、魏の太武帝は自信を持って鮮卑の騎兵を率いて次々と大夏・北燕・仇池などを滅ぼした。これによって北方は統一され、五胡十六国の争乱は終結した。戦争中には崔浩と寇謙之は軍に随行して功を立てた。北魏の拓跋は鮮卑が黄帝の子孫であると称して積極的に漢文化を学び、世家大族の漢人を登用し、天師道を発展させた。西暦440年、寇謙之は拓跋のために福を祈り、高潔なものを感じて「太平真君」の号を授け、年号を太平真君元年と改めさせた。また、太武帝は天師道の儀式に従って道壇で道教の符を受けた。寇謙之以後の天師道は道士に対する受の儀式を非常に重視し、「」は道士の証明書となった。弟子は受の前にまず道教の戒律や護符などを受け、それから正式な天師道徒になることができた。これ以後、天師道は北魏で盛んになった。皇帝が即位する時に道教の符を受けることも定例となり、元始天尊や諸々の神像も奉じられるようになった。かくして、天師道は北方の上層社会でその地位を強固なものにした。


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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その2)

 (2) 魏の太武帝の滅仏と北方天師道の衰退
 道教が盛んになると、仏教との対立が激しくなった。もともと仏教は中国では方仙道の神仙の学を借りて布教していた。魏・晋や南北朝の時代には、北方の仏教は神仙道教に付き従い、南方の仏教は玄学に付き従っていた。仏図澄などは教えを伝える一方で、咒を唱えて鬼を駆ることもでき、法術占験を行って神僧と号していたので、実際には神仙道士と同じようなものだった。その後、仏教経典が大量に翻訳され、各地に高僧が増えていくと、次第に仏教の本来のありようが人々に知られるようになった。北方に五胡が入り乱れると、仏教は少数民族にも伝えられた。後趙の時には、石虎が仏図澄に心酔し、積極的に仏教を推奨したので、多くの漢人が出家し、寺院が国内のあちこちに建てられた。石虎などの少数民族の国主が仏教を信奉したのは、仏教を借りて漢文化に対抗しようという心理があったからでもある。彼らは「朕はもともと漢人ではないし、仏は漢人の神ではない」と考えていたので、仏を崇めるようになったのも自然な成り行きだった。仏教が盛んになると、それは北方で漢文化を代表する儒学の世家のねたみを買うこととなった。崔浩は儒学の士族の出身でったので、仏教のような優れた異文化を非常に憎悪した。魏の太武帝拓跋ははじめは仏教を悪くは思っていなかった。しかし、のちに寇謙之と崔浩に影響されて誠実に道教を信奉するようになり、また北方を統一する戦争では割拠政権を助ける僧侶と何度も敵対したので、次第に仏教を嫌悪するようになった。崔浩は機会をつかんで仏教を滅ぼすよう太武帝をそそのかし、太武帝は太平真君七年(446年)に仏教を滅ぼせという命令を下した。魏の太武帝は中原の支配者となるために、漢文化を崇め、鮮卑族が黄帝の正当な子孫であると考えるようになった。彼が、「朕は異民族ではなく、異民族の神を事としない」と天下にアピールするために仏教を滅ぼそうとしたことも自然な成り行きだった。

 仏教を弾圧したことは仏教を信奉する鮮卑の貴族の反発を招き、拓跋氏の政権内部の対立が激しくなった。寇謙之は僧侶を虐殺することには賛成しなかった。彼は死ぬ前に天師道がやがて政治闘争のあおりで衰退していくことを予測していた。寇謙之の死後、崔浩は鮮卑の貴族の反発から死刑にされた。ほどなく、西暦452年には太武帝も殺された。後世の皇帝はみんな才知があり仏教を信奉したので、天師道は衰退していった。特に北斉の文宣帝高洋の時には、天保六年(555年)に道教を廃止する命令が下され、寇謙之の天師道教団は断絶してしまった。



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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その3)

 (3) 陸修静が道教を広める
 陸修静(406〜477年)は、字を元徳といい、呉興東遷(今の浙江省呉興)の人であり、江南の著名な士族の呉郡の陸氏の出身で、東呉の丞相の陸凱の子孫である。神仙道教をあまり慕わなかったが、真面目に修行を積んでいた。名山仙洞を訪ね歩き、道書を捜し求め、元嘉の終わり(453年)には宋の文帝に招かれ、評判になったが、のちに朝廷の動乱によって廬山へ去り、隠居して修行した。宋の明帝泰始三年(467年)には再び皇帝の命令を受けて崇虚館で道書を整理し道教を広めた。陸修静は葛洪以来の道教学者であり、一生の間に多くの著述を残し、道教の発展に非常に貢献した。

 1、三洞経書を総括し、道教典籍を整理した。
 晋宋の頃には、三皇派・霊宝派・上清派の経典が増加し、真作と偽作が入り混じり、その優劣も様々だった。道教の歴史を考察してみると、仏教の影響によって道教が発展したということがよくある。東晋南北朝の道士たちが盛んに道教経典を著したのも、その当時、仏教経典がどんどん翻訳されていったことと関係がある(梁の武帝の時に翻訳された仏教経典はすでに5400巻に達していた)。道教経典は急激に増え、早急にそれらを整理する必要があった。陸修静は崇虚館に留まっている間に朝廷の収蔵する楊羲・許謐による《上清経》を手に入れ、《三皇経》・《霊宝経》の道書も収集した。彼は、最初にそれを三洞(洞真部・洞玄部・洞神部)に分類し、「三洞の弟子」と自称して《三洞経書目録》を編纂した。陸修静は洞真上清経・洞玄霊宝経・洞神三皇経の源流を考察し、文章を添削して条理を選別しただけでなく、経典の伝授の仕方も完成させ、それによって道教の宗教性を向上させた。梁のはじめに、孟智周法師が顕した《玉緯七部経書目》は陸修静の道書の分類方法を継承し、三洞のほかに四輔(太玄部輔洞真・太平部輔洞玄・太清部輔洞神・正一部総輔三洞)を加え、道書を「三洞四輔十二類」に分類している。その分類方法は、現在でも用いられている。道書の整理と分類は道教の歴史の中では大事なことであり、道教の発展に大きく影響した。

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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その4)

 
2、仏教の宗教形態を取り入れ、道教の戒規科儀を制定した。
 仏教は非常に整った宗教形態を持つ宗教であり、中国の民族宗教に対して一つの模範を示した。中国道教がその宗教性を向上させていくには、仏教の宗教形態を取り入れ漢民族の文化に適合させなければならなかったが、この過程は南北朝の時代に完成した。陸修静は《霊宝経》の中に仏教の三世輪廻・因果応報の説を取り入れ、徳を積み善を行うことや世の中の人々を救うことを強調した。《霊宝度人経》などの多くの道書に因縁業報・輪廻五道・天堂[天国]地獄などが書かれ、多くの仏教用語が取り入れられた。そのほか、《老君説一百八十戒》および五戒・八戒・二十七戒などは仏教の戒律とも似通っている。経典によって元始天尊あるいは太上老君が説法しているが、戒律の内容は儒家の「三綱五常」などの礼教規範と一致している。世の中の人々に善を勧めるという社会倫理思想がはっきり現れてきたことは中国の道教思想の大きな変化であり、道教が次第に成熟していった印である。また、陸修静は道教に多くの斎E儀式を制定し、道教の科儀を充実させた。陸修静は斎儀によって道士の身・口・心の「三業」をコントロールすることを考えた。彼は、身で礼拝し、口で経を読み、心で神を思い、身・口・心をすべて道に帰すことができれば、内外に侵略者が入り込むことはないと考えた。彼は天師道・上清・霊宝の諸派の斎法を総合した。霊宝斎の「有為」を主旨とする金・黄・明真・三元・八節・自然などの斎法に、三皇斎・指教斎・塗炭斎法などの古い斎法と無為を主旨とする上清斎の坐忘・心斎の二法を加え、「九斎十二法」と称した。かくして、斎儀は道士の伝経受戒や日常の修行、祭日の課業となり、彼らが社会の中で祈祷したり済度する法事や布教するための宗教活動ともなった。道教の宗教活動が規範化したことは明らかに道教が成熟していった印である。

 3、経派道教を改革・融合し、道館制度を発展させた。
 陸修静の時代には、南朝の天師道の祭酒制度も北朝と同じように非常に混乱していた。陸修静は一度は《陸先生道門科略》を著し、三張の旧法によって天師道を整理しようとしたが、あまり効果は上がらなかった。その後、彼は朝廷の崇虚館に身を置き、全国の道教の指導者の立場になった。彼は南朝の孫恩の反乱が失敗に終わったことで民間天師道が衰退し、士族の神仙道教の天師道が発展した事実や、符道教に属する天師道の特性を考え合わせ、彼自身の威信や著述によって上層の天師道と南方で盛んに伝えられた経派道教(三皇派・霊宝派・上清派)を一つに融合させた。また、修行の順序を区分し、体系だった段階に従って修行する経派道教を生み出した。この陸修静の道教の改革は道教の歴史の中で大事なことであるが、先人たちはこのことについてほとんど論述していない。陸修静の改革以降、天師道はその経から正一派(張道陵の《正一盟威》という道書に由来する)の経派道教に区分され、その派内に正一弟子(あるいは盟威弟子)・正一道士・正一法師(もとの天師道の祭酒)などの階級が設けられた。正一派は経派道教の中では最も低い位置に置かれた。道教に入門すると、最初に正一弟子となって正一派の経を受け、それから順々に三皇弟子・霊宝弟子となり、最後に最も高度な上清派の経を授かった。陸修静の修行する斎儀は、正一派の指教斎・塗炭斎に三皇斎・霊宝斎・上清斎を融合させ、階層的に区別している。三洞経を融合し体系だててクラス分けしたことは後世の道教に大きな影響を与えた。この改革は唐代の道階や経の授受制度、あるいは明代に正一派が三山符(竜虎山正一派・茅山上清派・閤 山霊宝派)を統一していく手本になった。そのほか、陸修静は南朝の士族の天師道が静室や道館を設けて宗教活動を行っていた現状を踏まえ、道館制度を推し進めて宗教の組織形態を成熟させた。この道館は昔の天師道の道治とは違い、その経済的な財源は信徒から集める米ではなく、官僚貴族の布施、朝廷からの勅賜や免役、直轄の田畑や建物などによった。道士は道階に従って道館内で宗教活動を行ったが、これは仏教の寺院制度とほぼ同じものだった。このようにして、教会式の宮観道教が形成されていった。

 陸修静は崇虚館を主宰していた時、朝廷から非常に尊敬されていた。また泰始七年(471年)に明帝のために三元露斎を建てると、堂の前に黄気が天に昇り、明帝の病気が癒えたので、大変な吉祥であると思われた。「先生は大いに法門を開き、奥深いものを取り扱い、朝廷も在野も気を配り、道士も世俗も帰心する。道教は興こり、ここで盛んになった」と言われ、道教の盛況ぶりは大変なものだった。陸修静は元徽五年(477年)に世を去った。おくりなは「簡寂先生」である。その有名な弟子には、孫游岳・李果之などがいた。南朝の優れた道士には、顧歓・孟景翼・宋文明・伯玉・劉法先などがいて、みんな道教の発展に貢献した。その中で最も有名な者は孫游岳の弟子の陶弘景である。


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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その5)

 (4) 陶弘景の創立した茅山宗
 陶弘景(456〜536年)は、字を通明といい、丹陽秣陵(今の江蘇省南京)の人で、士族詩書の家に生まれた。若いときから道術を好み、孫游岳に師事した。官吏などの職務は得意ではなかったので句曲山(今の江蘇省茅山)に隠れ住み、自ら華陽隠居と号し、弟子を率いて華陽館を建てた。王朝が斉から梁に交代した時、陶弘景は弟子を派遣して蕭衍を助け、図讖を推薦して国号を選定した。絶えず梁の武帝蕭衍と文章をやり取りしていたので、当時の人々は彼を「山中宰相」と呼んだ。朝廷の王侯公卿といった名士の中でも徐勉・江淹・沈約・蕭子雲といった多くの人が陶弘景の門下に入り、一時期非常に名声を博した。陶弘景は多才多芸で、天文・歴算・医薬・金丹・経学・地理・博物・文学芸術に精通し、80種余りを著述した。その中で現存している《真誥》・《登真隠訣》・《真霊位業図》・《養生延命録》・《本草集注》・《補闕肘後百一方》・《華陽陶隠居集》などは、どれも道教史や科学技術史にとって重要な著作である。陶弘景は茅山に45年間隠居し、門弟も多かったが、81歳で世を去った。おくりなは貞白先生である。

 陶弘景が道教の歴史において最も大きく貢献をしたことは、上清の経を伝承し茅山宗を創立したことである。彼が著した《真誥》は、顧歓の《真跡経》をもとに楊羲・許謐の伝える上清の秘訣を整理したものである。これは上清派の歴史・方術・教義を記述した重要な著作である。《登真隠訣》は《上清経》の符・存思・内視・導引・服気といったさまざまな昇仙の法を記述している。茅山は、漢代には三茅真君(茅盈・茅固・茅衷)が仙道を修行したことで有名になり、六朝時代には神仙道教の聖地になった。陶弘景は弟子を率い、七年の年月をかけて堤防を修理し田畑を開墾して茅山を切り開き、道館を建設して上清派の道教教団を設立した。これによって茅山宗は上清派の中心になり、南北朝から隋・唐に至るまで、茅山派からは有力な人が出て、道教史に大きな影響を与えた。茅山上清派は基本的には知識人によって組織された道教教団で、個人の文化修養や経典の研修を重視した。その道士の多くは詩を作ったり書道に励み、文才があった。茅山上清派は経派道教の中で最も優れたものに属し、有名な道士が比較的多く出た。

 陶弘景は博学多才で、詩詞文章・棋琴書画・養生医薬・金丹冶煉・卜筮占候などで精通していないものは一つもなかった。彼の《養生延命録》は道教養生学の養神・煉形・行気・房中術など多くの方法を総括している。医薬学では薬物の品種(玉石・草木・虫獣・果・菜・米・実など)による分類方法を考え出し、道教医薬学の体系を充実させた。特に、彼は葛洪の後を継いで金丹派道教も発展させ、硝石(KNO3)の炎による鑑別方法を提案している。

 陶弘景は《真霊位業図》を著して道教の神仙の体系も整理し、元始天尊を頂点とする神仙の階級序列を確立した。道教の最高神(元始天尊)の確定と神仙の系譜の階級による序列は、道教が封建の階級制度を擁護する必然性を反映したもので、道教の神学が成熟した印である。南朝の道教は、陸修静や陶弘景の改革によって内容的にも形式的にも成熟し、教会式の宮観道教へ変化した。

漢代に茅山で仙道を修行し、神仙に成ったといわれる。のち、晋代に彼らを含む神仙たちが霊媒師の楊羲に降ったことから茅山派が始まったといわれる。

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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その6)

 (5) 南北朝時代の仏教と道教の争い
 南北朝時代は、中国の伝統文化の中に儒教・道教・仏教の三教が鼎立するという文化構造が次第に確定した時代である。この構造が形成される過程で、内外の文化が激しく対立した。南北朝時代には仏教経典が大量に中国語に翻訳され、寺院は日増しに経済力を増し、僧侶は国内のどこにでもいた。その勢力は道教を超え、神仙方術や玄学といった外套を脱ぎ捨て、独立した正統な文化地位を奪取した。三教の争いは、最初は儒教と仏教の間で展開した。たとえば劉宋の元嘉九年(432年)には、天文家・数学家が《報応問》によって仏教の因果応報説を批判すると、仏教徒は《答何衡陽書》を著して弁解した。この種の争いは鬼神の有無や応報の虚実からだんだんと死後の霊魂の有無つまり精神と肉体の関係へとエスカレートしていき、梁代には範糸真が《神滅論》を著して争うまでになった。仏教がはじめて中国に入った時、布教の必要性から、老は関を出て西へ去り「その終わるところ知るなし」という司馬遷の《史記・老子伝》の記述をもとに、老子は西方で「インドに入りブッダになった」という説が作られた。そのために仏教は中国文化と同じものであると認められたのである。後には《老子化胡経》(西晋の道士王浮の作であると伝えられている)が世に出た。その説によるとブッダが西方でインド人の仏となった老子や関尹子の弟子であると見なしている。南北朝以降、仏教徒は《老子化胡経》の真偽を巡ってに度々議論を繰り返して道教を攻撃し、2つの宗教の優劣を論争した。道教徒も儒教と連合し、「夷夏の辯[中国と異国の言い争い]」や沙門は王者を敬うべきか否かなどの問題を出して仏教を排斥した。仏教は極力中国の国家権力に従属し、「忠孝」の倫理観念を受け入れ、次第に中国化していった。

 南朝の宋斉の頃には有名な道士の顧歓が《夷夏論》を著し、道教を聖教であるとして褒め讃えたが仏教を戎法としてけなしたので、仏教徒から集中的に非難を受けた。その後も南斉の士族張融の名を借りて《三破論》を著した道士があり、仏教には礼教の倫理に合わないところがあるので「国に入って国を破り、家に入って家を破り、身に入って身を破る」と述べた。また、「老子化胡説」を根拠にして、老子は「胡人が粗野なので、その悪の種を断とうと考え、男に妻を娶らせず、女は夫に嫁がせず、一国に法を伏し、自然に滅びるようにした」と述べて仏教を侮辱した。仏教徒も《老子大権菩薩経》・《清浄法行経》など少なからず経典を偽造して道教と儒教を陥れようとし、「ブッダが3人の弟子を中国に派遣して教化したという説」を作り出した。その説によると、「摩訶迦叶、彼は老子と称した」と言い、儒童菩薩はすなわち孔丘、光浄菩薩は顔淵である。三教のののしり合いの言葉はどんどん劣悪になったが、三教を調和させようという考えも次第に起こってきた。梁の武帝蕭衍は天子の位を譲り受けた心理的なプレッシャーを取り除くために仏教によって罪業を除こうとしたので、仏教は南朝で盛んになり、三教を融和しようという動きも盛んになった。天台宗の三祖慧思禅師が著したといわれる《誓願文》には、「諸々の賢聖に私を補佐してくださいと願い、好芝草や神丹を得た」、「外丹の力を借りて内丹を修め、衆生を安らかにしようと思いまず自分が安らかになる」と述べてある。これは仏教に道教が引用された例である。陶弘景は「かって夢で仏がその菩提を記して授け、名を勝力菩薩と為し」、「五大戒を誓い授かった」し、浄土宗の始祖の曇鸞は道術を授かった。これらは仏教と道教の両方を修行していた例である。

 北朝の仏教と道教の争いは、南朝の文章による言い争いとは違ってそこに皇帝の利害関係もからみ、仏教あるいは道教の弾圧という形になった。前に述べた魏の太武帝の仏教の弾圧のほかにも、北周の武帝宇文が仏教と道教の両方を弾圧した。北周の武帝は国をよく治めることに尽力した名君であり、道教・儒教を信奉したが仏教は好まなかった。当時、仏教の経済力は大きく膨らみ、僧侶や寺の小作人はどこにでもいて、寺廟は州都のあちこちにあり、国家の財政にも影響を及ぼしていた。そこで、北周の武帝は何度も三教に論争させて三教の優劣を定めさせ、仏教を廃止するための世論を作った。甄鸞は《笑道論》によって道教をけなし、道安は《二教論》を書いて仏教を崇めて道教を抑えた。道士も《道笑論》を書いてこれに対抗した。何年かの論争を経て、建徳三年(574年)に武帝はやむをえず仏教と道教の両方を廃止する命令を出した。沙門・道士は還俗させ、「三宝福財は臣下に分け与え、寺観塔廟は王公に賜った」。ほどなくして、皇帝の命令によって通道観が建てられ、道士・僧侶を選抜して観に入らせ、《老子》・《荘子》・《周易》を研究させた。通道観に入った道士・僧侶は通道観学士と呼ばれた。また、通道観の道士の助力によって、《無上秘要》という道書が書かれた。これは道教史の中では重要なもので、総合的な道教の類書である。

漢代の司馬遷の著した《史記》では、関を出て西へ去り「その終わるところ知るなし」とある。《老子道徳経》を著したこと以外にはっきりした経歴はわからないが、後世には多くの伝説で粉飾された。
   
道教でも重視される《老子道徳経》は、彼の申し出に応じて老子が著したものである。老子同様、実像については全く不明であるが、《列仙伝》などによれば、老子に従って西方へ去ったといわれる。


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寇謙之について、もう少し詳しく、そしてその時代的背景を知っていただくように、「仙学研究舎 ホームページ」より以下に転載いたします。(その7)

 (6) 楼観道の起こり
 古楼観台は、今の陜西省西安市の南にある終南山の山麓の北にあり、周の時代には関尹子の邸宅だったと伝えられている。《漢書・芸文志》によると、関尹は「名を喜といい、関所の官吏だったが、老子が関を過ぎると、喜は官吏をやめてこれに従った」と注釈してある。後世の仙伝では彼を関令尹喜と呼んでいる。関隴の士族天水の尹氏は関尹子をうらやみ、道教を信奉したその子弟のほとんどが楼観に住み、尹喜の子孫であると称した。魏・晋の神仙道教の道士梁堪は楼観に住んで修行し、鄭法師と仙人の尹軌(山西省太原の人、武当山の神仙道士)から神仙方術を伝授され、晋の元帝大光元年(318年)に仙去した。その弟子の王嘉は、字を子年といい、陜西安陽の人だった。彼は著名な道士であり、苻堅と姚萇に非常に礼遇され、《拾遺記》や《牽三歌讖》を著した。王嘉は孫徹に伝え、孫徹は馬倹に伝え、楼観道団を形成した。北魏の太武帝の時、楼観道は次第に盛んになった。その中の優れた道士には尹通、その甥の尹法興、弟子の牛文侯、王道義などがいた。彼らは楼観に住み、道教経典を購入し、不動産を増やし、広く功徳を施し教団を拡大した。魏の孝文帝の時、王道義弟子の陳宝熾は、常に《上清大洞真経》を読み、未兆先知の術(予知能力)を持っていた。その弟子の李順興・侯楷および侯楷の弟子の厳達も優れた術を持ち、一時期名を馳せた。北周の武帝の宇文が仏教と道教を廃止した時、特に厳達・王延・蘇道標・程法明・周化生・王真微・史道楽・于長文・張法成・伏道崇の十人を招き、通道観に入らせ修道させた。世間では彼らのことを「田谷十老」と呼んだ。隋・唐の時代には、楼観道はさらに勢いが盛んになった。

 楼観道の道士は太上老君を尊び、尹喜を慕い、《道徳経》・《老子西昇経》などを研究した。それは、神仙道教と北方新天師道が結び付いたものだった。その後、南方の陸修静や陶弘景の経派の道法が華山の陸景・焦曠・韋節などの道士によって楼観に伝わり、楼観の道士の王延も華山で修行をしたので、南北朝時代後期の楼観派の道法は南北の道教が融合していた。楼観の道士は《老子》・《荘子》・《列子》・《周易》を研究していただけでなく、上清経法も修めていた。楼観道は隋・唐にも盛んに伝えられ、宋代まで伝承されていた。

 

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五斗米道の張陵(34?〜179?)や、新天師道の寇謙之(363〜448)が道教を発展させたのであるが、その指導は老子の神によるものが大きい。そこで、老子の神に次のような質問をしてみた。

「老子の神へ いつごろ活躍されたのですか?」
その回答は、

孔子(BC.551〜BC.479)が生まれる前から生き、孟子(BC.372〜BC.289)が死ぬ頃まで、生きていたことになります(この間262年間)。

「それでは、何年生きていらしたのですか?」

生きていたのは、358年間。最後は、風のように消えてしまいました。
日本で言うならば、長寿で有名な武内宿禰(364年間生きたと言われる)とほぼ同じ位、生きました。
彼の後胤(こういん)の一人が貴方(増田)にあたります。
彼も、私も、肉体を残さず罷(まか)りました。(尸解仙=しかいせん という)

その間、肉体があったというだけで、ただただ、風のような存在でした。 人として活躍したのは、やはり80年ほど。 その後は、ほとんど老衰生活のような状態です。

肉体は、どんどん老化をしていきましたけれども、精神はより高度に発達していきました。判断力は、ますます研ぎ澄まされ、魂からの導きを受け、多くの情報を得て、更に神からの導きも受け入れることが出来ました。(この自らの魂の声を聞く方法が、日之本元極の「声聞法」と「声聞遊歩功」である。)

貴方の知っている普善禅師の最後もそういう状態だったと思います。

人が、360年生きるとは言いますけれど、肉体上の老化は、いかんともし難く進んでいきます。けれども肉体を維持して、生命を保ち続けることは、条件が満たされれば可能だといえます。


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老子の神は続けます。

私が、日之本元極の存在の土台のところを積み上げたということをとても喜びにしています。

そして、あなたがたが、より発展させて、近代的な現代の状況に合うように、進化させてきたこと、作り替えてくれたことは、嬉しく思っています。そして、神の要求に沿って、終末の世を綱渡りのような生活を強いられていることは、現代という時代が総てにおいてスピードアップされ、流されていっている事を考えれば、やむを得ないことかも知れません。

私の時代には、もっと、ゆったりと時が流れてきました。けれども、あなたがたの時の流れは、とても細切れで速く、次から次に課題が与えられていて、めまぐるしい限りです。

孔子や孟子は、私が、神の言葉や魂の導きを受けた言葉を伝えて、論を説いてきました。彼らは、それを具体的に書物としてまとめ上げるという功績を残しました。

論を説くのは、私です。それを文章にして整えていくのが、彼らです。
論を諭したことをまとめて、書物として、規律正しく整理してくれたのが彼らです。もちろん彼らは、彼らとして「説」を持ってはいましたが、わたしの説も取り入れて、記録を残してくれたわけです。

あなたがたは、わたしのように、長い時間を生きる時間を与えられてはいませんが、もっと、凝縮した短い期間にいろんな事をしなければ行けない運命です。
いずれにしても、きわめて重要な役割を与えられていることを言及しておきます。

日之本元極功法の敷衍(ふえん)は、人類の発展に繋がっていきます。
あなた方の活躍と、人々の元極功法への目覚め、修錬の継続を願っています。


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武内宿禰(たけのうちのすくね)は、なぜ300年以上も生きたのか―1

老子の神は、肉体を持って生きたとき、人としての行動はほぼ80数年であったとおっしゃった。しかし、我が祖先・武内宿禰に関する言い伝えでは、下記のように永く肉体も動いて何代もの天皇に仕えたようだ。

12代 景行天皇
13代 成務天皇
14代 仲哀天皇
    神功皇后
15代 応神天皇
16代 仁徳天皇    在官 計240余年


生きているだけでも不可能に近い上、何故そんなに永く肉体動かすことが出来、活躍できたのか、ご本人いや、ご本~に聞いてみた。

肉体を長く持たせても良いという、宿命の命を頂きました。
神の言われるとおりの導きに従ったが故に、その命を全うして生きることを許されました。
私は、360余年生きた証として歴史に残る偉業を受け持ちました。

けれども、私自身がなしえたこと、というよりもむしろ、神の導きに従って、役割を果たした結果、長く生き延びたというだけのことです。あなた方もすでに感じているように、矛盾に充ちたこと、例えば、我々が行った朝鮮征伐のようなことでも、神の導きにしたがって、神の意向に従って、行動した結果、長く命を与えられた訳です。


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武内宿禰(たけのうちのすくね)は、なぜ300年以上も生きたのか―2

宿禰の神は続けて私を諭します。

神々の導きに対しては、その時々、不満に思ったことも多々ありましたけれども、私はそうせざるをえないような運命を背負って生きてきました。人の考え及ぶ短い期間での道理や、狭い了見では不合理に思ってしまうような導きも多くあります。永く、広い、大きな流れの中での、たった一つずつの導きですから、不承不承でも従って行動することです。

それについては、あなた方もおなじでしょう。その指示に従わずにその他の道を選択できる方途も有ったのでしょうけれども、私は、神の導きに従って生きたので、長い間生き延びることを許されました。神のおかげをもって、健康な肉体が与えられたのです。

けれども、最後には、その肉体も風化して消えていくということが起きて、肉体もこの世から消えていきました。

老子の神は、80年ほどしか肉体は動かなかった、と言われましたが、武内宿禰の神は、二百数十年も肉体が生存して動いたのですか?

増田に伝えます。
私は、肉体を動かさなければいけない役割だったので、動いたのです。老子は、思索を伝える役割でしたから、肉体を動かす必要は有りませんでした。
単なる役割の違いと言えます。


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2009.8.7    【気功講義|功法の力】

緑の大便が出る訳

日之本元極の貫頂や、心身共鳴神法、点竅通経秘薬法などを受けたり、
効力の高い功法にステップアップして錬功をしたりすると、緑色の大便クローバーが出ることがあります。

或いは、高いエネルギーを放出している「龍の旗」をお腹に巻いていたりしても、出ることがあります。

初めて経験する多くの方々は、ビックリなさってお問い合わせを頂くことが多いものです。こんなに悪いモノが私のお腹につまっていたのか?とか、
身体がおかしくなってしまったんじゃないのかと、ご心配のことだと思います。

こんな不思議な便が、どうして出るのか?

このとき、良いにおいがしませんでしたか?
悪いニオイの成分が減少し、草のようなニオイがしたと思います。

つまりは、草にある葉緑素などの色素と同じです。腸のなかの腸内細菌が、腸の中のものを食べ尽くし、腸内細菌や腸の中の古い細胞がごっそり抜け落ちていく、それが、エネルギーがたくさん入ったときの腸の様子です。

前述の効果の高い功法によって、通常では考えられない量のエネルギーが作用することで、善玉の腸内細菌は活性化されて、幾多の分裂を繰り返して、更に善玉を増やします。
自分たちが増えたこと、増えた結果、腸の中の古い細胞をはがして処分するようなことが起きています。

これは大きなエネルギーが作用することによる、かつて経験したことの無いような新陳代謝がお腹の中で起こっている証なのです。

細菌などの死骸としての大便が、緑の大便となって、排泄されているのです。
「私のお腹は、今新しく生まれ変わって居るんだ。」と思って、ご安心下さい。

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2009.7.23    【気功講義|元極功法】

皆既日食と天目(1)〜(5)

もうすぐ沖縄で皆既日食を見ることができると云うことで、一部TVなどで盛んに取り上げられています。
その中で必ず出てくる注意事項が下記のようなものです。

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(世界天文年2009日本委員会のH/Pより)
危険回避のために
太陽を肉眼で直接見つめることは、たとえわずかな時間(1秒足らず)でも目に重大なダメージを及ぼす危険性があることを知っておいてください。誤った方法での観察は、網膜障害(*)や視力を失う危険性があることを十分に知っておく必要があります。

*日食観察にともなう網膜障害は「日食網膜症」と呼ばれ、日食が起こるたびにその症例が世界中で報告されています

“まぶしくない”=“安全”は間違いです

たとえ、サングラスや黒い下敷きなどで太陽の光が暗く見えても、それは可視光線(人間の目が感じる光)を弱めているだけで、目に悪影響を及ぼす赤外線(熱線とも呼びます)はさえぎられていない場合がほとんどです。いくら可視光線を弱めて“まぶしくない”状態で観察をしても、人間の目が明るさを感じない赤外線が、知らず知らずのうちに目に大きな障害をもたらす場合があることを知っておきましょう。
人間の目が感じない紫外線についても同様で、可視光線を弱めているだけで紫外線が目に届いている可能性もあります。

安全に太陽(日食)を観察するためには、その安全性が確認された太陽(日食)観察専用の器具(日食グラス等)を使用することをおすすめします。
長時間の観察は危険です

太陽(日食)観察専用の器具(日食グラスなど)を使用しても、長時間続けて太陽を見続けることは避けてください。
専用の日食グラス等は、可視光線はもちろん、紫外線や赤外線といった有害な光線も弱めてはいますが、それらを100%さえぎることはできません。観察は適度に目を休めながら行いましょう。続けて見るのは、長くても2〜3分間を限度としてください。

一般的にやってはいけないこと(危険を伴う観察方法)
太陽を直接見てはいけません
一般のサングラスで直接太陽を見るのはやめましょう。
サングラスで太陽を見てはいけません

危険を伴う減光方法
たとえまぶしくなくても、赤外線によって目に重大な障害をおよぼす可能性があります。
また、安全性に問題がある場合もあります。

×黒い下敷き、色のついた下敷き
×アクリル板、プラスチック板
×CD、DVD
×スモークガラス
×黒いゴミ袋、お菓子の袋など
×写真撮影用の減光フィルター(NDフィルターなど)
×ろうそく等で煤(すす)を付けたガラス板
×現像済みフィルムの黒い部分(切れ端)
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「階ふた」日之本元極功法や、二部中華元極功法では、太陽を一日に何十分から何時間かの間、毎日見続ける功法があります。そんなことをしても、何故、失明しないのでしょう。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

日食網膜症 天目と太陽

「階ふた」日之本元極功法や、二部中華元極功法では、太陽を日に何十分から何時間かの間、見続ける功法があります。そんなことをしても、何故、失明しないのでしょう。

通常の人では、日食の時に数分間太陽を、道具を使って見るだけでも、日食網膜症に何千人もなってしまうのです。
酷い場合には、網膜が焼けてしまいます。

元極修練者が太陽を見続けても大丈夫なのは、「天目」が開いているからです。

天目が開いていると、どうして、日食網膜症を起こさないのか?
なぜ、肉眼で太陽を見れるのか。なぜ、障害が起きないのか?

肉眼で見てはいけないというのは、物質として光を見ようとして、その光が目に入り、同時に太陽のエネルギーも同じ経路を辿(たど)るからです。

焼けてしまうほどの強力なエネルギーを太陽が持っているということです。

天目が開くということは、無形の太陽のエネルギーそのものは、天目で受け取り、肉眼では、物質的な光だけが入ります。

光だけが入ったところで、眼が焼き付くほどのエネルギーは無いわけです。
天目の開いた元極修練者は、天目にエネルギーが集められ、身体の中に供給されるというようになります。肉眼で太陽を見るときには、光だけを眼がみつめ、天目にエネルギーが入りますから、光を見つめ続けることが出来るわけです。

現代科学においては、光と無形のエネルギーを分離する技術力と、その概念すら有していないのです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

天目の存在、天目の効能などは全く科学的には解明もされていませんし、しようともしていません。

それが過去の人々の中には判っていた人も多くおり、仏像などの額に第三の目が描かれているのをご覧になった方も多かろうと思います。

元極功法では、歴史的に「貫頂・開天目」という手法を伝達してきており、その能力を渡されている者には、簡単に他の人の天目を、何人でも開けることができます。

天目さえ開いておれば、網膜が焼き切られるほどの大きな太陽エネルギーが、人体的には眼球や眼底にまで(物質的には)届かないので、太陽を直視しても大丈夫だということです。

太陽のエネルギーと光とを同時に眼球が受け取ることで眼の障害が発生します。
ですから、別々に天目がエネルギーを受け取り、物質的な光を見るのは眼であるということであれば、それほど問題は無いことになります。

それでは、安全だといわれる日食グラスで、太陽を視たときには、エネルギーが人体に全然入らないということになるのでしょうか?

その通り!!
眼にも悪くはありませんし、身体にも影響は全くありません。
つまり、太陽から届く莫大なエネルギーは、人には届かず、光のシルエットだけが、影絵のように見えるだけです。

もともと日食を見ようという人々には、エネルギーを受け取ろうという意識はありませんから、日食グラスを使って、安全に観測すればよいのです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

下敷きやサングラスで視ると危険だ。というのは、モノを通過してエネルギーが届いているという証拠です。

何を受け取るか。
物質や現象を見たいがだけのことですから、日食グラスを使っても、もちろん構わないのです。

「太陽の無形の恩恵」=無形のエネルギーの力がどれほど強力であるのか、ということが、このことを持ってしても分かると思います。

光のエネルギー、そのものが眼にとって悪い場合があります。
たとえば、白内障、緑内障などのように、光のエネルギーをあまり当てないで、安静にした方が、眼圧が上がらないとか、まぶしくて視るのが嫌だとか、いう場合には、光を見ない方が良い場合もあります。

けれども、太陽の光線の中でいたずらをしているのは、太陽の光ではなく、太陽の無形のエネルギーそのものであることが多いのです。

エネルギーを天目に集めることが出来るようになれば、人の人体に、いたずらをすることが少なくなります。完全に、100%無くなるということではありませんが、きわめて少なくなりますから、問題は減るでしょう。

光の部分と、エネルギーの部分を分離して、エネルギーだけをもっと身体の中、奥深くに取り入れてしまって、光だけが眼球を通過するようになれば、障害は少なくなります。

光そのもの自体が、網膜に影響を及ぼす「黄斑変性症」だとか、そういう病には、サングラスなどで遮断する必要があります。

太陽の光の中には、太陽の無形のエネルギーと、人が科学の力で測定できる光の成分とがあります。

現代の科学では、光としか捕らえていません。
そこに、大きな誤解があります。太陽のエネルギーは爆発的なエネルギーです。それは、光、明るさ、それだけではないのです。

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太陽光について、現代の科学では、光としか捕らえていません。
気功教室 日之本元極からのお知らせ-皆既日食

そこに、大きな誤解があります。太陽のエネルギーは爆発的なエネルギーです。それは、光、明るさ、それだけではないのです。
元極修練者は、そのことをよくよく考え、視野に入れて物事を考えてください。
そして、それは月も同じです。

月が雲に隠れたからといっても、月のエネルギーは、必ず人に届いています。肉眼で見える月の大きさが小さいからといって、そのエネルギーが少ないわけではありません。

太陽と月のエネルギーというのは、拮抗するほどの大きなエネルギーが送られているのです。月はややもすると、天体として小さいからといって、光も弱くみられ、エネルギーが月から送られているとは思われていません。

けれども、その存在たるや、燦々と輝く暖かい太陽と同程度に、拮抗する存在として、月はエネルギーを送り続けています。そのことも過去の元極修練者方より他に、知る人はいませんから、世の中に、そういう見方を元極功法と共に拡げていってください。
気功教室 日之本元極からのお知らせ-皆既日食
日と月のエネルギーを取り入れる功法が、今度の「階ふた」の大きな、そして偉大な功法となります。
これは、人の生命を延長させるために、きわめて有効な功法となるのです。

既に殆どの元極入門者は、天目が開いています。

これに加え、太陽や月より莫大なエネルギーを人体に取り入れることが出来るようになれば、先々の食糧危機や、種々のパンデミックに備え、それらを乗り越える肉体を手に入れることになるのです。

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2009.7.22    【気功講義|功法について】

高山「階ふた」講座を終えて

7月19日、20日と二日間にわたり、二年ぶりに開催される一連の「階ふた」講座の先頭を切って、高山新宮での講座が終了しました。
流石に難関である諸条件を克服してここまで登り詰めてきた方々だけに、終始緊張感を切らさず、且つ和やかに講座を進めることが出来ました。

今回、新たに加わった「日色月香」を含め教科書もA4版170頁ほどと大部になり、受講者も、次から次へと新しいことを頭に詰め込むのに大変だったことでしょう。

しかし渡された力も大変な大きなモノを渡された訳ですから、今後更にその力を活かすべく、ご努力いただきたいと思っています。

引き続き、今月来月中に、東京、宮城、名古屋でと開催されますので、高い功力を持った修練者仲間が数多く出現することに感謝と祝福をしたいと思います。

これだけ多くの「階ふた」修練者が誕生したのですから、「階み」講座の開催もそんなに遠くないと思われます。スタッフ一同も追いつき追い越されないよう、更なる養徳と修錬の積み重ねに励もうと、心を新たにしています。

気功教室 日之本元極からのお知らせ-双龍図

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2009.7.12〜7.15    【気功講義|神仏と功法】

滝原宮・滝原竝宮

昨日、一昨日とお呼びが掛かって、奈良、和歌山、三重と全走行距離千数百キロを走破してきました。
運転に疲れて、代わってもらい、助手席で3,40分うたた寝をしていました。

突然、目が覚め、
「そこを右に入れ!」
と、車を止めさせたのです。

すると、なんと、そこは「滝原宮」ではありませんか。
カーナビ任せで、別な所を目指して走っている最中のことでした。

つい先だって、6/25のブログで、「階ひと」、「階ふた」、「階み」の伝訣、画訣、観訣で
授けられた功力を増強する功法のご紹介の中にその名が出ています。
そのブログは、こちら

(つづく)


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり
この滝原宮には、以下の四つの神社が別社として祀られています。

滝原宮(たきはらのみや)  祭神 天照大御神御魂
滝原竝宮(たきはらのならびのみや)  祭神 天照大御神御魂
若宮神社   祭神 若宮神
長由介神社(ながゆけじんじゃ)・川島神社  祭神 長由介神、川島神


鳥居の脇の立て札に御由緒が書いてありました。
写真では、見にくいかも知れませんので、書き写します。

滝原宮は、皇大神宮(内宮)の別宮で、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)の御魂をおまつりしています。
皇大御神は、第10代崇神天皇の御代に、大和(奈良県)の皇居を大宮地(おおみやどころ)を求めて近畿周辺各地をお巡りになられました。
ついで第11代垂仁天皇の皇女倭姫の命が、御杖代(みつえしろ=お使い)として皇大御神を奉戴して、宮川下流から上流へと御鎮座の地を求めてお進みになられ、この地に新宮を建てられたのが起源です。
そののち皇大御神の御神意によって、再び伊勢の方へ向かわれましたが、この御由緒により皇大御神の御魂をおまつりして今日に至っています。なお二十年に一度の式年遷宮は、皇大神宮の翌年に斎行されます。
     神宮司庁<滝原宮>


  


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潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 くつろぎ

昨日、ご紹介しました瀧原宮の御由緒は大きく実際と食い違う所があります。
第10代崇神天皇の御統治の頃、この宮に移ったのは、天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)ではありません。

崇神天皇が、最初に娶(めと)った遠津年魚目目微比売(とほつあゆめめくはしひめ)は、早くなくなったようで、その後向かい入れた意富阿麻比売(おほあまひめ)との間に四子をもうけました。

しかし、第11代天皇を継いだのは、三人目に迎えた御真津比売(みまつひめ)の命との間に出来た6人の子の内、長子・伊玖米入日子伊沙知命(いくめいりひこいさちのみこと)=垂仁天皇でした。

この垂仁天皇が継がれることが決まったとき、 意富阿麻比売(おほあまひめ)と、その御子・八坂之入日子命(やさかのいりひこのみこと)は、崇神天皇に仕えていた部下を与えられ、宮をお移りになられたのです。

瀧原宮は、八坂之入日子命(やさかのいりひこのみこと)が入られ、瀧原竝宮には、意富阿麻比売(おほあまひめ)が祀られています。

この時代、世継ぎが決まれば、その他の皇妃と御子達は別宮に移るのが習わしになっていたようです。
(つづく)

瀧原宮
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瀧原竝宮
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瀧原宮の御由緒は大きく実際と食い違う所がありました。
崇神天皇第二妃とその御子は、崇神天皇に仕えていた部下を与えられ、宮をお移りになられました。

瀧原宮と瀧原竝宮については、昨日ご紹介しました。
それでは、その他、二つのお社には、どなたが祀られているのでしょう?

三つ目のお社、若宮神社には八坂之入日子命の長男がお入りになっておられます。この神は、歴史書に名はなく、第12代天皇、景行天皇妃である八坂之入日売命(やさかのいりひめのみこと=八坂之入日子命の皇女)の弟君にあたられるようです。

更に、崇神天皇、八坂之入日子命、若宮の神の三代にお仕えになった長由介神、川島神が長由介神社(ながゆけじんじゃ)・川島神社の御祭神として祀られている訳です。 

永い歴史の中で、史実は大きく曲げられて伝わってきています。


若宮神社
潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 伊勢神宮
長由介神社(ながゆけじんじゃ)・川島神社
潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり

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2009.6.24〜6.25    【気功講義|日之本元極功法功法について】

伝訣、画訣、観訣(1)・(2)

年に5,6回の特別講座では、その時にしか開催しないという、伝訣、画訣、観訣の講座とそれらの講座で授けられた功力を強化する為の功法が公開されます。
この伝訣、画訣、観訣は、「階ひと」、「階ふた」、「階み」共にそれぞれ存在します。

例えば、一番身近な「階ひと」で言えば、伝訣では具体的には「組場帯功」をすることが出来るように能力を授けられます。
画訣を受講すれば、「貫頂、開天目」が出来るように力を渡されます。
観訣では、「観る」力が飛躍的に大きくなります。

今年の四月に全国の修練者に一律、無償で功力の増大が行われた「開三門毛孔竅穴」のように、日之本元極の功法全般に底上げ的に功力が上がってきています。

今回の夏至講座で開催された「階ひと」伝訣や、「階ひと」画訣の受講者は、一年前程の受講者に比べ、明らかにその帯功、貫頂をする力が強くなっています。
特に「階ひと」画訣講座は、今年の三月「春分講座」から功力が追加して渡されるようになった為、「貫頂・開天目」をする力は格段に大きくなっています。

人の為、社会の為、有意義にそれらの能力を活かして戴きたいものです。

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伝訣、画訣、観訣という、特別な力を授けられる講座が存在することを申し上げました。
それらの講座を受講後、独自にその力を育てていけるように、それぞれ特別な功法が用意されています。各階、以下のような功法です。

       伝訣               画訣         観訣

階ひと  内宮・外宮(ナイクウ・ゲクウ)    五色倉(ゴシキソウ)  識眼功(シキガンコウ)
階ふた 滝原宮・竝宮(タキハラグウ・ヘイグウ) 五色光(ゴシキコウ) 心眼功(シンガンコウ)
階み   伊雑宮(イザワグウ)         五音和(ゴインホウ)  慧眼功
(ケイガンコウ)

今まで「内宮・外宮」と「五色倉」しか公開されていませんでしたが、秋分講座か立冬講座辺りには、「識眼功」を開催するつもりです。
また二年ぶり、来る7,8月に各地で「階ふた」講座が開催されますので、今年中には「階ふた」伝訣講座と「滝原宮・竝宮」講座を開催したいと思っています。
ご期待下さい。
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2009.6.20    【気功講義|元極功法】

「炎色水香(えんしきすいか)」 功法について

7/19,20の岐阜高山を皮切りに、東京、宮城・女川、最終は8/29,30の名古屋で開催します「階ふた」講座にて、新規追加される「日色月香(にっしきげっか)」の効能は非常に大きなものがあります。
元光の取り入れによる功力だけではなく、元気の取り入れ量とその移動の素早さ、が現す下腹部への効果には目を見張ります。

そこで「階ふた」にはまだ上がることが出来ない段階だが、早く腹部の疾患を回復したいという方のために、その元気の功力を持って、作用させるため「階む」の段階から修練可能な「炎色水香」を云う功法を開発しました。現在実際下腹部の疾患、大腸癌や子宮内膜症、肝機能が悪くなっておられる方、腎気虚している方、など多くの方が修練をされています。

それらの方々に少しでも早く回復いただくために、現在MDと教科書の制作を急いでいます。
夏至特別講座後、「階ふた」講座開催前に、その「炎色水香」の講座開催を設定します。


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下腹部に疾病をお持ちの方々に少しでも早く回復いただくため、現在MDと教科書の制作を急いでいる功法
「炎色水香」。夏至特別講座後、「階ふた」講座開催前に、その講座開催を設定します。

下腹部に多くのエネルギーが供給されるばかりではなく、 エネルギーが稼働する範囲が広がり流れることによって、経脈も開発されていきます。
経脈の開発が第一ではありますが、元音を得た気のエネルギーのスピードが早いこともあり、経脈のある所を流れますが、無い所でも気のエネルギーが流れます。

経脈がまだ十分に創られていない者でも有効に、作用します。
下腹部の病気の回復には効果的ではありますが、病状の原因が他にある場合(脳の構造等)には、いくら腹部を改善したとしても再発する場合もあります。この功法だけで、全てが解決するわけではありません。
潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 リラックス
けれども急性期の症状を取り除いたり、この部分に原因があって症状が出ている場合などには、きわめて有効に作用します。

臓器のどこに効果があるかという点について

下腹部全体にエネルギーが流れ、充満しますから、腎臓、肝臓、胆?、副腎、胃、十二指腸、小腸、子宮、卵巣、膀胱に大きな効果があります。大腸は、ほぼ全体に効果が出ますが、その下部である直腸、肛門などは、波及して成果が得られる場合もありますが、直接的には、難しいでしょう。膵臓にエネルギーを届けることもやや難しいといえます。

また健康なものは、わざわざこの功法をする必要はありません。用途や効能、自らの体の状態をよく考え受講願います。
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2009.6.17    【気功講義|元極功法】

元極功法の分類

功法には、その目的や効能によっていろいろな成り立ちがあります。それを大きく分類すれば、以下のようになります。

主に身体に作用させることを目的とした「動功」。名前に「動く」と有るから動くとも限りません。「坐式」は座ったままで動きませんし、站式(立式)も立ったままで殆ど動きません。

静功は、座って主に顕在意識と潜在意識を修する功法です。
その中間に位置するのが按摩法と手当法です。身体を触ったり、擦ったりすることで心身の調和を取ります。

その他に、以上の分類に入らない功法もいくつか存在します。

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動功 坐式−中華元極功法第二部「坐式」、
         日之本元極功法階ふた「坐式」etc.
    站式(立式)−日之本元極功法各階「立ち」、
             中華元極功法第二部「站式」、
             中華元極功法第一部「陰平陽秘」、
             日之本元極功法階み「慧心・慧印」etc.
    動式−「めぐりみ・めぐりき」、「日色月香」、「環排」、「清昇濁降」、
        「炎色水香」etc.    
    歩法−「声聞遊歩功」「みろくよ神仙遊歩功」etc.

按摩功 按摩法−日之本元極功法「階み按摩法」etc.
      手当法−「六神秘功」etc.

静功 各階各次元「静功」etc.

その他の功法 念訣法−「戻戻止痛」etc.
          呼吸法−「胎息」etc.
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潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-気功 自然 フィトンチッド 安らぎ 癒し
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2009.6.12〜6.13    【気功講義|科学では解明できないこと】

大きな節目−応神天皇、スサナルの大神(1)・(2)

昨日は、非常に大切な、そして宇宙の存続に関わる記念すべき日となりました。
この物質世界をも含む、3・4・5・6次元を統括されてきた「スサナルの大神」から、その統括する神の坐が「応神天皇の神」に引き継がれると云うことが起こったからです。

今後、終末の時を迎えるまでの限られた期間、「応神天皇」が
1.狡いものは罰せられる。
2.努力し、人の為に自らを生かす高徳の人々に最終的に日が当たる。
という政(まつりごと)を治められます。

先ず真っ先に、高山新宮神社にお入りになり、その後全国のきちんと祀られている(大きな神社、きらびやかな神社という意味ではなく、祀る心を持った人のいるところという意味です)八幡神社に御鎮座まします。

応神天皇は、神が人として生まれ即位された最後の天皇です。歴史的には15代天皇とされていますが、実際には18代天皇にあたります。また、日本書紀や古事記では、110〜130才の長寿とされていますが、人による禍にて夭折(ようせつ)なさっています。

心ある方々は、ご挨拶のご参拝をされますように・・・
潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-気功 日之本元極 道中

応神天皇がスサナルの大神より、6次元以下の総指揮を執る神の座を譲り受け、その座に着かれるに当たり、先ず高山・新宮神社にお入りになりました。そして、その後全国の八幡神社に鎮座ましまされたことをお伝えしました。

同時に今までスサナルの大神、いわゆる建速須佐之男の神(たけはやすさのおのかみ)、素盞嗚尊(すさのをのみこと)、神素盞嗚神(かむすさなるのかみ)、
牛頭天皇(ごずてんのう)、八千矛の神(やちほこのかみ)等の名で祭神として祀られている神社に応神天皇もお入りになり、その重責に着かれることとなります。

このことは、神社の存在が、神自体を祀るものではなく、神の役割に沿って、つまり神の坐の存在がそこに定められていることを顕します。
分かり易く言えば、神社とは役所のようなもので、そこの長が変われば、その場所に新たな長が入ると云うことになります。
スサナルの大神も勿論、祀られていますから、従来通りそこに依拠されています。
しかし坐の実権は、応神天皇に移っているということです。

それら実権移行の神社を具体的に言うならば、八坂神社、須佐神社、須我神社、氷川神社、熊野本宮大社、日御碕神社、八雲社、天王社、祇園社、熱田神宮などです。


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-気功 写真 エネルギー 意識
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2009.6.7    【気功講義|功法】

帯功中、何故目を開けてはいけないのか(1)(2)

「目を開けていると気が漏れる」ということについて少しお話ししてみたいと思います。

身体には多くの良い気(元極功法では元気という)や邪気(悪い気)、エネルギー(元極で言う元光)、情報(元極では元音)の出入り口があります。
殆どの方は、その出入りを自分でコントロールできません。しかし、いろいろな功法の修練者は、その一部をコントロールできるようになります。
まず頭部にあるその出入り口が何処であるか、挙げてみましょう。

鼻、目、など、出入りが可能なところは、開口しているところです。通常は、目、口、鼻、耳の出入りが可能になっています。そこから、浪費して出ていく事が多い者もいます。
潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,パナソニックLX3サイキック写真-日之本元極 気功 くつろぎ
有形の穴が有るわけなので、出入りすることになるわけです。
頭からは、五カ所の出入り口があります。四カ所(左右一対を一カ所と数えています)は有形。1カ所は無形の出入り口です。無形の一カ所というのは、後で述べる百会にあたります。

四カ所は、物の形をして存在して、原因として結果として、気を浪費する出入り口となります。

口、鼻、耳は、出入り口とはなりますが、入ってくることが多い。
しかし、目は、出る方が多いのです。
目から入る情報とは、耳、鼻などに比べ、非常に大量入ってくることも多いが、出る方はそれにも増して、多くの元気が出ていきます。
寝るときに目をつむると休まるのは、そのことに起因しています。

寝ているときに音が入っていても眠れる。情報が入ってきても眠れます。
しかし、目をあけては、眠れない。脳も身体も休まらない。それは、目から出て行くエネルギーが極めて大きいから・・・。
目を閉じることで、目からエネルギーが漏れることを防げるから、全身を休めることが出来るのです。   (つづく)



「目を開けていると、気がもれる」というお話の続きです。


目からは、気のエネルギーが入る量より、出る方が大きいという特質を持っています。
目を閉じると、出る量がせき止められるから、身体が休まります。気の流れる通路や出入り口には、本来、方向性があります。目は、外を向いてその通路が大きく拡がっています。
耳や鼻や口は、逆の方向性を持っているのです。

ロート状の出入り口をイメージしてください。目は、出る方向が極めて大きくなっているし、鼻、口、耳は、入る方が大きい。気の流れるロートの方向が逆に使われているということになります。

ですから帯功中に全身体表から、三元エネルギーを入れ体内の調整をしているのに、目を開けて垂れ流し状態では、効果が上がらないということになるのです。

もうひとつ、無形の気の出入り口・頭頂百会は、通潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,サイバーショット携帯S001 サイキック写真-日之本元極 気功 通りすがり常、エネルギーの出入りするところではありません。意識して、開く技術が与えられた者だけに、入る技術が与えられます。百会は、一番膨大に入ることを許されるところです。

無形の出入り口である百会の存在を知るものは、元極功法のみに限られています。この出入り口を活用するならば、他の出入り口のコントロールも可能になります。
そうした力を使って元極功法は、太陽や月のエネルギーを取り入れたり、何百頁もの書籍の情報を一瞬で受け取ること等が可能になっているのです。

毎日、仕事でお疲れの皆さん。
仕事中、考えている時間だけでも目を閉じていると、随分、気のエネルギーの消耗度合いが違いますよ。  (完)

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2009.5.22    【気功講義|日之本元極功法】

「階ふた」講座を新規開催するにあたって

【修錬段階と進展の為の条件】

従来までは、体内の元気が満ち、元光によって元気が奪われない状態まで、功が進んでいる者に限って「階ふた」講座受講を許可しました。

光のエネルギーを取り入れることは、「体内に取り入れた元光が身体の中の元気を奪ってしまうことになり危険だ」という理由で、「階ひと」四次元に達していない者は「階ふた」の講座は受講できない、或いは、厳密に「階ふた」の修練者は、達していない者と一緒の場所で「階ふた」の修錬はできない、という注意事項があったのです。

けれども、以後この条件を外します。

今回の修正は、元気エネルギー量の不足する者には、光のエネルギーが作用することがないので、全く修練効果が現れない。ということにした訳です。

「階ひと」三次元まで進んでいれば、階ふた講座を受講しても構わないし、恒久講座さえ受けていれば、階ふたを受講できるという条件もそれに付け加えます。

修錬段階を進むにあたって、「自分は、ちゃんと竅穴が出来ていますか?進んで良いですか?」と、その度ごとに聞いてくる修練者が居ます。
日之本元極からのお知らせ-気功を越えた功法 階ふた
こちらで、どの段階にいるかを判断したり、観てあげることはしません。
「階ふた」に進もうとする者であれば、”自分で竅穴の大きさが内視できる”、または”声聞法にて自分の修練段階を導かれて把握している”ことが出来ているはずです。

そういうことができていなければ、次に進まないことです。
自分で竅穴の大きさが把握できて、自分の修練段階がわかり、声聞法を怠らずに実践して、自分が「階ふた」講座を受けるべきであるかどうかを見極めることです。

たとえ、受講資格が不十分な人が受講したからといっても従来のように、危険ではありません。なんら、功力が与えられず、成果がないというだけのことです。

【信じて修練をするということ】

信じて修練をするということは、委ねるということです。
掌門人達は、修練者の心をみて、手伝うかどうかを決定しています。

自分の「地位」や「名誉」或いは「立場」を保つだけのために修練をし、修練の成果を自分の仕事のために利用し、仕事の能率だけを上げるためだけに修練をしたり、「成果」を求めるだけの者達のためには、逆に成果が与えられません。
日之本元極からのお知らせ-気功を越えた功法 階ふた
例えば、先日(2009.04.15 & 28)、全ての入門者に届けられた「開三門毛孔竅穴」の力は、入門者には、必ず与えられています。しかし、その成果が届けられるか否かは、その心によって分かれることとなります。

信じて修練をするもの、そして成果を神にゆだねて我がものとしない者たちに成果が与えられます。

入門当初から自分でまじめに修練をする者は、三次元の修練までは、その努力に応えて、努力に応じた修練成果が与えられます。とは言え、それ以上の竅穴を造る段階にいたっては、人に尽くす気持ちがあってこそ成就するものであり、それなくしては、どれだけ努力をして、どれだけ修練に費やしても、修練の成果は得られないことになります。

【声聞法と魂】 
「階ふた」に上がる条件に、「階ひと」高級講座を受講済みであることの項が付随しています。高級講座を受けているということは、「声聞法」を既に行って、自らの魂の声を聞く修錬をしているということです。病気と気功 気功教室日之本元極 見えない力で不思議に元気-日之本元極 気功 くつろぎ

魂は、顕在意識に導きを与える役割を持ちますが、導いたことに対して従う姿勢があるときにのみ、導きは顕在意識に伝えられます。修練の成果だけを利用したり、導きに従わない姿勢を持つときには、魂は伝えませんし、聞き取れもしません。

「声聞法を、随分やっているが、何も聞こえない」という方々が見えますが、「導きに従う。導きを受け取って、ゆだねる」という気持ちがある時のみ、声聞法は生かされます。
聞こえないときには、何か自分に問題があると、見直す必要があるのです。(完)



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2009.5.12    【気功講義|功法について】

「開三門毛孔竅穴」をする意味

2009.04.15 及び 2009.04.28  の二回にわたり「開三門毛孔竅穴」の功力アップをして参りました。それらについて、お話しさせていただきたいと思います。

日之本元極功法では、全ての功法を始める前に「開三門毛孔竅穴」の訣を唱えます。これにより「三元エネルギー」を取り入れる力、「邪気」を排出する力を圧倒的に強めることが出来ます。

中華元極功法=元極学では、講座の中で「三門を開くこと」などは注意事項として、時には話されることはありましたが、教科書にも厳密には記載されていませんでした。また「毛孔竅穴を開くこと」も「三門を開くこと」と別個に考えられていて、あまり積極的に「しなければならない」と、注意されることもありませんでした。そうした中で経験的に効果の違うことを認識し、日之本元極では、どの功法を始める前にでも必ず「開三門、毛孔竅穴」をすることにしたのです。

現在しているのは、次の5項目です。

(1)百会を開けて、天と繋がる。(繋がったと思う)
※ 過去形で意念した方が効果が高くなります。
(2)湧泉を開けて、地と繋がる。(繋がったと思う)
(3)内労宮、外労宮を開けて、天・地・人を繋げる。(繋がったと思う)
(4)中丹田、命門を開く。
(5)全身の毛孔竅穴を開けて体内の邪気、濁気、末性(通常では肉眼で観ることのできない体内の悪いモノ)を吐き出し、天地の先天三元を吸い込む。(吸い込むと思う)

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味1その「開三門毛孔竅穴」をし始めたときは、「外労宮」も開けませんでしたし、「中丹田」、「命門」も開けてはいませんでした。

修練を多くの方々と続けるうちに、更に効率を上げる為にと何年かの間に付け加えられたものです。

この「開三門毛孔竅穴」を実現するのは、本人の「意念の力」による為、毎日地道にこの念訣を続け、その「意念の力」を強化していくようにしていました。

あらゆる功法の力を実現強化するのは、「意念」=「念力」(中国ではこう言います)の力な訳ですから、修練を続けるうちは、この力増大の為の努力が必要になります。

毎日次々と、功法をやる度ごとに、この「開三門毛孔竅穴」をすること、つまり意念の練習をすることは、非常に大きな意義のあることなのです。  

多くの修練者は、「開三門毛孔竅穴」の訣を唱えることは、単に「三元エネルギー」を取り入れる力、「邪気」を排出する力を強める為にやっていると考えています。実際には、それだけではなく、この「開三門毛孔竅穴」の念訣を毎日地道に続け、その「意念の力」を強化していくようにすることは、自らの長期的な元極功法修錬全体を俯瞰して見たときにも、大きな効果を生んでいるのです。

有る程度経験を積んでいけば、この念訣で各所が開くようになるものですが、中には意念で三門や毛孔竅穴を開こうとするだけでは、開くことが不十分な人々がいます。初心者であったり、病気によって開口する部位が損傷していたり、気の流れが悪かったり、開ける意識が十分に持てなかったり・・・・etc.

また、長い修錬期間の結果を待つわけにはいかない重病の方々もいらっしゃいます。

そういう人達にも、もっと充分に日之本元極功法の強力な功力を存分に引き出すことが出来るようにする為、この「開三門毛孔竅穴」の訣に「言霊の力」を作用させたのです。その人その人の「三門」、「毛孔竅穴」が一回の念訣により最大限に開くように、今年(2009年)4月15日に、その功力を発動したのです。

「開三門毛孔竅穴」の訣を唱えると、その訣が日之本元極の言霊の力に連動して、その人の力に関係なく、三門と毛孔竅穴が最大限に開くようになりました。

これと同時に、続けて三回許された「言霊講座」の開催が、代々の掌門人によって禁じられました。大きな力を渡されるチャンスを、逃さず受け取った者のみに渡ったということです。

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味2今後も重要な講座を少しでも早く、チャンスのある内に多くの皆さんに受け取っていただきたいと願っています。

功力の追付加により、「開三門毛孔竅穴」の訣を唱えれば、その人の力に関係なく、三門と毛孔竅穴が最大限に開くようになったわけですが、その開きっぱなしの三門と毛孔竅穴のままで、全くの初心者や重病人が修錬をして何も問題がないのでしょうか?

確かに身体に取り入れるエネルギーというものは、量のみでなく質の問題があったり、量とても、ただ多ければ多い程、良いということでもありません。ウェート・トレーニングが身体に良いからといって、初心者に突然100キロのバーベルを持たせたら身体を壊してしまうのと同じで、三元エネルギーも、その人その人で耐えられる量があるのです。修錬を積み重ねて、徐々に段階を上がり、取り入れる量を増やしていくのは、そうした理由からです。

日之本元極の功法は、その時その時の修練者の力量にあった三元エネルギーが入る様、創られています。然るに、今回からの三門毛孔竅穴が最大に開いているときにも、その修練者が最大に耐えられる量の三元が入るのですから、実行される修錬の一つ一つが最大効率の修錬にへと変わることになります。

この効力が発動される前は、本人の最大効力で修錬したとしても、人によって入り口出口が閉まっていたのですから、効果が充分発揮されない状態にあったわけです。

今後も日之本元極の修練者は、安心して最大効力を発揮する修錬にいくらでも邁進できるというものです。

言霊の力による功力アップに追随するように、2009.04.28 の 午の刻(12:00)より、「開三門毛孔竅穴」を唱えるときに中丹田、命門が大きく開くようになりました。

それは、今までのように中丹田と命門を竅穴として開くのではなくて、「エネルギーの交換、情報の交換の入り口・出口として開く」ということで、以後この二つの竅穴は、「開三門毛孔竅穴」をすれば、三門と同じ程度に大きく最大限に開かれることになります。

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味1今まで初級段階でも、五つの段階を経て「開三門毛孔竅穴」を完成させてきました。賢明な皆さんは、

「何だよ、今までだって、中丹田と命門を開くようやってきているじゃないか。」

と、お思いでしょう。

しかし、今までやってきたことと、この度、付加されることでは大きな違いがあるのです。

以前からこれらの竅穴について、「中丹田、命門は生命維持に直結する竅穴である」と、いろいろな講座の中で申し上げてきています。

「階ひと」動功「立ちのひと」教科書の中にも、中丹田と命門について以下のような記述があります。

『全身の竅穴中、中丹田、命門、中黄庭は、特別な働きをしています。その働きとは、命と直結する生命維持の働きです。「階む」で「立ち」や「環排」の収功が これらの竅穴にされるのは、まず肉体改善や病気の回復を目的にしているからです。』

中丹田、命門は生命維持に直結する竅穴 

   病弱な方々の為、今回ここを大きく開けた。

そのことによって、「生の竅穴」と言われる「中丹田」、「死の竅穴」と位置づけられる「命門」に、充分な三元エネルギーが供給されて、全ての功法効率が大きく変わる事になります。  

何故、中丹田、命門なのでしょうか?

唐突ながら、臨終の方のお臍を触ったことが有りますか?

生命エネルギーの出入り口である中丹田で、大きなエネルギーの出入りが起こるときには、中丹田は「ボコボコッ、ボコボコッ。」と動きます。

勿論亡くなるときには、生命エネルギーの殆どが流出してしまうわけですから、当然のことながら中丹田は大きく動くことになります。そして最後は、全てのエネルギーが「ストン・・・」というような感じで、中丹田より下丹田、会陰を通り、地戸に落ちます。

この臨終の時、功高き者が中丹田・命門に両手を当て、三元の補充をするならば、数分のことなれど、病人の延命を可能とします。

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味3時には、家族が病院に向かっていて、もう数分で着くはずだが、何とか死に目に会わせてあげたいということもあります。そんなときに中丹田・命門より三元を補充してあげるのです。延命する為には膨大なるエネルギーを必要としますから、補充する人がその後どうなるかは保証しません。共倒れになる可能性すら有るでしょう。

お大事になさって下さい。

くわばら、くわばら・・・・。私は知りません。   

冗談はさておき、臨終の時、お臍つまり中丹田の位置で、大きくそこが動くのですが、その後、本当に最後の時は、全てのエネルギーが中丹田より下丹田、会陰を通り、地戸に落ちるのです。

死ぬ直前に今まで受け取ってきた無形の気の空間との連接口が、はずれます。

外れる場所が地戸、つまり会陰から外れます。

生まれた瞬間、天陽は百会から入り、臍(さい)で調整されて臍(さい)で預けられます。

つまり死の直前に、空間との縁切りが臍(さい)でなされて、地戸(ちこ)に終着します。出産の時、母親との物質的な縁切りも、臍(さい)でなされるのは、興味深いことです。

なぜ、命門が命門という名前をつけられたかというと、命を補充する大切なところであり、生き方によっては、気を浪費するところだからです。

命を司る大切な竅穴なのです。

命門で気が浪費されるときは、どういうときか?

・命門で、気が浪費される最たる事柄は、寒極まるときの腎からの浪費
・寒極まるときに腎を冷やすこと、暑極まるときに、鬱(うつ)熱すること
・季節、自然の摂理に合わない生活をすること、その時に、腎の気を消耗することになります。
・女性では、出産、月経、などは、体内の排泄を司り、腎からの気をもらすことになります。
気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味4・究極の行為は、性的な行為です。

毎日の生活の中で、これらのことに気をつけて過ごすことが寿命を延ばす結果となります。

次に臨終時の生命維持エネルギー、つまり三元エネルギーの移動について、一例を挙げてみましょう。

十年ほど前、私を非常に可愛がってくれた義理の叔父が亡くなりました。大変人情深い叔父でしたが、見えないものを全く信じることが出来ない頭の固いところもありました。晩年は、癌があちらこちらに転移し、手術を繰り返し闘病生活で過ごしていたのです。むろん気功などのものは一切拒み続けたため、元極の力を施すことも出来ず、恩を返すことが出来ませんでした。

亡くなる直前、私は十数人を連れて中国蓮花山に行っていました。帰国までまだ五日ほど残していた日、日本から一通のFAXが届きました。叔母からのもので、叔父が危ないとのこと。しかし、仕事で行っているのだから、それが終わるまで帰らなくてよいと、書いてありました。

そこで私は、どれだけ可能かはわかりませんでしたが、叔父の中丹田、命門に遠隔で三元エネルギーを五日間休みなく送り続けました。帰国し、すぐ病院に駆けつけましたが何とか命はつないでいました。しかし意識が有るのか無いのか、最後まで話すことは叶いませんでした。

それから病院に三日間くらい通い、貫頂などをし続けていたある日、病室で突然叔父の容態が急変したのに気がつきました。咄嗟に中丹田に手を当てると「ボコ、ボコ、ボコッ・・・」と、臍が大きく動いていたのです。そこに居た叔父の次女に「すぐ医者を呼べ」と伝え、売店へ買い物に出ていた長女を呼びに走り出しました。

長女を捜しつつ、叔父の体を観じ(感じ)ながら大きな病院の中を走っていました。中丹田の生命エネルギーが、熱した鉄板の上で踊っているように激しく動いています。
そのエネルギーが突然、「すとっ。」と、下へ落ちて動きが途絶えました。
「ああー、逝ってしまった!」と思い、すぐ病室に戻りましたが、すでに帰らぬ人となっていました。

これは作り事ではなく、私が経験した劇的な「中丹田と命門」の働きの話です。   

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味5「中丹田」と「命門」が、三門と同じくらい大きく、最大限に開かれるようになると、そこから大きなエネルギーの出し入れが可能になりますが、更にもうひとつ、中丹田には重要な機能があります。元音エネルギー(=情報)の出し入れです。言わば、中丹田は情報の送受信アンテナと例えても良いでしょう。

あなたがセミナーや講演を聴きに行ったとしましょう。その内容を、しっかりとマスターしたいのであれば、中丹田を全開にして話を聞くことです。顕在意識的にはあまり変わりがないと思われるかもしれませんが、深層意識にはがっちりと演者の意図を受け取れるようになります。

今度は、あなたが反対の立場になったとき、つまり講演者として話すときや会議で発言するときなど、営業でお客様に商品の説明や売り込みをしているときなどに、中丹田を開いてご覧なさい。
こちらの言おうとすることが相手にしっかりと伝わるようになります。こちらの思惑通りに事が運んだり、営業成績が上がったりするかもしれません。

この「中丹田による元音のやり取り」は、まさしく元極功法の永年の秘伝と言えるものです。世界中で「元音」の存在をハッキリと言及し、その扱い方を功法に取り入れているのは「元極功法」だけです。

その秘伝を思いがけず、求めもしないのに手に入れた「あなた」、
心して、そして有功に使わなければ、勿体ないですよ!!   

ここまで話を進めてきて、「元音という情報を中丹田から取り入れ可能なら、ここから他人の身体の情報を取り入れて、相手の病状を知ることが出来るじゃないか。」と考える方もみえた事でしょう。

やってみれば分かります。少し練習をすれば、確かに他人の体調が分かります。普通では他人の決して分からないことが自分に分かるわけですから、あたかも自分が偉くなったようで、面白くて、次から次へと会う人会う人の体調を観てしまいがちです。

やっている内に、大変なことに気がつきます。自分の体調が、観ようとする人と同じように変化していることが分かるからです。沢山観れば観る程、体調は不快になってきます。寝込んでしまう人も出るでしょう。

今まで観ることの出来る人に、気軽に頼んで観て貰おうとしていたのに、如何に他人の身体を観ることが大変なことかがやっと理解できます。
「ちょっと観るだけなんだから、軽くやってよ。」ぐらいのノリで頼んでいた自分が、恥ずかしくなることでしょう。そこでの人の肉体状態の情報出し入れは、大きな苦痛を産み出します。

中丹田での、元音の授受は、元気・元光も必ず伴います。よって、体調の善し悪しはそのまま伝搬するのです。ですから中丹田で元音を受け取るときは、その内容を限定し、コントロールする必要があるのです。

これは、診断できる程の力ではなく、感じることが出来る力です。
まだ充分にそれらのことがコントロールできなかったり、自己内部の充実に自信のない方は暫くお預けにしておいたほうが良さそうですね。  

このように中丹田で人の体調を感じようとしたときに、自分も同調して不調に陥る人々が有る程度多く居るのですが、それでは連日多くの人々の体調を観じ、三元エネルギーを送り続けている我々はどうしているかを、企業秘密ながらお教えしましょう。

その解決策は、「頭上の金線」の存在が、もたらしてくれます。

上述のように、中丹田から情報を得ることが出来る者は大勢います。
けれども、その力というのは診断できるほどの力ではありません。
診断できる力というのは、「頭上の金線」を通し「皇極宮」で観て、さらに中丹田からの情報で自分の身体等で確かめつつ検証して、確かなモノにしていく必要があります。2つの情報源をうまくコントロールして人の身体を診ることが出来れば、診断に値する力となります。

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味6「中丹田から、他人の身体情報を得るということ」は、こうして初めてその効用を発揮できるのです。

現在これが出来る者は、世界でも数名しか探すことは出来ません。しかし、力が有っても十分に練習していないので出来ない者もいます。まずは、練習して、その成果を知識で整理していく力が求められています。

体験だけの知識だけでも、既製の知識だけでも、狭い考えだけでもいけません。
これらのことが正しくできて、始めて診断といえます。あまり、診断しすぎることも適切ではありません。

時は一刻一刻を重ねて、時の事情は刻一刻と変化していきます。
一時の診断を信じて、次から次に新しく変化していることを訂正できなければ、また時間が動いているということを加算できなければ、その診断も無意味なものとなってしまいます。多くの者たちは、止まった感情を持っています。けれども時は、動いているのです。

状況は刻々と動いているので、一定に保たれることはありません。診断する側にも、それを受け取る側にも、時の概念をしっかりと持つようにすべきです。

これらの話は、重大なる企業秘密ですから、誰にも話さないようにしなければなりません(笑)。  

しかし既に、金線の存在を、迂闊にも漏らしてしまいました。

その皇極宮から金線が出て、人の身体の情報がとれるようになるのは、何次元の段階かといえば、階ひと四次元を円満に終了できる程度、下黄庭の竅穴が十分に充満する程度になっていれば、可能になります。

「階ひと」四次元功訣
しきのあめ めぐむしいのち よんりゅうの

わするこうきょく もとつきわまる

む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う

に有るように、皇極が円満に極まれば、下黄庭に元気が充満して、中脈が通じるようになります。そうすれば、皇極宮から金線が出て、情報を取り入れることが出来るのです。

四次元を終了すれば、当然五次元の段階に進みます。

「階ひと」五次元功訣は、
げんきにて ななつのみちを そうてんし

わしたきとみを みわたせば

きんのはしごが たいきょにかかる

ひゃくえより こうとくせいか けつじつし

きんせんいでて こくうにとどく

む、ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここ、たり、う

と伝えているように、金線はますます虚空界へと伸びていき、その情報をサーチ出来るようになります。それらは、修練段階ではなく、修練の成果によって、三元が下黄庭に充満しているということです。気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味7

従って、どの次元の修練をしても可能な者は、可能であるし、可能でない者も沢山います。自己の修練段階と与えられる力とは、別物になります。

修練の成果によって、与えられる力としての皇極宮からの情報を受け取る力のことです。自らの思惑や誤解、誤謬とは違います。

けれども、講座を受講するということは、そのチャンスの幅を拡げるということで、有効な手だてです。

この偉大な力は、日之本元極功法の全十二段階の功法の中で、下から二段階目の途中で可能になるほど、この「元極」という功法は奥が深いと云うことをお伝えしておきます。  (完)


臨終の場面で「人の臨終の場面で、中丹田と命門に莫大な三元エネルギーを注ぎ込むならば、命は数分間延長されます。」という記述が、増田先生の『「開三門毛孔竅穴」をする意味』の文中にあります。

気功講義 開三門毛孔竅穴をする意味8

その実例を私(講師・細川)の体験に基づいて紹介したいと思います。

その方は、60代後半の男性です。

日之本元極にご家族から依頼があった時には、すでに医師から「数日の寿命です」と告げられていたそうです。

「高度の医療を求めて、都会で治療を受けさせたけれども、せめて本人が生まれ育った高山で最後を看取りたい。高山まで、車で三時間の道のりを安全に移動できるようにエネルギーを送って欲しい。」そういうご依頼でしたので、増田先生が東京から遠隔施術の心身共鳴神法を施しながら、名古屋から高山までの道中を、私もご一緒することになりました。

搬送車には、ご本人と緊急時の対応のために、医師と私が同乗することとなり、ご家族はすぐ後ろを伴走されました。私は、三元エネルギーを確認しつつ、身体にエネルギーが巡るように、意念を集中させて緊張しながら同行していました。

幸いなことに、移動中は、痛みや苦しさもなく、うつらうつら眠っておられました。時折、眼を開けては「高山に行けるのは、嬉しい」と喜んで話されていました。また、同行の医師を気遣い「何にも用がないのに、悪いな(笑)」という冗談に、ふるさとへ戻れる喜びを感じました。

そして、数日後とうとう臨終の場面が訪れたのです。

ご本人が危篤状態の時に、増田先生と私とが同席させていただきました。重篤な状態ではあるものの、臨終の場面に家族が大勢揃うことはなかなか困難なことです。

「まだ、息子が来てないので、もうしばらく延命させてください」と言うご家族の声にしたがって、増田先生が、中丹田と命門にエネルギーを注ぎ込まれたときのことです。

すでに、心電図計や血圧計が装着され、指先の酸素濃度等が表示されていました。中丹田からエネルギーが注ぎ込まれるやいなや、突然指先の酸素濃度が急激に上昇したのです。呼吸も脈拍も穏やかになって、家族が集まるに十分な時間の延命が許されました。

それにしても、身体に繋がれた機械の存在が、無形のエネルギーの有様を如実に記録していたことに驚きました。まさに、臨終の時に、中丹田と命門から気のエネルギーを補充すると、酸素濃度や心臓の動きが改善されたことが、機械が測定値として現していたのですから驚愕すべき事実です。

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2009.4.27    【気功講義|功法について】

再び、「開三門毛孔竅穴」の功力アップについて

開三門毛孔竅穴に新たな力が加わることになりました。

開三門毛孔竅穴を唱えるときに中丹田、命門が大きく開きます。
大きな追加項目なので、このことをよく念頭に入れ修練をしていただくように、お伝えいたします。

三門毛孔竅穴を開くには、教科書に以下のように書いてあります。

三門を開くとは、天門(百会)、地門(湧泉)、人門(労宮)を意念で開き、三元エネルギーをここから出し入れできるようにすることです。以下の(1)より(5)のように、順次心で唱えます。

(1)百会を開けて、天と繋がる。(繋がったと思う)
※ 過去形で意念した方が効果が高くなります)
(2)湧泉を開けて、地と繋がる。(繋がったと思う)
(3)内労宮、外労宮を開けて、天・地・人を繋げる。(繋がったと思う)
(4)中丹田、命門を開く。
(5)全身の毛孔竅穴を開けて体内の邪気、濁気、末性(通常では肉眼で観ることのできない体内の悪いモノ)を吐き出し、天地の先天三元を吸い込む。(吸い込むと思う)

 これら5つのことを動功、静功、手当法、按摩法、歩法、収式など、どの功法を行うときでも事前に行います。これによって効果が大きく違ってきます。意念によって開閉するわけですから、心の中で強く考えなければこれらのことは起こり得ません。最初はこれを行っても何も変わりがないように思いますが、続けて何ヶ月何年と行っているうちに考えた瞬間に三門と中丹田、命門、毛孔竅穴が開くのがわかるようになります。

初級段階では以上のように、五つの段階を経て「開三門毛孔竅穴」を完成させます。
賢明な皆さんは、「何だよ、もうこの中で、中丹田と命門を開くようやっているじゃないか。」と、お思いでしょう。

しかし、今までやってきたことと、この度、付加されることでは大きな違いがあるのです。

それは、今までのように中丹田と命門を竅穴として開くのではなくて、「エネルギーの交換、情報の交換の入り口として開く」ということで、以後この二つの竅穴は、「開三門毛孔竅穴」をすれば、三門と同じ程度に大きく最大限に開かれることになります。

この詳しい内容は、近々、日之本元極のブログ「病気と気功」及び日之本元極ホームページにて解説いたしますので、ご覧下さい。

明日(2009.04.28)の午の刻(12:00)より効能を発動いたしますので、昼の12時前後に何か同じ功法をやり比べてみて下さい。
その違いが分かることと思います。

日之本元極からのお知らせ-気功教室からのお知らせ
2009.4.15    【気功教室(スクール)日之本元極からのお知らせ】

「開三門毛孔竅穴」の功力アップについて

日之本元極功法では、全ての功法を始める前に「開三門毛孔竅穴」の訣を唱えます。これにより「三元エネルギー」を取り入れる力、「邪気」を排出する力を圧倒的に強めることが出来ます。
この「開三門毛孔竅穴」を実現するのは本人の「意念の力」による為、毎日地道にこの念訣を続け、その「意念の力」を強化していくようにしていました。

しかし、意念で三門や毛孔竅穴を開こうとするだけでは、開くことが不十分な人々がいます。初心者であったり、病気で開口する部位が損傷していたり、気の流れが悪かったり、開ける意識が十分に持てなかったり・・・・etc.

そういう人達にも、もっと充分に日之本元極功法の強力な功力を存分に引き出すことが出来るようにする為、この「開三門毛孔竅穴」の訣に「言霊の力」を作用させ、その人その人の「三門」、「毛孔竅穴」が一回の念訣により最大限に開くように、その功力を発動します。

「開三門毛孔竅穴」の訣を唱えると、その訣が言霊に連動してその人の力に関係なく、三門と毛孔竅穴が開くようになります。

今までの日之本元極功法の受講者で、功法の力を信じて修練する人達に本日(2009.04.15)18時ちょうどよりその功力は発動されますから、18時前後に同じ功法をやり比べてみて下さい。
その違いが分かることと思います。

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2009.3.31    【気功講義|功法の力】

宝珠杵(ほうじゅしょ)(4) 空海 弘法大師 宮城女川講座

宮城県女川の「レストラン すえひろ」さんのご自宅に古くから伝わる「宝珠杵」について、使い方を空海より伝授され、マスターにお教えして岐阜高山に帰ってきました。その後、宮城県女川で使っている「レストラン すえひろ」のマスターの使い方を観じてみると、どうも本来の力が発揮されていないようです。そこで連絡を取って、お聞きしてみると、ご本人も私がやったときのような、効果を実感されていないようでした。
お教えするときに当然するものと思い、敢えて言わなかったのですが、元極功法伝統の秘技「開三門毛孔竅穴」が出来ていなかったのです。早速それを実行してやって頂いたところ、大きく効力が上がったようです。

そこのところを更に空海に、ご説明頂きます。

これは、誰でもが使えるように設計されています。
ですから、日之本元極の修練で三門を開いて天地のエネルギーを取り入れることが出来る者と、その力がないために、左の取り入れ口から、取り入れれながら、右から出すという者と違いが出てきます。エネルギーを取り入れることが出来ない者は、左から直線的に陰陽の調和した気を取り入れて、自己の身体の蓄えた気と調和調整しながら、右から放射線状に出して働きかけるという方法をとります。

エネルギーを取り入れられない者は、左から直線的にエネルギーを取り入れて、自己の身体に蓄えているエネルギーと和合調整して、右から放射線状に出して人に働きかけるということをするのです。
また、場を創るいうことになれば、右から放射線状に陰陽和合の気を取り入れて、手のひらの中で和合させて、左から直線的な気を出して場(結界をつくる)をつくるということになります。

よって、これは気の充満はあるけれども、天地の気を同時に取り入れることが出来ない者ように、創ってあります。

あなたが(増田)が使っているときには、天地からエネルギーを十分に取り入れて出すことが出来ているのですから、左右、両方の気が同時に出すことが出来たということです。
取り入れながら使う者とでは、おのずと使い方が異なってきます。

右からは人に、螺旋状に作用して、左からは、場を創るような直線的な気のエネルギーが同時に出るというように、摩訶不思議な使い方となります。こういう使い方は、誰でも出来るものではありません。日之本の修練をきちんとしている修練者では、同じような使い方が出来るようになります。能力のない者は、この使い方をすると気のエネルギーが十分ではないので使えません。

宮城女川のあなた(増田)の弟子の場合は、身体が宝珠杵に協力して反応していますけれども、きちんと三門と毛孔竅穴を開く意識を持つと、更に効果が上がってくることでしょう。
(完)



病気と気功 気功教室日之本元極 見えない力で不思議に元気-宝珠杵 空海 弘法大師 日之本元極
2009.3.30    【気功講義|功法の力】

宝珠杵(ほうじゅしょ)(3) 空海 弘法大師 宮城女川講座

宮城県女川の「レストラン すえひろ」さんのご自宅に古くから伝わる「宝珠杵」は、大きく分ければ、三つのことができます。先回ご紹介した
(1)持った者が気を取り入れること
(2)他人に気を入れてあげること
そして今回ご紹介する
(3)結界を張って、よい気の場の領域を創ることです。
それでは続けて空海の神に教えていただきましょう。

場を創るときには、右から取り入れて、左から直線的にエネルギーを出すことになりま す。結界を張るときのエネルギーは直線状に、出すことが出来るのです。
先回伝えたように、人の身体に作用させるときは、放射線状に包み込むように出すことが出来ました。

意念によって、直線的な気を出すことが出来ます。そう意識をすればよろしい。けれどもそこでも注意点があります。直線上に出す場合には、意念の作用を受けやすくなります。つまりは、良くも悪くも感情に左右され易いということになります。

きちんと、意識したときに使えば良いのですが、焦燥感があるとき、惑い、憂い、こだわり、不安、迷いがある時には、使ってはいけ病気と気功 気功教室日之本元極 見えない力で不思議に元気-宝珠杵 空海 弘法大師 日之本元極ません。もちろん、人に作用させるときにもそういう思いがあるときには、使わない方がよいでしょう。

直線的なエネルギーで場を完成させるためには、包囲する意識を持ちます。ぐるりと包囲する意識は2メートルまでとします。(一辺を)通常は、その程度であると考えてください。高さは、人の高さを意識しなさい。
(つづく)


カメ かめ ―

2009.3.29    【気功講義|功法の力】

宝珠杵(ほうじゅしょ)(2) 空海 弘法大師 宮城女川講座

宮城県女川の「レストラン すえひろ」さんのご自宅に古くから伝わる「宝珠杵」について空海の神に聞いてみました。

空海より

これは、私が創ったものではありません。私が創った独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵は、力を持った者しか使いこなせないものでした。そこを改良し、ある程度気を扱える者なら使うことが出来るようにしてあります。今から400年くらい前に創られました。

波動が細かく取り入れが容易にできて、放出する力も優れています。
これは、一般用にうまく使えるように、工夫されています。これならば、容易(たやす)く誰でも、あなた方の生徒のように、気を扱う者であれば 使うことが出来るでしょう。

出る気の波動も調整されて出ますから、人を癒す気持ちのある人ならば、誰でも使うことが出来ます。

注意するべきことは、放出よりも取り入れについてです。取り入れの時に、スピードが速やかに陰と陽とが調和され、満たされるように創ってあるので、場の悪いところで使ってはいけません。

そこの所をきちんと見極めることが出来なければ、陽の気が過多に入ってしまいます。陽の気は、鋭くギザギザに入ってきます。陰の気は螺旋状にやわらかく入ってきます。この、バランスで入ってくるので、陽の気が自然に過多になります。
病気の者は、「陽」の気が不足している場合が多いので、ある程度のことを見越して、そのように創られています。

取り入れは、左から直線的に陽の気が入ります。
右からは、放射線状に陰の気が入ります。これによって、取り入れ量は、少々陽の気が過多になります。病人は、総じて陰の気が過多になるので、施術者の陽の気が少々多い方がバランスが取りやすくなります。

出すときは左から直線的に、陰と陽のエネルギーを取り入れながら、右から螺旋状にでます。左から取り入れながら出すことになります。
右手に持って、左から取り入れて、右から出します。入ってきたエネルギーと体内のエネルギーと合一しながら、右手の小指側から出すのです。
(つづく)

カメかめ ―


病気と気功 気功教室日之本元極 見えない力で不思議に元気-宝珠杵 空海 弘法大師 日之本元極
2009.3.18     【気功講義|功法の力】

宝珠杵(ほうじゅしょ)(1) 空海 弘法大師 宮城女川講座

3/8−3/10/2009に宮城県女川にて日之本元極講座が開かれました。この講座開催にご尽力いただきました方々のお一人、 「カフェレストラン すえひろ」さんのご自宅に古くから伝わる「弘法大師様」の像と五鈷杵に似た物が有るということで、拝見させていただきました。

その像は、右手に長い錫杖を持ち、左手は欠けていたのをご主人が彫って付けたという事でした。私が見た所、「弘法大師」には見えなかったので、その像にいらっしゃる方にお聞きしました。すると、「私は、弘法大師の弟子で、名前は特別有りませんから、勝手につけて下さい。この家をずっと守護してきました。」とおっしゃいました。

お呼びするのも、名無しでは不便なので、その場で「槍法大師(やりほうだいし)」と、お名前を付けさせていただきました。

実は右手の錫杖も、無くなっていたのをご主人が他で見つけてきて持たせたと聞きましたので、本当は何を持っていたのかとの問いに、「槍を持って、守っていた。」とお答えいただきました。法師武者か僧兵だったのでしょう。僧兵が盛んになった平安末期ということであれば、空海の弟子という話も年代的に頷けます。

そして傍らに置いてあった五鈷杵に似た物というのは、五鈷杵ではなく「宝珠杵」という物でした。以前、私が書いた独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵の記事をお読みになって、良く似た物があると教えて下さったわけです。

あまり一般には知られていませんので、ご主人も何か分からなかったのでしょう。何をする物なのか、その場で使い方をご主人に披露して差し上げました。  

カメ かめ ―

(つづく)

日之本元極からのお知らせ-宝珠杵
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2009.3.17     【気功講義|功法の力】

神社と日之本元極

何故ホームページや、日之本元極のスタッフのブログ等で、神社の話題が出てくるのか。
怪しい宗教なのではないか。という疑問をお持ちの方もいらっしゃるでしょうから、それについて簡単にお答えします。

以下、入門講座の教科書より。

『元極はその起源を、今から800数十年前、中国、金の時代、道教の一派として太一道が一悟真人(いちごしんじん)といわれる「蕭抱珍(しょうほうちん)」によって起こされたことに始まります。

太一道は道教の一派ではありましたが、他の宗教を排するものではなく、すべての神を祀(まつ)る心を持っていました。

それは現代まで一貫して受け継がれ、太一道〜元極道〜元極学〜日之本元極と変わることはありません。

元極は自然科学ですから、宗教にて差別することはないのです。』


という理由から、日頃参拝する地元の神社や、旅先で訪れた神社などを紹介しています。

※「すべての神」とは日本の神様だけでなく、西洋の神や東洋の神等も含め、全世界、全次元すべての神様ということです。

潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,パナソニックLX3サイキック写真-lx3 神社 高山 飛騨
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2009-02-21

金剛杵=独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。 四国霊場40番「観自在寺」(5)
弘法大師・空海

観自在寺を訪れたことで、書き始めた金剛杵(こんごうしょ)の使い方の続き、今回が最終回です。

独鈷杵(とっこしょ)、三鈷杵、五鈷杵で出入りするエネルギーの回転がどうして違うのか?と言えば、以下に示すように、それぞれ特徴的な使い方の違いがあるからです。

独鈷杵は、一途に人に気を入れる様に造られています。
陰陽が調和されたエネルギーが、凝縮されて出入りしています。向かって左から、天地のエネルギーを取り入れて、右で人に調和させたものにして、更に持ち手の五臓のエネルギーを付加させて、注ぎ込むという方法です。

右から取り入れてはいけません。常に左から取り入れて、右から出します。

三鈷杵は、主に結界を張るために使います。それは、人と人との結界であったり、邪との結界であったり、魔との結界であったりします。

三鈷は板のように働き、そこに気の結界を張り巡らせるように作用します。
独鈷杵と同じく左から、陰陽調和の気を取り入れて、 右の三鈷の先から調和した気の結界を張ります。

三鈷杵の先が、三つに分かれているのは、中央に守るべき人がいて、両端に結界を張るという使い方をします。

五鈷杵の使い方は、左から有形有償の気を取り入れて、右から無形の気を出します。右から無形の気を取り入れて、左から有形有償の物に、働きかける気を出します。

無形と有形の境目、境界がこれに集合しているということです。真ん中を持ち、右左と向きを変えるならば、有形と無象の世界の交合成を働かせて、調和することになります。

無形と有形の境界線が取り払われて、それらの世界が、まさに境界を越えた働きの出来る力となります。五鈷杵を駆使できる者は、歴史上殆どいなかったというのは、こうしたとんでもない力を発揮する為の法具であったからです。

この力を使うことを神から許された者が、そうそう居るわけもないのです。

元極功法は、宗派に限らず全ての神を祀り、諸子百家の長を取り短を補い構成されています。
修練段階によって、この金剛杵と全く同じ功力を、何も使わず発揮することも可能です。
その功力を信じ、只ひたすら修練を積み重ね、人の為に働く。

「働く」とは、傍(はた)を楽(らく)にすることです。

この真言密教に伝わる秘法「金剛杵」の力をも、いとも簡単に何も使わず発揮できる「日之本元極功法」。


ご自分でも体験してみたいと、お思いになりませんか?

(完)


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,パナソニックLX3サイキック写真-四国霊場88カ所巡り 40番 観自在寺

photo by Sigma DP1

2009-02-20

金剛杵=独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。 四国霊場40番「観自在寺」(4)
弘法大師・空海

空海の五鈷杵(ごこしょ)

観自在寺を訪れたことで、書き始めた金剛杵(こんごうしょ)の使い方の続き、四回目になります。

五鈷杵の先から出ているエネルギーは、中央部から螺旋状に、朝顔型の螺旋を描きながら拡がるように出ています。
中央からエネルギーを入れ、先端から出すような意念を使うと、中央から真っ直ぐに一本の螺旋状のエネルギーに変化するのです。

エネルギーを真ん中から、取り入れるようにと意念すると、底なしの渦に飲み込まれていくように五鈷杵の両端より周囲のエネルギーが吸引されて、回転しながら蒐集(しゅうしゅう)されていきます。
独鈷杵(とっこしょ)の時とは違い、五鈷杵に向かって左は右回り回転、向かって右は左回り回転でエネルギーが入っていきます。

また、人に作用させるときは、五鈷杵では、持つ者にとって右回りで入っていき、左から出て作用します。これも、独鈷杵とは逆になります。

エネルギーレベルとしては、独鈷杵、三鈷杵とは桁違いに大きく、三次元的な空間としてエネルギーの出し入れが可能になります。そして、これを扱う技量の持ち主は、歴史上殆どいなかったと言えるでしょう。
(つづく)


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,パナソニックLX3サイキック写真-四国霊場巡り 40番 観自在寺 五鈷杵
photo by Sigma DP1

観自在寺の写真が、こちら で見られます。
2009-02-19

金剛杵=独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。 四国霊場40番「観自在寺」(3)
弘法大師・空海

空海の三鈷杵(さんこしょ)について

観自在寺を訪れたことで、書き始めた金剛杵(こんごうしょ)の使い方の続き、三回目です。

エネルギーを送っていないときには、三鈷杵の一列に並んだ三つの先から、直線的な板のような境界線のように感じるエネルギーが出ています。

真ん中を持って、エネルギーを送る意念を持つと、太く鋭く硬い、強固な平べったい板のようなエネルギーが境界線のように、より強力に出ます。

エネルギーを真ん中から、取り入れようと作用させると、三鈷杵では、一列に並んだ三つの先端が作る平面に沿って、左右に揺らぎながら二次元的に先端に向かってエネルギーが入ってきます。

独鈷杵は一点から、或いは一点に向かってエネルギーが出入りします。
それに比べ、三鈷杵では、平面的なエネルギーの移動がある為、より強力でなおかつ多面的な使用方法が可能となります。

(つづく)

観自在寺の写真が、
こちら で見られます。


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,パナソニックLX3サイキック写真-四国霊場巡り 40番 観自在寺 三鈷杵
photo by Sigma DP1

2009-02-18

金剛杵=独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。 四国霊場40番「観自在寺」(2)
弘法大師・空海

観自在寺を訪れたことで、書き始めた金剛杵の使い方の続きです。

金剛杵(こんごうしょ)には、大きく分けて二通りの使い方があります。エネルギーを放出する使い方と、エネルギーを取り入れる使い方です。

使う者の技量により使い切れないので、使用を許される段階が過去には存在したようです。
独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵の順に使い方が難しくなります。

先回、このほかに九鈷杵などもあると書きましたが、実はこの九鈷杵などはまがい物です。多ければ多い程良いのだろうと思った後世の者が訳も判らず作った物で、何の意味もありません。

通常は真ん中を持ち、両端からエネルギーを発したり、取り入れたりします。功力のない者が訳も判らず持ったりすると、身体の気が抜けてしまい腑抜けのようになったり、病気になってしまったりする危険性があります。

何の意念もなく独鈷を持つと、独鈷の先からは、まっすぐにやわらかいエネルギーが出ます。意念を持って独鈷杵からエネルギーを出すと、両端から出ていくエネルギーは大きくすり鉢状に拡がっていくように変わります。

持っている人がエネルギーを取り入れる意念を持つと、独鈷杵の先から、 エネルギーが回転しながら、集約されて周囲より先端に向かって吸い込まれていくように流入します。エネルギーの回転が、持っている人から独鈷杵に向かい、向かって左は左回り、向かって右は右回りになります。

また、人に作用させるときは、独鈷杵では、持つ者にとって左回りで入っていき、右から出て作用します。
(つづく)

観自在寺の写真が、
こちらで見られます。


潜在能力と気功・功法 気功教室日之本元極 with シグマDP1,パナソニックLX3サイキック写真-四国霊場巡り 40番 観自在寺 独鈷杵
photo by Sigma DP1
2009-02-17

金剛杵=独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵。四国霊場40番「観自在寺」(1)
弘法大師・空海

「四国霊場88ヶ所」霊場巡り 40番 観自在寺は、弘法大師空海が開いた霊場です。大師が42歳の頃、弘仁6年(815)に開創されたと伝えられています。

この寺に、巨大な金剛杵(こんごうしょ)三本が安置されています。独鈷杵(とっこしょ)、三鈷杵、五鈷杵です。この三種が一般的で、他にも九鈷杵などが存在はしますが、殆ど見ることはありません。

通常の物は、16,7センチから大きくてもせいぜい20数センチメートルくらいの物ですが、ここ観自在寺の物は、70センチ位の特大サイズなのです。

現在残っている空海の図や、像などでは必ず右手に不自然な形で三鈷杵か五鈷杵を持っています。

参考:ウィキペディア「空海」は、
こちら

これら金剛杵は、密教の法具で、宗教上の儀式にて使用される物ですが、色々調べてみてもその正しい使い方や、その存在の意味を正確に伝えているところは見あたりません。

正しくは、これらがどのように使われていたのか、次回お話ししたいと思います。

こちら をクリックしても、観自在寺の写真が見られます。


病気と気功 気功教室日之本元極 見えない力で不思議に元気-四国霊場巡り 40番 観自在寺 五鈷杵

病気と気功 気功教室日之本元極 見えない力で不思議に元気-四国霊場88カ所巡り 40番 観自在寺
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38)功法と気功    081010up

毛孔竅穴とは何か?
日之本元極功法では、全ての功法を始める前に、「開三門、毛孔竅穴」と意識します。
これは、天門・地門・人門の三門と、毛孔竅穴を開けてから修練を始めるということです。このとき、けして「毛孔竅穴」を「毛穴」と意識したり、説明してはいけません。

厳密に言うと、「毛孔竅穴」は立派に、竅穴です。毛穴ではありません。
人は、毛穴を一つの出入り口として、邪気を排泄するようには、出来ていません。

全身の経脈と繋がって、そこからエネルギーの出し入れをしたり、邪気の排泄をすることが出来るのは、元極功法を学んだ者だけです。

毛穴から汗が噴き出す汗腺と同じように考えて、その延長線上に邪気の排泄口があると思っては大間違いなのです。毛穴と言ってしまえば、単純に考えてしまいがちですが、そこは厳密に考えて、「毛孔竅穴」と正しく表現してください。無形のモノが往来する元極特有の出入り口です。

元極功法にて開発された「毛孔竅穴」は、排泄のみならず、天地万事万物からの先天三元の取り入れ口としても大きな役割を果たします。
具体的に申し上げれば、天からの天陽、地からの地陰、万物からの元音(情報エネルギー)の出入り口として働くのです。

この体表における三元の出入り口、中継地としての竅穴は、全身で約十二万八千個あるといわれます。この膨大な数の竅穴を活性化することが出来れば、個々に潜んでいる偉大な潜在能力を花咲かせることが出来、以後人生の強力な助っ人として働いてくれる事、間違い無しです。
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37)功法と気功

功法と修練段階

日之本元極功法は、大きく分けて12段階の修練段階があります。
「階む」、「階ひと」、「階ふた」「階み」、「階よ」、「階いつ」「階むゆ」、「階なな」、「階や」、「階ここ」、「階たり」、「階う」の12段階です。
世の中の殆どの気功法、功法、方法、手段、ヒーリング等の功力が、この12段階の内、下からの2段階目(「階ひと」)の中位にもとどかない事で、この功法の凄さが判ります。
現在公開されているのは、「階む」から「階み」までの4段階です。

上述の様に、大きく分けて12段階の修練段階がある、日之本元極功法。
その一つ一つの段階の中が、更にまたいくつかの段階に分かれています。
例えば、公開されている「階む」は一段階ですが、「階ひと」は六次元、「階ふた」も六次元、「階み」は九次元に分かれています。この段階を日々の修練の積み重ねと「養徳」によって、上り詰めていきます。
この昇っていける階段の高さは、その人の「徳のレベル」と「修練量」によって自ずから決定されてしまいます。
その12段階に分かれた日之本元極功法の段階は、厳密にパワーの質と量と強さが変化していくように創られています。
よってある段階に達してもいないのに、上の段階の功法をしようものなら痛い目を見ます。痛い目のみならず、危険でもあるのです。指導通りに順を追って修練する事は、自らの為にも厳守すべき重要項目です。

「階む」や「階ひと」の初期段階では、修練量と身についてくる功力はほぼ正比例します。
しかし「階ひと」段階の中盤からは、そこに前述しました「徳」のレベルが徐々に、そして上に昇れば昇るほど、大きく関与するようになってきます。

「徳」は毎日の生活の中で、自らの生活態度を「元極養徳標準」と常に照らし合わせ、少しでも理想に近づくように、修正をしつつ暮らすような心がけが必要です。
その節目となるのが、月に4回ある接功日です。
これは毎月の1、3、13、15日の0時の前後1時間、つまり前日の23時から当日の1時までの2時間の中で、掌門人に繋がって静功をしながら、反省をするという元極功法独特の修練方法です。

「階む」と「階ひと」の功法、合計7段階のやり方を覚えるのはたやすい事なれど、本当にそれらを身に付けマスターする事は並大抵の事ではありません。
事実、現在まで「階ふた」に実質的に進んでいる者は、十名に満たない数しか存在していません。ご自分ではその段階にいると思いこみ、「階み」までの功法を実施している者が結構いるのです。実質的な修練段階が、自らの「徳」レベルと判断すべきです。しかし、なかなか自分のレベルを正確に、そして謙虚に、受け入れられる者は少ないものです。

時として、入門当時から非常に敏感な方がいます。いや、入門前からいろいろ見えたり、聞こえたり、感じたりする方もいらっしゃるものです。
往々にして、本人も一緒に修練している周りの方々も、そうした感受性の高い人の効力が高いと思いがちです。しかし実際は、修練初期における感受性の高さと功力は殆ど関係がありません。寧ろ当初は何も感じないけれども、功法の力を信じて、実直に黙々と修練を続けるタイプの者が永い目で見ると力を着けている気がします。
勿論感じない方が良いのではなく、功力と感受性は関係がないから、特別視しない方がよいといっているのです。
信じて続ける事(信定持以恒)が、功力を上げる最大のコツです。

感受性と関連して、場についてお話しします。三元場の良いところで生活する事は非常に有益な事です。しかし場の良い所に居さえすれば、その場の三元を受け取れるかと言えばそうではありません。修練段階に相応した三元エネルギーしか取り入れる事は出来ないのです。感受性の高い人は、そこの場のエネルギーの強さは判りますが、判るからといって受け取れているとは限らないのです。気のエネルギーですら、そうですから、まして元光や元音にいたってをや・・・・。
元光を取り入れ、生発出来る「階ふた」の段階にいる修練者や、更にその上で元音を操る事が可能な「階み」の修練者の偉大さがわかろうというものです。

では、何故同じ高い三元エネルギーの場に入っても、そのエネルギーを受け取れる人と受け取れない人の違いが出てくるのでしょうか?
通常の修練をしていない人は、体内のエネルギー貯蔵の場として、臓器が充てられています。
臓器の「臓」は、月偏は身体を表し、「蔵」は倉で貯蔵する場所の事を言います。臓器に蓄えられるエネルギー量は自らの身体を育んでいく、保っていくのに必要な量を蓄えておくのみです。
その点、元極功法の修練者は、修練によって「竅穴」という三元エネルギーの貯蔵庫を順番にいくつも造っていく事になります。そして造り上げた貯蔵庫に、これまた修練によってエネルギーを貯めていく事が出来るのです。受け取れる三元エネルギーの量は、各自の貯蔵庫の総量、つまり貯蔵キャパシティの問題だということです。

「腑」の「府」も倉の意味を持ちます。「蔵」は隠して貯蔵するの意味があるのに対して、府は公にして貯蔵するような意味合いを持ちます。「臓」が無形のエネルギーを貯める臓器で、「腑」が主に物質的な倉を意味して名付けられたのだと思われます。
それでは修練を良くして貯蔵庫をいっぱい造れば、三元エネルギーは体内に溜まるのかと言えば、それだけでは叶いません。二つの要件があります。

一つ目、「功法の力と、神仏の存在を信じていること」
二つ目、「その段階に見合った徳があること」

一つ目の「功法の力と、神仏の存在を信じていること」によって、三元エネルギーの体内に入る為の入り口が開かれ、エネルギーは入ることが出来ます。信じていなければ体表で感じることは出来るでしょうが、体内に入ることなく過ぎ去っていきます。貫頂するときなどよく分かります。信じていない人にするときは、体内に入っていかないので、「もったいないなあ」と思いながらすることになります。

二つ目の要件、「その段階に見合った徳があること」
「徳」は、三元エネルギーを竅穴に接着させて貯蔵するような働きを持ちます。
よって、徳の量以上のエネルギーを体内に入れたとしても、竅穴に留めることは出来ません。
体内に入ったエネルギーは、「徳」によって竅穴に留められなければ、本人には判りませんが、またすぐ体外に排泄されてしまいます。入る感覚、出る感覚が同時に起こる為、本人はものすごいエネルギーが入ってきたと錯覚することが多いものです。
外から見ると、エネルギーが留まっていないのはわかるのに、本人は膨大なエネルギーを取り込んでいるように錯覚しているというのが、「徳」のない者の悲劇と言えます。

それではその養徳について少しお話ししてみましょう。
功力や特殊な力の伝承は、師から弟子へ、弟子からその又弟子へと脈脈と伝えられてきています。これは神界でも同様です。神々の力は、その下の次元から上がってくる神々へと渡されていて、自分が上の次元に上がれば上にいる神々から相応の力を渡されるような仕組みです。この宇宙では上下関係は絶対のものであるといえます。
上下・師弟関係を破ることなどは、その伝達経路を断ち切ることになり、功法の伝達を一番阻害するものです。養徳標準の中でも「尊師重道」に一番重きが置かれるのは、そういった理由からです。
   
次に大切なことは、私と公の「情」についてです。
牛痘を我が子に接種したジェンナーは、その病を克服できるようになるまで、周りからの迫害やいろいろの困難を乗り越えた上、息子などにその効果を試すことをした訳です。
これは美談と取られがちですが、大きな問題を含んでいます。世界中の多くの人々は、自分の家族と他人を秤にかければ、ほとんど家族を取るでしょう。しかし本当の「情」とは、そうした「私情」を断ち切る所から始まります。親子の情、夫婦の情、兄弟の情などを乗り越え、すべての人間を平等に見て、社会に貢献できるかが本当の「情」の重みなのです。
ジェンナーの魂は4次元、顕在意識は5次元の座に位置します。
この「情」を乗り越えることは、養徳の上で大きなハードルです。
そういった意味では通常のボランティアは、自らの位置を確保した上でのことですから、人々が考えているより養徳上の評価は高くはありません。
この「情」を乗り越え、本当の徳積をして戴きたいものです。
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35)功法と気功

伝統の功法を受け入れるということ(内景図の訂正)

「階ひと」中級講座の「内景図」の説明の中で教科書(070520の版)

1)5頁図3の赤左殿に位置する「水」と、白右殿に位置する「火」が逆となります。
2)その説明文となる、6頁6行目「火」が「水」に、12行目の「水」が「火」に訂正されます。

 お手数ですが、訂正をお願いいたします。水無神社|潜在能力と気功・功法
 この教科書を書き上げ、公表する前に良いかどうかを掌門人達に確認した時、普善禅師より「火と水の位置が逆だから訂正しなさい。」とのお話しがあり、今の教科書の様に訂正して公表しました。
その時何故なのかの説明もありませんでした。理論的に納得出来ないことでしたが、先人の積み上げたことですから、言われる通りに直して公表した訳です。
 今回、この教科書を手直しする際に、普善禅師より次の様にお話しがあって、再訂正をします。

『普善禅師より
 「火」と「水」が反対になって、また再び訂正される時がきました。
理由は簡単です。
間違いを訂正するときが来たからです。「火」と「水」だけが、逆転しています。それは、自然なことですから、問題はありません。間違いを訂正する必要がありました。
 日之本元極の功法に責任を持つ神として、伝えます。
功法の真意について、元極の功法が800年の歴史の上に上積みされてきた功法であることを明確にしなければなりません。伝統的な功法を否定するものであってはならない。全てを肯定して受け入れて、さらに発展させるということが必要です。

肯定的な理解の上に、発展があり、刷新があります。否定をする上に、発展はありません。功法は受け継がれ、刷新される。それは、自然科学の発展の原則です。

そのことについての基本を増田に伝えました。

今までの導きについては、一点差し違えた箇所がありました。それを今修正することが必要です。修正することで、日之本の功法がさらに発展するきっかけを作ることになります。これは、仕掛けられた罠です。』

 何故こんな紛らわしいことをなさったのか?これには訳があります。こうした伝統的なものを引き継ぐ時、受ける者は絶対どんなことであっても先人を否定してはいけないという掟の様なものがあるからです。間違っていようが、無理難題であろうが、

「師の言うことは全て受け入れる」

こうしたことが、何千年もの長い間守られてきたことです。これが出来ない者は宇宙の法則から外れる者です。中国の神仙伝などを読むと繰り返しこのような話が出てきます。常に弟子がその掟を守ることが出来るのか、度々試されます。

日之本元極 亀仙人
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22)功法と気功

「冬至特別講座」階ふたの受講者に渡す力

 今度の「階ふた」の講座では、講座の内容とは別に「階ふた」ということもあり、二つの力を授けます。

@天変地異の時にあっても、邪気を祓い清める力
A解放する力

の二つです。これらは、「優しさを養い」、「強さを育てる」力です。修練する努力を継続できる力を持つ者が、こぞって成長できるようにという救済処置です。このレベルまで来た者に対する救済です。ここまで来られたことに徳があり、役割があります。ここから引き上げる必要があります。スタッフとなるべき者達が「階ふた」を受講するのです。
 今までの「階ふた」受講者も是非再受講をご検討下さい。

@天変地異の時にあっても、邪気を祓い清める力
 「階ふた講座受講者」が、天地が邪気に満ちたときにも修練出来るようになる力を与えることは、可能です。自然の摂理に従って修練する力を駆使すること、それは簡単なことです。

 天地の不和が起こったときに、乱れが生じます。渦の乱れ、陰陽の乱れ、天地の乱れ、エネルギーの乱れ等が生じているときには、それらの乱れを収めようとする強い力が一方で働いています。乱れを収めようとする強い力の元で、修練をすれば良いのです。

 説明は難しく、実践することは容易いことです。なぜ、そのように容易いかと言えば、邪気を受け付けないように、神々が守るからです。「階ふた」以上の修錬者が、天地と繋がるときに、今ある気象条件の天地ではなく、その上の安定した、落ち着いた空間と繋がると思えばそれでよろしい。神々が無数に分かれて、修練者達の側に降り立ちます。

 「階ふた」講座の受講時に、受講者達に力を与えておきさえすれば、以後神々はその修練者の側に降りたって、その者達を助けていきます。

 天候の悪いときに、安定した天地からエネルギーを受け取れるように、神々がサポートして、シールドする力を渡す講座となります。「階ふた」の講座では、そういう力を渡します。

 つまり日之本の修練をする者達には、功法の神や掌門人ばかりではなく、この功法に関わって下さる「風雲の神々」のように、自然を担当する神々も必ず応援しているということです。一人の修錬者であるけれども、その者には必ず神々の応援がついてくるのです。 たかだか一人の修錬者です。けれどもその一人は、神々が応援して拡大しようとしている功法の修練者であるのです。

 スタッフのみならず一人一人の修練者に伝えます。高い向上心を持ち、もっと自信を持って前に進んでください。

 「風雲の神々」とは、天候、自然に関わる力、つまり雨、風、雪、雲、光、太陽の調整、月の調整、それにともなって、気圧、海の海流、それらを担当しています。

 今後は、人々の予想を遙かに超えた気象条件の変化が起こってきます。これは、人が創った環境の変化、悪化はもちろんですが、それだけで解決できることではなく、終末の時を加速度的に進めなければいけないという、神々の決定です。

 花火のようにドカンドカンと、天変地異の大きな出来事が起きる度にその状況は、大きく変わります。悪化の一途をたどります。これほど悪化をするとは、だれも思っていません。しかし人の罪悪を解決すれば元に戻るかと言えば、そうではありません。だからといって、人が努力しなければ、もっと悪化します。

 そして足掻(あが)いたり、藻掻(もが)いたりすることも、もっと悪化を招きます。
これを自然の摂理と受け止めて助け合って生きていくこと、これが人としての人となりの最後の懸命な努力と言えます。

 我々が人の健康のために、健康の回復のためにやり続けていくこと、神の名を知らしめる行為、これらの行為に対して、気象の変化が「階ふた」以上の功法を通じて、あなた方を助けることになると思っています。

A解放する力

 抜き足、差し足、忍び足。足を洗う力です。この力を使おうと思って、自分のことを改める気持ちのある者には有効に働きます。ただし「力」を貰っても、改めようと努力しない者には、全く無効です。

 自分自身にある囚われの感情を変えようと努力しても、生育歴などの因により、なかなか難しい者に対して、この功法を学ぶ者に、そこから脱する「力」を与えます。
 囚われから解放する力というのは、「階ふた」静功・按摩法を修練することで、大きく自身に働きかけることになります。もちろん「階ひと」高級講座で「みのい きのいを ぬぎすてる」という修練も自分の欲を脱ぎ捨てるということで、この力に通じるものではあります。
 「階ふた」で与える「解放する力」というのは、「欲ではない囚われ」から解放するということが出来るのです。几帳面な性格、クヨクヨして悔やんでしまう性格、マイナスのことから脱却すべく何かをしなければ気が済まないという悪癖。飲酒、喫煙、くせのようなモノから抜け出すような力を与えます。

 前述の「階ひと」高級講座と階ふたの「解放する力」との明確な線引きは出来ないでしょう。
マイナスのこと、悪い習慣で本人が否応なく陥ってしまう事柄があります。それは主に幼少時の貧しさや育てられ方に起因している事が往々にしてあります。
 その過去の体験の被害者として、本人が陥っている事柄から「解放する力」を与えます。自らが望んで修練すれば、精神的なプラスの面を付加されるのです。

 一つ具体的に例を挙げましょう。たばこの習慣は、その「解放する力」が作用する囚われの中に入るかどうかを考えれば・・・・。
 範疇に入る場合も、入らない場合もあります。喫煙習慣のある者の「精神力の弱さ」「依存的な傾向」、それは本人が断ち切らなければ、いけないことです。本人の断ち切る力が充分に育っていない場合もあるし、欲で吸っているだけではなく、自己の甘さ、弱さで止めたいと願いながら、吸い続けている場合もあります。そういう場合には内面の強さを育てて、禁煙の決断を手助けする必要もあります。自己への甘さの克服という意味では、「階ひと」高級講座と重なる点もあります。

 要は、その者が本当に自分の成長を願い、自らの悪癖を絶ちたいと考えているかにあります。
 今まで「解放する力 」と説明してきたことは、「成長する力」と説明した方が適切なのかも知れません。心を成長させるということは、この元極功法の特徴的な修練過程の結果としてもたらされるものでした。修練によって邪気や末性が取れれば、素直な心によみがえっていくからです。
 素直な心になったときに充分な愛情が注がれず、その心が育まれることなく成長してしまった者達がいます。全く愛情が不足しているのです。育っていない、成長していない精神の部分に愛情を注ぎ込んで心を強くして、その結果、悪習慣を絶ちきる強い心を築いて行こうというのが、「階ふた」の段階の「解放する力」「成長を手助けする力」です。

 汚れ、穢れがとれて、素直な心になっても、充分に愛情という栄養が行き届いてなくて、成長しようとしても成長できない者達に対する救済の処置です。自分で確固たる意志を持って、きちんと生きる者達が、欲を脱ぎ捨てる「階ひと」高級講座で与える力とは、少し異なる訳です。

 この場合でも、努力すること、自分が求めること、自分の姿、弱さを認識して成長しようとすることなど、個々人の意志が、その方向性を決定する点については今までと変わりはありません。
 「求めて、努力する者には与えられる力」なのです。
この「解放する力」「成長する力」は、太一道開祖「蕭抱(しょうほう)(ちん)よりの贈り物です。  

日之本元極  亀仙人
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21)功法と気功

「せっぽう−さとりののりしろ」について

 この功法は、「日之本さとりの法」の続編です。「日之本さとりの法」で獲得した力をより強力に、そして確かなものへと変化させます。この功法名は平仮名で書かれています。それはその中にいくつかの意味を包含しているが故のことです。
「説法−さとりの法しろ」――――「さとりの法」を「しろ」と説法する。
「接法−さとりの糊代」―――――さとりには魂や神と接着するような糊代がありますよ!
「説法−さとりの宣りし慮(ろ)」――宣りし(奏上された)魂や神からの伝達情報「慮(ろ)(思いめぐらし、助言すること)」を、「さとり(自分の顕在意識と、神や魂との意識の差を取る、無くす)」として受け、行動する。
#以下、平仮名一文字一文字の意味は略します。

 この功法は、話を聞いたものにこたえるようにしたいと思います。その「こたえる」という中身について話をします。

@受けたもの達の期待に応える
 聞いて良かった。という満足感を与えます。これは具体的な話と共に、見えないところの元音(情報)やエネルギーをお送りするという元極独自の帯功講座という手法により、顕在意識のみならず魂、本性、潜在意識や心にも満足感をもたらします。
A受けたものたちの「さとり」にこたえる
 受講した本人がさとった、そのひらめきを今後充分に明確に伝える続けるという意味合いです。
Bさとりの要請に応える
 さとりの通りに行動するまでに、高めるということです。
C受講者が話の中身を忘れても、力を与え作用し続ける。

 力を与える中身
悟った事柄をしばらくは、意識の上に置いておいて、そのことがらに出会う。出会えるような偶然を掴む、そういう力です。偶然に偶然が重なって起こってくるような力です。そういう力を与えます。一般にシンクロニシティといわれる事を随意で起こす力です。今後、この功法を聞いた者に対して、その時に効力を発生させることは、もちろんですが、継続的にも効果を顕すように働きかけます。


 「せっぽう−さとりののりしろ」で渡す力=シンクロニシテイの力というのは、偶然に遭遇する、偶然に出会う力です。偶然は創られる、そういう力を渡します。つまりは、皆さんが思っている「願ったことが実現する力」です。思ったこと、願ったことが実現していく力を渡すということです。気のエネルギー|潜在能力と気功・功法

 しかし、悪いことが実現すると思えるような場合もあります。それは、同時に予知する力が備わってしまうからです。悪いことを思ったから、それが実現するという意味ではありません。予知出来てしまうので、それに伴った事実が起きるということですから、そこの解釈を間違えてはいけません。

 「さとりの法」で魂から顕在意識に情報を伝えます。「こうした方がよい」という情報を伝えるルートが出来る訳だけれども、それに合わせて魂や本性が持っている「こういうことが神界で起きているから、次には顕界でこういうことが起きるよ」という情報までも「さとりののりしろ」で伝えるようにするから、予知能力の様なモノが備わるのです。シンクロニシテイが起きるということは、顕在意識が思ったことが、魂に伝わり、神界に伝わって、神界で物事が起こって物事がまた、顕界に返ってくる。そのようなしくみです。

 それに関わって、一部の敏感な方では「デジャヴュ=既視感」の起こる頻度が上がってしまう方が出て来るかも知れません。

「デジャヴュ=既視感」
 今までこの現象は、科学的に解明されていませんでした。人の構造を知り得ていないが故、解明は絶対にあり得ません。人の構造が判ってさえいれば、原理は簡単なことです。魂や本性、潜在意識など他の意識の既に体験した事柄が、顕在意識によみがえって、今の感覚に重なるということです。顕在意識の今まで体験していなかったことの感覚が、三つの意識の経験を受け取って重なっている瞬間であるという意味合いです。

 「せっぽう−さとりののりしろ」を受講すると、既視感が増えるというよりは、もう一歩進んで、そう感じたときにどうすればよいのかというような、直感で受け取ることが出来ます。すでに体験した感覚を受け取ったところで、プラスにはなりません。もうすこし、一歩すすんでひらめく状態にまで高めなければいけません。既視感というよりは、むしろ、ひらめきという感覚で、どうすればよいのか、ということを受け取れると思います。

 思ったことが実現する力が、備わるということは、密接に全ての事柄が関連してくるということです。もちろん、先ほどの理論の通り、願いに応じて、神界が動いていく力だといえます。


 「せっぽう−さとりののりしろ」の値段は、受け取る能力の面からいえば、値段の付けられないような高額なものになってしまうでしょう。価値のある人と、全く価値のない人がいるということです。価値無く、話を聞いただけになってしまう人もいます。それは、その人の受け取れる力によって、それぞれ違ってきます。それが、高い金額であれ、低い金額であれ、その人の力によって、与えられます。値段に関わりなく、そのものの力に応じて与えられていきます。

 力は必ず渡すけれども、その力が生かされるかどうかは、その人の努力次第です。非常に大きな力になる人もいれば、与えられた力を生かせない人もいます。受け取る者の力によります。

 しかし、この「せっぽう−さとりののりしろ」は、「日之本さとりの法」を受けた者でなければ、これらの効力が確定的に保証されません。この「せっぽう−さとりののりしろ」だけを受けただけでは、不十分です。「日之本さとりの法」を受けた者がこの「せっぽう−さとりののりしろ」を受けることで、この効力が充分に保証されるということを伝えます。

日之本元極  亀仙人
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20)功法と気功

膝の関節、X脚、O脚の矯正への「清昇濁降」の効果

 清昇濁降を繰り返すことによって、骨盤を礎(いしずえ)として脊柱の矯正が行われます。そして股関節や下肢の矯正も少しずつ加わってきます。全体のバランスが良くなった結果として、すべての骨格に良い影響が出てきます。O脚やX脚にも良い影響が顕れます。


 一次元、二次元、三次元ともに、繰り返すことが最も有効です。しかし、階む「元極気功」入門講座 清昇濁降二者を選択するならば、二次元、三次元と繰り返すと良いでしょう。それは、膝の調節のためには、骨盤の位置、骨盤の角度そのものが矯正されることが必要だからです。骨盤の位置関係が改善されることで、膝と足首が良くなる素地が出来ます。その上で、膝・足首の両者が同時に変化し始めます。

 問題は、年齢的なものと変化の度合いです。子供の場合は、ある程度の矯正の期間を短くして矯正することが可能です。それは、骨が柔らかく、関節が動きやすく、そして可逆的な変化が望めるからです。

 一方、大人では、急激な変化を望むとかえって無理が起こりますから、ゆっくり時間をかけて矯正されることが必要です。年齢が高いと関節そのものの変形が進んでいるので、負荷をかけ過ぎることは、禁物です。じっくりと時間をかけて、毎日続ける錬功の力で改善していくような、地道な心構えが必要です。

 清昇濁降を繰り返して、日々、調整がされていきますから、理想的な腰の位置に改善されて、膝も変化が現れてくるようになります。

 全てが、元通りに矯正されるわけでは、もちろんありませんが、骨格のみならず筋肉の問題を原因として関節が偏位する場合もありますから、こういう場合でも清昇濁降はある程度の矯正効果があると思います。ただし、他の功法と組み合わせて修練するならば、もっと効力を上げる事が可能です。

 脊柱の矯正、下肢の問題の解決と矯正の効果をもたらすためには、階ひと動功「めぐりき」と併用することで相乗効果が望めるでしょう。

日之本元極  亀仙人
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17)功法と気功

「日之本さとりの法」と「搬音修練法」の違い

 旧「搬音修練法」より「日之本さとりの法(のり)」に進化した本功法は、人類史上初めて人の正確な構造や、輪廻転生の仕組み、人の死後の世界、人の役割と正しい生き方などを明らかにします。

以下は、教科書より進化した功法の違いを転載します。

 魂の声をひらめきとして感じ取る以前の「搬音修錬法」と、「日之本さとりの法」では、全く違うと言っても過言ではありません。
 それは、「何となく感じる」から「自然にそう思う」に変化してきています。「はっ」と思うという感覚よりも「そうしなければいけない」というような切迫した感情になったりするでしょう。明らかに段階が上がったと言えます。鮮明に直感力が働き、魂が欲しているところの声を聴き、それを行動に移さなければ行けないというような気持ちにまで高まります。

 「日之本さとりの法」、この功法が非常に効力を上げたことにより、これを一度受けると、人のために働くことが出来る者と出来ない者とが区別されるという結果になります。魂の情報を聞き取ることは、素晴らしくできることにはなりますけれども、結果としては、大きな選別がなされることになります。

 魂の情報を受け取って、本人があくまでも人のために働こうとしていくならば、次の世に生き残れることは、もちろん可能です。

 魂からの情報は、たくさん取り入れることが可能になります。そのことが、許される時が来たのです。「日之本さとりの法」の功法は大きく変わり、レベルを一段階も二段階も上がっています。その効果で魂の情報を受け取ることによって、人の生き方の選別がよりはっきりと分かれてきます。

 よい魂であれば、積極的な情報がどんどん送られてきます。劣悪な情報は、届きません。しかし、より上質な情報が十分届かない可能性はあります。魂がどうであるかによって、影響される可能性は、大きくなるでしょう。魂が、比較的恵まれていない場合には、それらの情報が与えられないのであって、悪い情報が顕在意識に与えられるということではありません。それは、誤解されやすい点です。

 また良い情報を持っていても、それを与えないことはなく、魂が劣悪な場合は良い情報を持っていない訳です。ですから何も良いことに結びつくような行動を推奨できないという結果を生み出します。どんな魂であっても、作為的に煽動させるというようなことはしません。どちらにしても、ほとんどの方が何も受け取っていない現在の状態よりも自分なりの魂からの正しい情報を受け取れるようになる訳ですから、大きな進展となるでしょう。

 その結果、積極的に行動すれば、道を大きく進んでいくことが出来るようになります。

 良い情報によって行動できた場合は非常に大きく変わるということと、全てその行動の結果であるということです。行動という結果は、結果的に「顕在意識」の選別を産み出してしまうことになります。

 一度でも本功法を受講した者には、その効果がずっと保証されます。受けた者に、後々まで魂の声を届けるべく働きかけるようなサポートがなされます。そして、その者が受け取れるか受け取れないかに関わらず、その人の魂は情報を送り続けて、ケアしていきます。しかし、修練を止める。または、信じない。ということが起きてきた場合には、即刻その時点で全て効力が失われることになります。

 受けた者が、日之本元極の修練を信じて続ける限り、この功法の効果を元極功法代々の掌門人が保証します。
しかし、修練を止め、信じることを止めればそれまでです。いくら回数を受けたとて、修練を止めてしまえば、この功法の効果は持続はしません。

 この功法を何度も受けるということは、効果の上がることではあります。しかし、何度も受講するそのことよりもむしろ、修練をきちんと日常的にするということの方が、効果を上げるのには役立ちます。

    「全ての基本は、毎日の修練である」
元極功法の全てに通じる言葉です。

日之本元極  亀仙人
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15)功法と気功

元極の秘法―意念鍼(いねんばり)

元極の秘法―点竅通経秘薬法(てんきようつうけいひやくほう)

 2000年8月、前年の法輪功事件の余波を受けて蓮花山の元極学講座が禁止されてから初めて、蓮花山を訪れました。元極康復医院から蓮花山病院と名を変えた病院での治療と中医学の基礎講座という内容です。その時中国全土で3カ所しか認められていなかった気功治療(貫頂・帯功)を受けること、薬草風呂、おなじく薬草の足湯、全身点竅按摩(ツボから修練者が三元を入れながらの全身マッサージ)、同じく点竅足裏マッサージ、中医学の基礎講座、そしてその時初めて受けることになった「意念鍼」というような内容です。

 10名にも満たない少人数での体験旅行でしたが、緊迫した中国の体制内で、張先生とお話しできる時間を持てた貴重な訪中でした。

 五日間ほぼ同じ内容の繰り返しという毎日でしたが、病人にとっては日々の回復が目に見え、修練者にとっても自己の修練時間が日本国内のあわただしい生活で充分ではないのに比べて、満足できる内容になっていたと思われます。


 意念鍼とは、施術者が被術者の体内を内視し、悪いと思われるところに通ずる経絡上の経穴(ツボ)に鍼を打つ真似をします。そしてその結果、体調の悪かったところの改善が図られるというものです。実際に鍼は使わず意念により気の鍼を指先に造って、その無形の鍼にて作用させるわけです。被術者は目をつむっているのですが、敏感な人は「あぁ、ここに打たれる。」と、打たれる前から場所が判ったり、打たれた場所がチクリと痛んだりするのですから、プラシーボ効果ではありません。また、被術者の悪いところも事前に施術者に伝えているわけではありません。この功法は、図書館司書をしている女性が張先生の指導を受け開発したもので、その時点で蓮花山病院でも三名の方しかできない功法でした。

 しかし、私はその功法を最初見た瞬間から何故だか「これは私にもできる。」と思いました。実際蓮花山内のホテルの一室に帰ってから何人かに向かって確認してみましたが、きちんと出来ていました。

 帰国後もお遊びで、たびたび真似事をしていましたが、よくよく考えてみるとすごい功法ではあるが実際的なメリットがあまりないのではないかと疑問が湧いてきました。

メリットとして
1、実際の鍼を使わないのですから、鍼の費用はかかりません。
2、鍼の使い回しがあり得ないので、エイズやC型肝炎の感染はありません。

 しかし、現在はほとんど鍼の使い回しをしませんからこれはメリットとはなりえません。実際に鍼を打つのと同様、ツボに一本一本打って行くわけですから、同じように時間はかかります。
そこで私はどうせ意念で打つのであるから必要な箇所を全部を同時に打ったらどうかと思いました。悲しいかな私には鍼や経絡ツボの知識がほとんど有りません。そこでよく鍼のことに精通している達人に聞けばいいのではと思いました。さらに鍼を打つ技法も何もかも知らないのだから、技術に長(た)けた鍼灸師に手を貸してもらえばいいのではないかと考えました。その時、私の知っている鍼の達人といえば「馬礼堂--ばれいどう、マー・リータン」しかいませんでしたから、その人に頼むことにしました。馬礼堂は中国の気功家で、「六字訣」という功法を整理し広めた太極拳の達人でもあります。

 「馬八鍼」と言って「馬先生が八本の鍼を持てば治らない病気はない」と聞いていました。そしてその馬先生の知識と技術に対応できる鍼灸師を多く集めて、同時に多くの鍼を打つ仕事を頼もうと思いました。その通り馬先生に被術者の状態によりどこに鍼を打つべきかをお聞きし、腕の確かな多くの鍼灸師に打つことを依頼して、何人かの被術者たちに試してみると、「体中がチクチクした」とか、「悪いところが良くなった」などの感想を得ることが出来、確かに効果があるようでした。

 そうこう何回か試している内に、千葉の外れに住んでいてなかなかくることの出来ないYさんが暫くぶりにやってきました。まったくこの方法について話した事のないこのYさんにも試してみようと思い、「今新しい功法を皆さんに体験していただいてるから、Yさんも受けてみてよ。」と、お願いしました。

 そして帯功の姿勢でその意念鍼を受けてけただいたのです。
「何ですか、これは・・・?」
終わるやいなや、Yさんは叫びました。
「何ですかって、意念鍼というものですよ。何か感じましたか?」

「感じたどころの話じゃありません。もちろん帯功だと思っていましたから、目を閉じて受け始めたのですが、始まってすぐ増田先生の横に誰かがドンと降りてきて、先生に話しかけ始めたんですよ。すると先生はウンウンとうなずいて、何か合図をしたんです。そうされたでしょう?」

「ええ、確かに。それからどうしました?」

「合図をしたとたん、私の周りに大勢ドタドタと降りてきて一斉に私に鍼を打ち始めたんです。ビックリしましたよ、全身何百本という鍼をですよ。何なんですか、あの人達は???」

 Yさんは、私が意念でしていることを全て映像で見たり、体で実際に感じていたのです。そして馬礼堂はその数年前に既に亡くなっていました。

 搬音修練法を受講された方はお判りでしょうが、私は亡くなった馬先生から情報を受け取って鍼を意念で打っていたのです。



 その後この自己流意念鍼は、「鍼が出来るなら、灸でも出来るだろう」「鍼灸が出来るなら、吸い玉も・・・」「次には整体、カイロプラティック、整骨、」 等と、次々いろいろな方法が、そして最適で一番効果のある組み合わせで選択されて、同時に施術されるようになっていきました。

 各方法の古典的名著や力がありそうな人の著作をインターネットなどで探し、 なるべく訳本・解説書などを避けて原本を購入、瞬観速読法(搬音修練法を受講することで身につけていくことが出来る速読法。顕在意識上にはあまり具体的に情報は上がらないが、潜在的なその他の自己意識が情報を把握する。意識で受け取るので、使用されている言語は問わない。訳本は間違いや著者の真意を訳せないことが多いので避けた方が良い)で片っ端から情報を取り入れました。

主に中国の古典で中医学の土台的拠り所となっているもの、例えば「黄帝内経(こうていだいけい)」「奇経八脈考」「千金方(せんきんほう)」「難(なん)経 (きょう)」、等をインターネットで購入したり、中国の知り合いに頼んだりしました。自ら訪中時に北京の白雲観(道教の総本山)周りの本屋などで探して購入したものも多くあります。 

 同じようにして神農がまとめたと言われる「神農本草経(しんのうほんぞうきよう)」や、李時珍(りじちん)の「本草綱目(ほんぞうこうもく)」等より、漢方の知識も取り入れるようにしました。神農とは、三皇五帝の一人といわれる伝説上の人です。李時珍(りじちん)は1500年代、明の代に祖父、父とも医者の家庭に生まれ育った人で、名医と唱われました。

 そういえば、確か2002年の冬だったと思いますが、武漢近郊にある李時珍のお墓と博物館にも行ってきたことを思い出しました。武漢の町中から車で2時間ほどだったと記憶していますが、広大な畑のど真ん中にぽつんと平屋の博物館があるのも奇妙な感覚でした。李時珍は、「本草綱目(ほんぞうこうもく)」によってそれまで雑然としてまとまりの無かった漢方薬の世界を統制の取れた判りやすいものへとまとめ上げたのですが、それが出来たというのも、体内の経絡や気の流れを薬効という観点から見つめることが出来たからに他なりません。彼もまた経絡の働きを知り尽くした鍼の達人だったのです。

  その後、李時珍(りじちん)からは漢方の知識だけではなく、鍼の打ち方も学ぶことが出来ました。

 随分この後になってからも中国の先哲からは、いろいろご教授いただきました。 例えば、五禽戯(ごきんぎ)という気功の先駆けとなる様な動物の動きをまねた功法を作った華佗(かだ)にも鍼の技法をいろいろ教えていただきました。この人は、後漢の末頃の人と言われ、外科手術を初めてし始めた人と伝えられています。

 日本の人達にも多くを教わっています。代表的な方には、華岡青洲の弟子で一般にはほとんど知られていませんが、宮河順達という人がいました。この人は華岡青洲にほとんどその栄光を奪われてしまった人です。麻酔の技術もすごかったのですが、その診断力に並外れたものを持っていました。

 これら先哲の知識情報技術を集積し、駆使することにより、その時その人の状態に一番合った方法を選んで併用することが出来るようになりました。

 その方法の名前を、主に中医漢方の知識によっていたことから「点竅通経秘薬法」と名付けて暫く帯功の形で行っていました。

 この功法を受けることは、そういった形で三元の情報を実際肉体で受け取る修練となります。通常帯功は座って受けますが、この功法の被術時はほとんど寝て受けて頂きました。その方が体感しやすいと思ったからです。背骨や骨盤にずれなどがあって、なおかつ敏感な方は、突然全身がビクッと跳ね上がったりしたものでした。

 それらの永い変遷があって、今の「心身共鳴神法」が存在するのです。

                         日之本元極 亀仙人

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8)功法と気功  2007.8.25 up

高級(恒久)クラスの受講条件について

 世の中のあらゆる講座と比べても、この講座の価値は、とても高いと言えますが、志が低い者にとっては、何の役にもたたない講座です。日之本元極の他の講座では、必ず力を渡して、その力は必ず受講者に受け取られていました。その力をどう使いこなせるかどうかについては、受講者の問題でした。

 しかし、この講座に限っては、受けるだけで力を渡せない者達が大勢います。そういう者たちから料金を取るのは、心が痛むところです。ですから、受講料を安くしています。この講座で渡そうとしている力を受け取れるかどうかは、受講者個人の志の高さが達しているか、いないかで決定されます。受け取れるか、受け取れないかそのどちらかです。受け取りに差が出るのではなく、全くゼロの人が出ることを理解しておいてください。

 この講座を受けなければ、階ふたに進めないということはありません。この講座はまったくのスタッフの為の講座です。もちろん、スタッフとならないまでも協力して人のために働くという「高い志」を持つ者には有効です。しかし、この講座は、受け取れない者が多く出ることを認識しておいて下さい。

 受講料は受け取るモノに比べ、極端に安い。中身は途轍もなく高い、けれども受け取れない可能性があるということです。これは、1か0かのどちらかにはっきりと分かれます。更に内容を受け取れた1の人たちの中に今までの講座同様、程度の差も起きます。受け取れない者と受け取れる者は、1かゼロにはっきりと別れます。そして受け取った後、それを活用する段階で、更に1のままか、5や10或いは100や1000に育てられるかということになります。

この世界では、ものの価値は、お金で決められます。
しかし、この講座の価値は途轍もなく高いけれども、その受講料金はとんでもなく安く設定されたという思いです。

 受講条件は、「階ひと」上級講座までを受講済みであることと、自分には渡されない可能性があることを納得して受講するという二点です。
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7)功法と気功  2007.8.20 up

「階ひと」高級(恒久)クラスとは・・・・

来る 9/24(祝)に初めて「階ひと」高級(恒久)クラスを公開します。この功法は、「階ひと」中級、上級に次ぐ功法で、「階ふた」に上がる梯子(はしご)と言えます。
以下教科書よりの抜粋です。我と思わん方は、是非受講されます様ご案内申し上げます。                        

 身体的に病気の者や、極めて不良の精神を煩(わずら)う者たちの功法は、すでに「階む」や「階ひと」初級・中級・上級クラスで修錬してきました。
 この「階ひと」高級(恒久)クラスの功法は、病気や精神を治すための功法ではありません。ノーマルな通常の精神を持ってはいるけれども、より気高い精神を目指さなければいけない者たち、スタッフや今後、極めて気高い仕事をしなければいけない者が、陥りやすい穴のような部分があります。それは、好み、嗜好、道楽などの我欲や、「自分を癒してやりたい」という自己に対する甘えの感情です。
 通常は、見えにくいものですが、弱さに鑑みて出てきます。そこのところを修正しなければ、指導者として存在していくことが出来ません。
 そこのところを、是正するようなそういう功法が、この特次元静功「声聞法」と「きとみ声聞遊歩功」です。病気を癒すことは、すでに「階む」の段階で提言されています。しかし、それ以上に、弱みを克服することは至難の業です。人としての弱みは、誰にでもあるものですが、その弱みを克服するような功法が「階ひと」の功法の最後に設定されました。
 そして今後修練だけではなく、日々の生活の中で悪い習慣、欲の連鎖、気のつくことがあれば修正していきます。底に穴の開いた鍋に水を注ぐ様な、愚かなことを続けていてはいけません。
 日々のつまらないことから修正していきます。喫煙の習慣、賭け事、衝動買い、ひとへの批判、甘え、節度のない飲酒、正邪によらず損得勘定による行動など、どこにでもあるつまらないことの排除から始めます。
    「功は日常にあり」――元極秘録の教えです。
 人が人として肉体を持って存在する限り、恒久的に修練方法として有効である、段階を超越した功法です。 


「きとみ声聞遊歩功」とは・・・・
 この功法は、肉体的な病の治癒を目的としているのではありません。「心と体の連携」「魂の声を聞く事」「自己の弱さの克服」が主目的です。そこのところを常に心に置いて修練します。
 この功法の目的とするところは、元極道が開かれたときの最初の理念です。
肉体が、「へいこう」感覚(身体と心が、平衡で並行し平行なのに併合している状態)を持って肉体を肉体と感じなくなり、心に意識が集中します。

心に意識が集中すると身体も気持ちも全てが、自分の精神を見つめるようになります。身体と心が協調して、自分の精神を見つめ始めたときに、自己の精神が鍛えられるということになります。それは、身体も心も共同作業をしているからです。共同して作業をする中で、心が変化していきます。

そのことは身体を長時間、痛めつけるような時にその受け入れが始まります。痛めつけるというよりは、ちょうど心地よい感覚を身体が得てきたときに「歩くのに疲れるのではなく、苦痛でもなく、しかし快適でもない。」身体の感覚を忘れてしまうような状態になったときに、身体への意識がなくなり、心に集中するというようなときが生まれます。その時をとらえて、この効果が現れるということです。

 精神が成長するときというのは、身体の状態も良くなるときです。身体の状態が引っ張って精神を悪くすることは往々におきますから、身体も良くなり、精神も良くなるというのが、歩く功法の特徴です。
 歩くことが身体の邪気を排泄して、歩くことで精神を清らかにしていきます。多くの邪気を排泄しきったところで、精神を高めていくのです。そのことを利用した功法です。
 先達が、身体と精神の関係に気がついたのは、こういう瞬間でした。
 長く修錬することが求められていましたが、ふと、身体の感覚が分からなくなるときがあります。自分の動作が単純であればあるほど、自分の身体に意識が行かなくなり、自分の動作に意識が行かなくなり、その時の精神に意識が集中できるのです。その精神に集中して、行動できるときの自分自身の高まりに気がついたのです。
この功法は、元極道開祖が新しい功法を産み出したとき、その「発見した」瞬間の思いに通じています。
 ただ手指の意識と念訣での歩行だけで、大きく心身共に変化します。最低でも連続三時間は、歩き続けます。出来るだけ時間を取って、無理にならない範囲で、お続け下さい。無理は継続を阻害します。


特次元静功「声聞法」とは、
この段階の修練は、心と体をつなぐ修錬となります。心と体が繋がり、心を媒介として顕在意識は魂の声を聞きます。その声の通りに顕在意識が決断し行動すれば、その意識は、無形無象の世界へと上がっていく用意が整っていくのです。
 無形無象の世界に意識が上がるとき、つまり有形有象のモノから、無形無象の意識が離れる時には、肉体を使った修錬をしなければ、難しいということがあります。今までの様な、いかに楽に、いかに効率的に修錬をするかという方法ではなく、長時間だとか精神的に難しいとか(これも肉体意識の修練です)、肉体的な苦痛を克服しないと、或いは肉体を痛めつけるような方法を伴った功法でないと実現しないことがあります。そうした功法を乗り越えてから、階ふたに上がるようにすべきだと思います。
 身体が動いて心が動かない、心が動いて身体が動かない。具体的に心が要求していても身体が付いていかないという現象は、身体や脳が同時に動かないというように、よくあることです。

…続きは講座にて
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